一方的な就業規則変更で「給料減額」 職員196人が“反発”も裁判所が訴えを退けたワケ
会社が一方的に就業規則を変更して給料が減ったんだけど...事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)
ーーー そんな理不尽なことが許されるんですか!?
裁判所
「今回の変更はOKです。労働契約法10条の要件を満たすからです」
理不尽な変更は許されませんが、法律にのっとった変更なら許されるんです。労働契約法10条の要件とともに解説します。(恩賜財団済生会〈山口総合病院〉事件:山口地裁 R5.5.24)
※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
▼ 会社
・医療機関などを経営する社会福祉法人
・職員約670名
▼ Xさんたち(数名)
・臨床検査技師
・診療放射線技師
・臨床工学技士
・言語聴覚士...etc.
どんな事件か
就業規則と給与規程が変更されました。これによって、職員196人の給料が減ることになりました。
▼ 変更の概要
■ 扶養手当、子供手当関係
・配偶者や父母などの扶養手当を廃止
・15歳以上の子どもの扶養手当を減額...etc.
■ 住宅手当、住宅補助手当関係
・持ち家に対する住宅手当(3000円)の廃止
・支給条件に通勤距離片道15km未満を追加
・支給条件に職員本人が契約者および世帯主であることを追加...etc.
▼ 変更した理由
ーーー 会社さんは、なぜ就業規則を変更したんですか?
会社
「令和2年4月にパートタイム・有期雇用労働法が改正されて、正規職員と非正規職員との間の不合理な待遇差が禁止されたため、説明できない格差を是正しなければならなくなったのです。扶養手当や住宅手当の主旨、目的を検討したところ不明確だったので、それを明確にして時代のニーズを勘案し、納得性の高い変更をする必要があると判断して就業規則と給与規程を変更しました」
職員のXさんらはこの変更に納得できず、提訴。
ジャッジ
Xさんらの敗訴です。争点は【就業規則の変更に合理性があったのか?】です。結果、合理性ありと判断されました。以下の条文を舞台とした攻防です。
労働契約法 第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下、略)
Xさんらの主張と裁判所の判断を見ていきましょう。
Xさんら
「この変更の目的は専ら人件費削減にあります。それを隠して変更されたので合理性がなく無効です」
裁判所
「いや。目的が専ら人件費削減にあったとは認められません」
〈理由〉
本件変更に至る検討経過を踏まえれば、本件変更は、手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを目的として行われた。(検討経過については、会社は法改正があった当初から職員に説明し、就業規則改正の必要性を踏まえた改定案を示すなどしてきました)
裁判所
「あと、上の労働契約法10条に照らしても、今回の就業規則変更は合理性ありです。以下の4つの事情を総合考慮した結果、合理性ありと判断しました」
1. 労働者に生じる不利益の程度
・会社の総賃金原資(人件費総額)に占める本件変更による減額率は約0.2%にすぎない
・減少額の平均は月額8965円
2. 変更の必要性
・パートタイム・有期雇用労働法の改正を機に就業規則も改正する必要があった(手当の支給目的を納得性のある形で明確化する必要があった) ・新病院の建設を控えて経営状況は右肩下がりである一方、費用総額に占める人件費比率は右肩上がりだったので、今後の長期的な経営の視点から、持続可能な範囲で手当の組み換えを検討する必要があった
3. 変更後の内容はOK(相当)
・男女ともに社会進出をしていることを考慮した変更
・時代にそぐわない規定を見直している
・正規職員だけに手当が支給され続けている状態を是正した(非正規職員への手当の拡充)
・減額された職員にも配慮している(変更後1〜2年の激変緩和措置がとられている)
4. 変更に至る交渉状況
・会社は、労働組合に対して変更の趣旨や必要性を繰り返し説明し、その理解を求める働きかけを行っていた
・労働組合の意見も一部参考にしていた
最後に
というわけで、今回の就業規則の変更は「合理性あり」と判断されました。法律の考え方としては「会社が一方的に変更するんだから、会社は上記の4つの事情をキチンと検討しなよ」というものです。
仮にワンマン社長が「最近不景気だからいろいろカットします!」と就業規則を変更したとしても無効です。戦えます。
▼ 相談するところ
社長が同意書へのサインを迫ってくることもあるので、理不尽な内容の書面にサインする前に労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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