5月辞任の静岡県川勝知事は”コメント切り取り”の被害者!? 不適切な発言に法的な問題はなかったのか

弁護士JP編集部

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5月辞任の静岡県川勝知事は”コメント切り取り”の被害者!?   不適切な発言に法的な問題はなかったのか
舌禍で急転、川勝知事は5月に庁舎を去ることになった(PIXSTAR / PIXTA)

静岡県知事の川勝平太氏が職業差別的な不適切発言で物議をかもし、急転、辞任を決断。4月10日に辞表を提出した。以前から切れ味の鋭すぎる発言が問題視されていたが、最後も”舌禍”による幕引きとなった。発言切り取りによる”誤解”を主張する場面もあったが、その説得力は乏しかった…。

「県庁はシンクタンクです。野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりということと違って、皆さま方は頭脳、知性の高い方たちです」

県職員の前でのこうした訓示が、農産業や畜産業に従事する人たちを卑下するような「職業差別だ」として批判を浴び、このことが川勝氏の知事辞任のトリガーとなった。批判に対し、川勝知事は「切り取りだ」と反論もしたが、最終的には発言自体を撤回した。

この”頭脳発言”は、確かに訓示全体ではごく一部分にすぎない。発言の真意としては、「県庁職員の仕事は頭脳労働だから、知性を磨くことが、県の発展につながる」といいたかったのかもしれない。だが、発言だけをみると、農産業や畜産業に従事する人たちを差別しているようにも読み取ることができ、配慮がなさすぎる。

切り取りで発言と民事上・刑事上の責任

もし仮に、川勝知事のように公の場で発言する人が、恣意(しい)的に発言を「切り取られた」ことによって世間の誤解を招いた場合、「切り取り発言」は違法行為となってしまうのか。

インターネットでの名誉毀損(きそん)等での損害賠償で多くの実績のある荒木謙人弁護士が解説する。

「発言が『切り取り』だったとしても、内容によっては、民事上の名誉毀損(きそん)や名誉感情侵害となること、刑事上の名誉毀損罪や侮辱罪が成立することはあり得ます」

発言がたとえ全体の一部でも、内容によっては「アウト」であり、さらに次のように補足する。

「簡単に言えば、誰かの名前を出して公の場で悪口を言うと、民事上の賠償責任が発生したり、刑事上の犯罪が成立したりする可能性があります。例えば『〇〇は詐欺で人からお金をだまし取っている』というように、特定人の事実を適示して、社会的評価を低下させるような発言をした場合、刑事上では名誉毀損、民事上は名誉権侵害にあたります」(荒木弁護士)

名誉毀損だけにとどまらない口による災い

公の場での悪口が名誉毀損に対する損害賠償になることはなんとなく分かっている人は多いだろう。政治家や毒舌系のタレントでは頻繁に話題になるからだ。だが、口が悪いことによる”罪”はこれだけにとどまらない。

「例えば『〇〇は頭の悪いバカ』といった発言をすると、指摘された人の主観的な価値を侵害するものといえるため、名誉感情侵害となります。分かりやすくいうと、他者から見たその人の評価を問題とするのが名誉毀損で、自分自身が感じている自分への評価を問題とするのが名誉感情侵害です」(荒木弁護士)

発言の切れ味が鋭く、誤解を招きやすいタイプの人間はどこにでもいる。上に立つ者ならむしろ、それくらいの豪快さがある方が適任といえる側面もあるのかもしれない。だが、場をわきまえて発言する能力も同じように備えていなければ、早晩足元をすくわれる…。

「少人数の知人や友人との会話の中でこれらの発言をしたとしても、法的責任が発生するのは限定的な場面に限られます。しかし、公の場で特定人の社会的評価を低下させるような発言をした場合には、法的な責任問題となりますので、発言には十分に注意しなければなりません」(荒木弁護士)

川勝知事の場合、公の場においては鋭すぎる発言がセットともいわれるほど頻発しており、ほとんど無自覚だった可能性もある。その意味では、今回問題視され、報道されるまで発言内容の妥当性を判断できず、周囲から指摘もされなかったために、「不適切にもほどがある」発言を繰り返してしまったのかもしれない。

発言の切り取りで切り取った側が罪に問われるケースも

一方で、メディア・SNS等による発言の「切り取り」が全く問題にならないかといえば、必ずしもそうではないと荒木弁護士は続ける。

「発言者の全ての発言を引用することは簡単ではありません。その意味で、切り取り自体は問題ないと思います」としたうえで、次のように問題となり得る切り取りのケースを示した。

「発言の文脈とは異なる意味で引用して、特定人の権利を侵害するような内容で公に発信した場合、前述したような民事上・刑事上の責任が(引用した側に)発生する可能性が出てきてしまいます。そのため、発言の切り取りをする場合は、可能な限り、その文脈に沿った内容で引用する必要があります」(荒木弁護士)

ネット社会では、発言の一部だけが切り取られ、それがすべてのように会員制交流サイト(SNS)で展開され、発言者が断罪されることも珍しくない。川勝知事のケースは、発言者の自業自得といえそうだが、誰かの発言を、一部分だけで判断したり、都合よく切り取って拡散したりすることは、誰にとっても有益でないことはしっかりと自覚する必要がありそうだ。

取材協力弁護士

荒木 謙人 弁護士
荒木 謙人 弁護士

所属: エイトフォース法律事務所

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