私って侵入者? ~旭川医科大学の話から考える、実は難しい住居侵入・建造物侵入~
北海道新聞旭川支社の記者が、旭川医科大学への建造物侵入で逮捕された事件は、記憶に新しいかと思います。この侵入罪について、他人の家に全くの他人が入り込んでいたという事案は、イメージがしやすいかもしれません。しかし、限界事例(判断が分かれる曖昧な例)となると、実は実務家でも判断に悩む荒野が広がっているのも侵入罪です。
そこで今回は、侵入罪に関するいろいろな曖昧さ、難しさを弁護士の視点から解説しようと思います。
1. 侵入とは、意思に反して立ち入ることである
この「意思に反して」という部分が、侵入罪の難しさの理由でもあります。意思に反した立ち入りで犯罪が成立するなら、理論上は、たとえばお店に嫌なお客が来るのも、侵入になり得ることになります。そのため、詰めると微妙な事例は多数存在します。
2. チラシだけでも? 道具を持っていれば? ~曖昧な意思~
著名な先例として、立川ビラ事件(最判平成20年4月11日刑集第62巻5号1217頁 )があります。
この事件では、防衛庁(当時)職員向けのマンションのような構造の宿舎に、反戦ビラを入れるべく立ち入った行為が侵入罪に問われました。外の入り口には、ビラ貼り・配り等の宣伝活動を禁止する、禁止事項表示板が設置されており、この点が管理者の意思に反するかとの関係では重要なポイントとなりました。
自衛隊と反戦ときくと、ややアグレッシブな印象を受けますが、「意思に反した」というロジックを徹底すると、宅配ピザの宣伝なども侵入罪に問い得ることになります。
明示的な看板がなくとも意思に反することは明らかな例として、犯罪目的での立ち入りというものもあります。しかし、たとえば盗撮目的で異性のトイレに入る行為だと侵入罪がついてくることも多いのですが、窃盗・万引き目的で店舗に立ち入っても侵入罪がつくことは少ないです。
これもロジックを徹底すると同じく意思に反しているはずなのですが、実務では異なる結論になっています。これは何となく感じているところですが、トイレは場所から意思に反することが明らかであり、一方で店舗のように通常の立ち入りもある場合では、違法な行為に使うためであることが明らかな道具を持っているなど、その領域に入る時点から違法な目的を有していることが立証可能な場合には、侵入罪もつけて立件している印象です。
しかし、立証のしやすさというのは厳密な法律による峻別と異なり、捜査機関の裁量とやる気にも左右されるところであるため、やはり曖昧さが残ります。
3. どこまでが侵入? ~曖昧な邸宅・建造物~
侵入罪の曖昧さゆえに難しい点として、どこに入った時点で侵入になるかという点も問題になります。
たとえば、前述の立川ビラ事件のようなマンション構造の場合どうでしょうか? 各個人の室内に入るのは、当然侵入だと思われるでしょう。また、ロック付きのゲートなどがあるわけではなくても、建物内の廊下通路部分への立ち入りも、侵入になります。
そして、さらにフェンスや塀で囲まれた建物の外、外周部分も、法律上は邸宅や建造物に含まれると考えられています。この外側を、囲繞地(いにょうち)と呼びます。ここの限界が、いまだ議論を呼んでいます。
塀で囲まれていれば、そこが侵入してはいけない建物の一部だとわかるじゃないかと思われるかもしれません。しかし、かなり微妙な事例が最近出ました。
広島地裁尾道支部令和2年7月14日判決では、3方向がフェンスに囲まれ1方はフェンスが存在しないものの建物の駐車場が存在していた事案において、駐車場部分への立ち入りを囲繞地への侵入と判断されました。
囲繞地について、判例(昭和51年3月4日刑集第30巻2号79頁)は、「建物に接してその周辺に存在し、かつ、管理者が外部との境界に門塀等の囲障を設置することにより、建物の附属地として、建物利用のために供されるものであることが明示されれば足りる」としており、4方向を完全に塀や柵などで囲んでいなければならないとは述べておらず、また足りるという表現のように、これを充たすものだけが囲繞地であるとまでも限定もしていないため、既存の判例と異なる立場を採用しているわけではないです。
しかし、道路との区別がついている程度であると、物理的な入りやすさでも大きな違いがあります。広島の事件では、被告人が窃盗目的の人物だったためあまり違和感はないですが、侵入罪一般論として考えると、子どもが遊びで立ち入り、ちょっと近道で抜けるような行為も、建物に隣接した駐車場について侵入罪を構成し得ることになります。そういう懸念に配慮してか、広島の判決も、本件では敷地の奥まで入っていたことを指摘していますが、囲繞地かどうかが、駐車場の中で分断されることもないため、一般論としてはかなり犯罪の成立範囲を拡大し得るものに変わりはないです。
4. もう一度旭川医科大学の話を振り返ってみる
さて、このように人の意思に反すると認められるか、どこから侵入になるのかという点について、いまだ不明瞭でunbuiltな領域をはらんでいるのが侵入罪です。
それでは、冒頭で述べた北海道新聞旭川支社の記者は、侵入罪の構成要件を満たしていたのでしょうか?
立ち入り禁止と特定の時間以降取材に応じることを伝えていたという意味では、大学の意思に反する要素はあったのでしょう。一方で、侵入罪の限界事例において詳細に検討されるべき、場所の構造については、報道を見ていてもよくわかりませんでした。
また、「逮捕」という言葉が先行していましたが、逮捕は犯罪の疑いがあるだけではできないことは、私が過去に弁護士JPで執筆した身柄解放コラム(vol.1、vol.2、vol.3、vol.4)でも言及したところです。ましてや、私人による現行犯逮捕であり何ら公的機関のチェックは行われていないこと、その後適法な逮捕であればしばしば移行する勾留には至っていないところから、オープンになっている事実からも、刑事訴訟法上逮捕が可能であったとも言えない事案だったというのが、私の感じていたことです。
これに、報道の自由の観点から、大学の意思をどこまで尊重するのかという要素も加わってくると、決して容易に犯罪だったとは断じられないとも考えていました。
決して珍しい罪名ではなく、なじんでいるように思える侵入罪は、実は難しい。その一端を示すことができていれば何よりです。盗撮など、法定刑が侵入罪より低い犯罪では、侵入罪の適用可否によって、法定刑の幅も変わってくるため、実務上もあなどれません。
今後も、最新の事例などには注視していこうと考えています。
- こちらに掲載されている情報は、2021年12月17日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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