お金があるのに窃盗へ至る“ゆがんた節約心”とは… 「高齢者の万引き」が増え続ける身につまされる理由

弁護士JP編集部

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お金があるのに窃盗へ至る“ゆがんた節約心”とは… 「高齢者の万引き」が増え続ける身につまされる理由
万引き犯の多くを占める高齢女性の犯行理由とは(IYO / PIXTA)

「将来の生活に不安を感じたので盗んだ」

2月13日、札幌市のディスカウントストアで窃盗容疑で逮捕された同市内に住む無職の76歳女性が口にした犯行の理由だ。女性は野菜、飲料水、菓子、おにぎり、トリートメントなど食料品、日用品19点9666円分を万引きした。

お金に困っているワケではないのにやってしまう深刻さ

これまでに6000人以上の万引き犯を確保してきた万引きGメンの伊東ゆう氏がいう。

「これは氷山の一角です。万引き犯の多くは高齢者で、その理由として多くが『節約のため』というんです。決してお金がないわけではありません」。

実際、冒頭の女性万引き犯の所持金は1万5000円だったといい、お金がなかったわけではない。「私が過去に確保した高齢万引き犯も『今回は見逃してよ』とそれほど罪の意識があると思えない軽い感覚の人が多いです。平日昼間など閑散とした店内で、セルフレジ導入店も増え、万引きしやすくなっていることも決して無関係ではありません」と伊東氏は明かす。

豪腕万引きGメンが理由に挙げるのは”ゆがんた節約心”

高齢者の多くは仕事をリタイアし、決して潤沢とはいえない年金等で日々をやりくりしている。極貧とはいえなくとも、増えることのない蓄えを減らさず、「できれば出費を抑えたい」となる心理もわからなくはない。だが、その不安から万引きに手を染める思考回路はやはり普通ではない。

伊東氏はこれについて、“ゆがんだ節約心”と表現する。

「節約したい主婦の立場からすると、よく盗られがちな高級食材や青果、化粧品やペット、子供のお菓子、旦那の飲む酒などは、すすんで買いたいとは思えない。無駄な金は使いたくないけど買わなければいけない。節約したいけど贅沢もしたい。これらのことを私は“歪んだ節約心”と説明しています。万引きはそんな気持ちの現れかと」

周囲との関係性が薄い高齢者に多い傾向も

伊東氏はさらに社会構造のゆがみについても補足する。

「統計上も万引き犯に占める高齢者の割合は高いのですが、その中でも多いのが独居の人や、周囲との関係性が薄い人ほどやってしまう傾向があります。みなさん悪いとはわかってはいるんですがね」。

その上で伊東氏は、高齢者が万引きに至るまでの行動パターンを次のように説明する。

「実は高齢者の初犯のほとんどは店内に入ってから万引きを決意しているんです。買い物に来て、店内を移動しているうちに、万引きできる環境にあることを認知します。そして、その誘惑に負けてやってしまう…。一方、これが若者や外国人、それに常習者の場合だと、最初から万引き目的で来店します」

統計でも明確な高齢者万引の増加と高い割合

こうした状況を念頭に、全国万引犯罪防止機構が2020年6月に公開した「全国万引対策 実態調査報告書」内の「全国の万引き検挙・補導人数の年齢構成別割合推移」(警察庁統計)をみてみると、より生々しく数字が目に入ってくる。

統計でも高齢者の万引き、特に女性が多いのが目立つ(出典:日本刑事政策研究会=http://www.jcps.or.jp/publication/2604.html)

2004年に39%だった少年万引犯の割合は年々減少し、2019年には13.6%に。一方、高齢万引犯の割合は、同17.1%から同38.3%に増加している。2012年前後に高齢者の万引き割合が若者の万引き割合を抜き、以降増加を続けている。

とくに高齢女性の割合が高く、50歳以上が過半数を占めている。県によっては高齢者万引き割合が全体でも5割を超えるところもある。

2023年(11月まで)の警察白書では少年万引きの認知件数が1119件増と前年比37.3%と急増しているものの、大きな傾向は変わらない。

同報告書では高齢者の万引きについて、『防止には警察と自治体の連携、地域でもコミュニケーションが必要だが、学校という規範意識醸成の場がある少年の万引き防止対策とは違い、効果的な対策はとれないところである』と対策の難しさを記している。

”万引研究者”は万引き対策に消極的な店に苦言

セルフレジやマイバッグは万引きの「言い訳」を助長していると大久保氏(maroke / PIXTA)

伊東氏と連携し、万引きの研究を続ける香川大准教授の大久保智生氏は、店舗側の万引き対策として、目先にとらわれず、消極的な姿勢も正す必要があると、次のように指摘する。

「万引きは言い訳ができてしまう犯罪。例えばセルフレジ不正の場合には『操作を間違えました』『スキャンしたつもりだったが音が聞こえませんでした』『操作に馴れていない』 など、店員から指摘されても一度はごまかせてしまいます。だからこそ、いかにして言い訳できない店舗環境を構築するかが肝なんです。セルフレジ導入やマイバッグはこうしたことに完全に逆行しています」と力を込める。

万引きを行ってしまう原因のひとつとされ、診断されると減刑の可能性もあるクレプトマニア(盗症、盗癖)についても懐疑的だ。

「研究(※)で盗癖の『ふり』をしている人がいることが示唆されています。精神科医へのアンケート調査では、約8割が『診断が難しい』と思っており、約9割が『責任能力があると思う』と回答しています。つまりクレプトマニアも万引きの“言い訳”に利用されている可能性があるんです」。

大久保氏は研究者の視点で、本質的な万引き対策として重要なのは人材の育成だという。

「『ある程度万引きされても仕方がない』ではなく、万引きを抑止できるような接客のできる人材を育てること。それが、言い訳の余地を潰し、店内に活気を生み、結果的に売り上げにも貢献することにつながるんです。それを認識し、そこにしっかりと目を向けてほしいですね」

万引き犯のアフターケアにも力を入れる伊東氏は最後に、「違法車両の確認事務や取り締まりを警察官に代わって行う駐車監視員がいます。あれの万引き版みたいなものあれば、抑止につながると思いますけどね」と、やはりマンパワーの重要性を訴え、より実効性の高い案を提案した。

※「高齢者を対象とした万引きの再発防止プログラムの開発およびその効果の検証」(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-17K04421/17K04421seika.pdf)


伊東ゆう:万引き対策専門家、万引きGメン
およそ25年に渡って6000人を超える万引き犯を捕捉してきた経験を有する現役の保安員。「万引きGメンは見た!」(2011河出書房新社)を上梓すると大きな話題を呼び、多数のメディアで特集された。現役にこだわり現場で活動する一方、「店内声かけマニュアル」(香川大学、香川県警)「セルフレジサポーター育成マニュアル」(同)の企画制作、監修を手掛けるなど、万引きの未然防止対策に情熱を傾ける。現在、一般社団法人ロスプリサポートセンター代表理事。映画「万引き家族」(是枝裕和監督)の制作協力、テレビ出演も多数。

大久保智生:香川大学教育学部准教授
早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専門は教育心理学・犯罪心理学。これまでに日本教育心理学会城戸奨励賞、日本教育心理学会優秀論文賞、日本犯罪心理学会研究奨励賞、日本ホスピタリティマネジメント学会奨励賞、キッズデザイン賞少子化対策担当大臣賞など受賞多数。主な著書は「万引き対策に関する調査と社会的実践」(ナカニシヤ出版)、「実践をふりかえるための教育心理学」(ナカニシヤ出版)など。
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