“ゼロリスク”という名の無責任… 上司が「リスク、リスク」と叫ぶ組織の果敢(はか)ない末路

新井 健一

新井 健一

“ゼロリスク”という名の無責任… 上司が「リスク、リスク」と叫ぶ組織の果敢(はか)ない末路
リスクを過剰に恐れると”意思決定”ができなくなる(metamorworks / PIXTA)

いかなる企業も、いまやコンプライアンスを遵守することは“世界標準”。そう認識していながら、日本ではいまだ古い価値観を振りかざし、組織や会社を貶める愚行を働く企業人が絶滅することはない。

本連載では、現場でそうした数々の愚行を目にしてきた危機管理・人材育成の4人のプロフェッショナルが、事例を交えながら問題行動を指摘し、警告する。

第6回は、人事のプロ・新井健一氏が「ゼロリスク症」を切り口に、その使い方を誤った上司が陥る無益なマネジメントについて解説する。(【第5回】

Dai Tamesue 爲末大 @daijapan 私たちの国は「なにかあったらどうすんだ症候群」にかかっています。この症候群は社会に安定と秩序をもたらしますが、その副作用として社会の停滞と個人の可能性を抑制します。この症候群には「未来は予測できるものであり、物事はコントロールできるものである」という前提があります。 2022-06-04 09:47:29

これはオリンピアンの為末大氏が会員制交流サイト(SNS:note)で発信したメッセージの一部である。このメッセージは、“ゼロリスク症候群”という言葉に置き換えることができるだろう。

リスクに過敏になることの”副作用”

ゼロリスク症候群という言葉は、かつてBSE(狂牛病)問題が起こった際、専門的リスク評価が低いにも関わらず、消費者の牛肉離れが止まらなかったことで、社会一般にも知られるようになった。その症状は次の3つにまとめることができる。

  • リスクがゼロという状態が存在し、リスクはゼロにすることができると信じている。
  • どんなに小さいリスクであっても、ゼロではないリスクを許容することができない。
  • リスクがゼロでない限り、ベネフィットやリターンについて考えることができない。

ちなみに、「『ゼロリスク社会』のわな~『怖い』が判断を狂わせる~」(佐藤健太郎著・光文社新書)P・28~33では、ハーバード大学のリスク解析センターが発表したリスク認知因子10か条を紹介している。

ここでは、10か条のタイトルに関する筆者の読み取りを簡単に解説するが、より詳しくは同書をご参照いただきたい。

①恐怖心は、発生確率が極めて低くても、仮にそのような事態に直面したら感じるであろう恐怖心が、リスクをより強く感じさせるということである。例えば変質者に遭遇し、刃物で刺される確率は低いはずだが、想像力がリスクを感じる程度を高めるということである。

②制御可能性は、リスクにかかわる事態を、自らコントロールできるか否かにより、リスクをより強く、もしくはより弱く感じることを指す。同著者は、自動車を自ら運転するか、他人に委ねるかにより、他人の運転をより怖がるという事例を挙げている。

③自然か人工かは、われわれ消費者が、例えば自然物で食あたりするよりも、人工の食品添加物を摂取したり、ワクチンを接種したりすることにより被る損失に、過剰に反応することを指す。

④選択可能性は、自分でリスクを選び取るか否かにより、リスクを感じる程度が異なることを指す。当然、自分で選び取ったリスクについて、その程度は弱い。

⑤子どもの関与は、自分の子どもに関わることについて、親はリスクをより強く感じることを指す。

⑥新しいリスクは、われわれが未知のリスクを高く見積もる傾向にあることを示す。

⑦意識と関心は、メディアで大きく報道されるような事件、事故などについて、われわれはリスクを強く感じる。航空機事故が発生する確率は、自動車事故が発生する確率は相当低いが、航空機事故に関する報道は印象に残りやすいなど。

⑧自分に起こるかは、自分に関係のあること無いこと、起こり得ること起こり得ないことにより、リスク認知は変わるということである。

⑨リスクとベネフィット(利益)のバランスは、リスクに対してベネフィットが望めないような場合、誰もそのリスクを取ろうとはしない。一方、相応のベネフィットが望める場合、人はそのリスクを低く見積もる傾向がある。

⑩信頼は、われわれをリスクにさらす相手、またはリスクを説明する者に対する信頼の有無や程度により、われわれのリスク認知は異なるということだ。

リスクを取らなければ、リスクを取るという意思決定ができなくなる

これらのリスク認知に対して理性的、合理的に対処する方法はあるはずだが、その第1歩である「リスクを取ろう」とする意思は、当事者が「リスクを取る」という意思決定をする以外、誰も当人に教えることができないし、当人も誰からも学ぶことができない。

一方、ゼロリスクをかたくなに主張するほうが、仕事に求められる「判断」「承認」そして「責任を取る」という行為を回避するという意味で、短絡的には楽なのだ。

だが、そんなゼロリスク管理職が、とてつもない暴挙に及んでしまうことがある。例えば「個人情報」と「散在情報」の違いも分からず、部下の個人情報を平気で外部に晒(さら)しておきながら、架空か、もしくは抽象度の高い情報の組み合わせにプライバシーの侵害を訴えたりするのである。

ちなみに「個人情報」と「散在情報」の違いについて、ChatGPT 3.5は次のように説明している。

問い:個人情報と散在情報の違いを教えて

答え:「個人情報」と「散在情報」は、異なる概念です。以下にそれぞれの意味と違いを説明します。

個人情報(Personal Information):

定義: 個人に関する情報であり、その情報を使用して特定の個人を識別できるもの。
例: 氏名、住所、電話番号、メールアドレス、生年月日、社会保障番号などが含まれます。
特徴: 個人のプライバシーを保護する必要があり、多くの国や地域で法律によって取り扱いが規制されています。
散在情報(Scattered Information):
定義: 個々の情報が分散しているが、それ自体では個人を識別できない情報。
例: 個々の情報片や断片であり、個別のデータが単体では特定の個人を指し示さない場合があります。
特徴: 個別の情報が組み合わさることで、個人を特定する可能性があるため、適切なセキュリティー対策やプライバシー保護が求められることがあります。
出典:ChatGPT 3.5  https://chat.openai.com/c/64cec4b9-f091-41a3-8455-371b1bc7be78

このような、コンプライアンスやリスクマネジメントの土台となる法令等に対する理解もなく、何でもかんでもリスク、リスクと主張する上司、もしくは部下と仕事をするストレスは推して知るべきである。

また一方で、このようなとらわれを尻目に、リスクを取り、またリスクの取り方をも学びながら、着実にリターンを蓄積していく会社員も確実に存在する。その格差は開くばかりだ。

書籍画像

それでも、「普通の会社員」はいちばん強い 40歳からのキャリアをどう生きるか

新井健一
日経BP 日本経済新聞出版

「――まず、本書の結論から述べておく。日本企業の会社員は最強だ。

それは、VUCAの時代、AIが人類から仕事を奪うと言われるこの時代においても変わらない。

むしろ、今後ますます日本人、日本企業の会社員はよき働き手として重宝されるだろう。
本書ではこのことを徹底的に検証していく。」(本書の内容より)

これから、日本企業の会社員が磨くべき、2割の「+α」とは?
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逆説のキャリア論。

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