月給「50万円」が「17万3000円」大幅ダウンの絶望も…会社の“賃金規程”を裁判所が無効と判断したワケ

林 孝匡

林 孝匡

月給「50万円」が「17万3000円」大幅ダウンの絶望も…会社の“賃金規程”を裁判所が無効と判断したワケ
月給の大幅ダウンから2年後、うつ病で退職することに…(Luce / PIXTA)

基本給が一方的に大幅ダウンされた事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)

ーー どれほどのダウンですか?

Xさん
「50万円から・・・17万3000円へダウンしました」

裁判所は「このダウンは無効。50万円との合意があったのだから、賃金規程を制定したからといってXさんには適用できない」と判断しました。(ツヤデンタル事件:大阪地裁 R5.6.29)

賃金規程よりも個別の合意の方が強いのです。以下、わかりやすく解説します。

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

▼ 会社
・歯科技工所を経営
・代表者Yさん

▼ Xさん(男性)
・歯科技工士
・入れ歯部門の部長
・昭和42年生まれ

どんな事件か

▼ 入社に至る経緯
ーー この歯科技工所で働くことになった経緯はどのようなものですか?

Xさん
「代表者のYさんから誘われました。代表者Yさんとは学生時代からの知り合いだったんです」

ーー 給料について話はありましたか?

Xさん
「私がそのとき勤めていた職場からもらっている給料程度にしようかという話になりました。私はそのとき約41万円もらっていました」

▼ 入社後の給料支払い
Xさんは平成9年6月に入社。以後、金額は月によって違いはありますが、以下のとおり支払われていました。

平成9年6月 40万円
〜平成11年12月 ほぼ45万円
平成15年1月〜平成17年12月 50万円

▼ 基本給が下げられる...
Xさんが勤め始めて約21年が経過したころ、会社が賃金規程を定めました(平成30年2月)。そしてその賃金規程に基づき、会社はXさんに対して労働条件通知書を交付しました。

ーー 労働条件通知書には何と書かれていましたか?

Xさん
月給17万3000円と書かれていました...。その他、固定残業代が7万8000円、特別調整手当、管理手当(月2万円)、通勤手当(月1万円)との記載がありましたが、月給はたったの17万3000円との記載でした」

▼ うつ病になり退職
それから約2年後、Xさんと代表者Yさんが、仕事のやりかたを巡り衝突します。代表者Yさんが業務遂行の方法を変更したのに、Xさんが従わなかったんです。この衝突が原因となったのでしょうか、Xさんはうつ病になってしまい退職します。

▼ 提訴
Xさんは「基本給の引き下げは無効だ」「さらに残業代を請求する」などと主張して提訴。

ジャッジ

弁護士JP編集部

裁判所
「基本給の引き下げは無効」
「残業代約306万円を払え」

以下、基本給の引き下げが無効と判断された理由について解説します。

ーー 裁判所さん、なぜ基本給の引き下げは無効なのでしょうか?

裁判所
「2人の間で【月額45万円を支払う】との合意がされていたからです。2人の間では、Xさんが当時勤務していた職場の給料と同じくらいという話になっていたし、実際に平成11年12月まではほぼ45万円が払われており、平成15年1月〜平成17年12月は50万円が払われていますので。平成15年1月には月額50万にアップするとの合意がなされたと認定します」

ーー 異議あり! 労働契約法第7条には「賃金規程を定めれば労働者全員に適用される」というような内容が書かれてるんですが!

■ 労働契約法 第7条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。

裁判所
「その条文を最後まで読んでください。Xさんと代表者Yさんとの間で【別の合意】がされていた場合はその合意が優先されるのです」

■ 労働契約法第7条の続き
ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

■ 解説
就業規則や賃金規程は会社のルールなので、原則として労働者全員に適用されます。しかし! 上記でご説明したように【会社と従業員との間で別個の合意】があった場合には、その合意が優先されます。「チミは特別だよ」みたいな合意があればそれが勝つのです。

代表者Yさん
「ちょっと待ってください。Xさんからは不満の申し出がなかったので、有効な同意があります」

裁判所
「ゲラウェイ! 同意があったとは認定できませんな。月額50万円から17万3000円のダウンですよ。減額の幅が極めて大きい。Xさんが心の底から同意していたとは言えない(正確には、自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできない)」

■ 解説
給料などが下げられて「従業員の同意があったのか?」が争われたとき、裁判所はチョー慎重に検討します。給料の減額はチョー重大な事件だからです。

このほか、3年間も減額された給料を受け取ってて文句を言わなかったケースでも裁判所は「減額について同意はなかった」と認定しています。(NEXX事件:東京地裁 H24.2.27)

給料減額がOKとなったケース

今回の事件では一方的な給料減額がNGとなりましたが、従業員との間で別個の合意がなく、さらに全員の給料を減額することもやむを得ないというような状況になったときは、給料の減額がOKになるケースもあります。詳しくはコチラをどうぞ。

一方的な就業規則変更で「給料減額」 職員196人が“反発”も裁判所が訴えを退けたワケ

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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