「ネット論客」に“220万円”の損害賠償命令 それでも「誹謗中傷」の“収益化”が止められないワケ

弁護士JP編集部

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「ネット論客」に“220万円”の損害賠償命令 それでも「誹謗中傷」の“収益化”が止められないワケ
名誉毀損という「罪」と損害賠償という「罰」のバランスは適切なのか(kai / PIXTA)

SNSやブログで言論活動を行う、いわゆる「ネット論客」による名誉毀損行為が問題視されている。

県職員に33万円、元非常勤講師に220万円の損害賠償支払いが命じられる

4月8日、徳島県は、県立海部病院の主任を務める37歳の男性職員が「地方公務員の信用を失墜させる」行為を行ったとして、減給2か月の懲戒処分にしたことを発表した。

男性職員はX(旧Twitter)を中心に「青識亜論」というアカウント名で活動していた人物

職場や就職活動で女性がヒールのある靴の着用を強制されることに異議を唱える「#KuToo」活動を行っていた俳優の石川優実さんに対して、名誉毀損や侮辱にあたる内容を投稿したとして損害賠償請求を提起され、2023年7月に東京地裁が33万円の損害賠償の支払いを命じる。2024年2月、男性職員が支払いを受諾することで、東京高裁で和解が成立した。

4月18日には、同じくXを中心に「永観堂雁琳」というアカウント名で活動していた元非常勤講師の男性が、イギリス文学者の北村紗衣教授(武蔵大学)に名誉毀損や誹謗中傷を行ったとして、東京地裁は男性に220万円の損害賠償の支払いを命じる判決を下した。

「収益化」のための名誉毀損が問題視されている

近年では有料でブログ記事を販売することができるメディアが台頭しており、ファンがインフルエンサーに対して「投げ銭」を行うことも一般化するなど、言論活動を収益化する手段が増えている。

それに伴い、「ネット論客」やインフルエンサーが、金銭的利益のために特定の個人や団体に対する名誉毀損や誹謗中傷を繰り返す事態が問題視されるようになった。

また、「永観堂雁琳」は北村教授に訴訟を提起された後、自らの銀行口座をX上で公開して、訴訟費用の支援を求めていた。

「いくら損害賠償を行っても、それ以上の収益化に成功している場合、何ら抑止力にはなりません」と、ネットの環境が変化したことに伴い「名誉毀損訴訟の機能不全」が露呈していることを以前から指摘していたのは、ネットの法律問題にも詳しい杉山大介弁護士だ。

「青識亜論」や「永観堂雁琳」に関する訴訟をどう見るのか。

「青識亜論」の訴訟では33万円の支払いが命じられましたが、抑止力を発生するに足りる適正な金額の目安はいくらと考えますか?

杉山弁護士:いくらだったら足りるというわけではないですが、低額であると訴えるために必要な費用も回収できないことを考えると、最低でも100万円を基準にすべきだと思います。

なお、名誉毀損や誹謗中傷に限らず、ハラスメントなど他の問題についての慰謝料を請求する訴訟についても同様です。

220万円でも足りない?

「永観堂雁琳」の訴訟では220万円の支払いが命じられました。

杉山弁護士:判決文を見ると、以下のような事項が増額事由とされています。

・2019年から2023年にかけて悪質な誹謗中傷が繰り返された、期間の長さ

・Xのフォロワー数の多さによる波及力の高さ

・支援金450万円を集めるのに成功したことを誇り、さらにあおったこと

上記の事実を考慮すると、結局、220万円の損害賠償でも「加害者が損失を被って痛手を負う」までには至っておりません。

現行法のなかで可能な限り被害の回復や今後の抑止効果を機能させようと、努力した判決であるとは思いますが、同時に「法による限界」も感じてしまいます。

名誉毀損に限らず、慰謝料の金額は、長時間の盗撮をされても50万円、交通事故で骨折しても100万円や200万円と低額になります。現行の慰謝料の仕組みには限界があるのです。

また、既存の法制度は「違法行為で収益を上げる」という事態を想定できていないと考えます。

抑止力を発生させるためには「名誉毀損行為を通じてこれだけ収入を得たから、その分だけ損害賠償の金額を増す」といった制度が必要に思えます。

杉山弁護士:私も、「利益の吐き出し機能」こそ重要だと考えています。

過去には、ネットで誹謗中傷をすることには、それに同調する人から支持や賛同がもらえて「承認欲求」を満たせるという対価しかありませんでした。

しかし、最近では、誹謗中傷行為を経済的利益に直結することが可能になりました。これに伴い、誹謗中傷を受ける被害が拡大しています。

ただし、「利益の吐き出し」を行うためには「どれだけ利益を得られたか」を立証する必要があります。しかし、民事訴訟においては、証明を行うのが難しいところもあります。

過剰制裁のリスクは懸念されますが、制度としては、懲罰的損害賠償のほうが運用しやすいでしょう。

「表現の自由」との兼ね合いは?

名誉毀損に対する罰則を強くし過ぎることには「表現の自由」を侵害する、という懸念が指摘されています。

杉山弁護士:「表現の自由」も「誰にも不当に名誉を害されない自由」も、どちらも人権であるということが、憲法の大原則です。

名誉毀損については、すでに刑法や民法の中で組み立てられた真実性・真実相当性といった抗弁を通して、「表現の自由として保護に値するもの」と、そうではない「ただの反人権行為」の区分けが出来ています。「定義づけ衡量(こうりょう)」といい、要するに名誉毀損の定義にあてはめる段階で、人権同士の間での優劣がついています。

そのため、「名誉毀損であるなら、表現の自由で保護する必要はない」と、自動的に整理されるのです。

つまり、憲法上は「名誉毀損に対する罰則」と「表現の自由」のどちらを優先するかに議論の余地はありません。名誉毀損が許される状態をどうにかしなければいけないと思います。

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