「薗浦健太郎議員事件」から考える略式起訴制度 ~憲法的な視点をそえて~
「オリンピック」疑獄など、検察庁特捜部が動く事件のニュースが、途切れなく入ってきている今日この頃。捜査というのは、ある事件の捜査によって新たな証拠が発見され、次の捜査の端緒になるため、連鎖していくこともあります。そういう意味で、電通への家宅捜索は、その事件だけにとどまらない多くの火種をまいたことでしょう。
さて、経済界ではなく政治側でも、政治家が有罪になる見込みとして、今注目されるのが薗浦健太郎議員事件です。執筆した時点(12月18日現在)では、略式起訴の見込みとも報道されています。これは、要するに「裁判が開かれずに事件が終わる」ということです。
法律制度上、形式的には、この様な処理も可能なのですが、それで良いのか。また、検察庁がそのような方針だとして、誰も止められないのだろうか。そういった疑問が、まず自分の中でも浮かぶ話題なので、同じような疑問を抱かれた人向けの解説を行います。
1. 略式手続制度のおさらい
刑事事件において、有罪なのに裁判を開かないことがある。このこと自体、そもそも知らない人もいると思います。憲法37条でも、
第三十七条
1項 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3項 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
被告人のさまざまな権利が書かれているように、刑事事件において刑事裁判を開くのは原則であり当り前であるというのは、日本国憲法からも言えます。しかし、あらゆる事件において裁判を開いていると事件の処理が追い付かず裁判所も検察庁もパンクしてしまうことから、一定の軽微で間違いのリスクが小さい事件については、『略式手続』という、「裁判をしない処理をしても良い制度」を、憲法が公布された後から刑事訴訟法に作りました。
憲法37条の書き方からもわかるように、裁判というちゃんとした手続きを受けるのは『被告人の権利』であって、それを自ら放棄している場面なら、そこまで弊害もなかろうということです。
今、わざと奥歯にものが挟まった言い方をしているように、これはあくまで“妥協”です。本来、軽微だから間違って良いわけではありません。自白の危険性などの議論と歴史を振り返れば、捜査段階で当事者が権利や主張を放棄しているからと言って、間違いの危険があるのは当然の前提でしょう。
そして、その妥協の範囲は、罰金5万円以下→20万円以下→50万円以下→そして平成18年には100万円以下の事件にまで広がってきました。そして、罰金100万円までが許容されると、今回のようなかなり重要な事件も、制度上略式の手続きが可能になってくるわけです。
2. 憲法82条 公開裁判の原則との関係
権利論からすると、自ら手続き保障の機会を放棄し、自身の発言や事件内容を公開に晒(さら)されない、より不利益が少ない手段を選べることは、肯定的に評価できます。今回の事件だと、略式手続によって人権侵害の危険があるとは言えないでしょう。
ただ、司法が正しく機能しているかを主権者たる国民が監視できるよう、憲法82条のようなルールも設けられているわけです。裁判官や検察官、弁護士、当事者が納得しているから、内側でこっそりやってしまってよいかというと、日本国憲法が想定している制度論としてはそうではないはずなのです。
本件のような事案では、自白に転じる中で、「ちゃんと罪を受け入れるから略式手続にしてほしい」言った交渉が行われていることは容易に想像できます。しかし、裁判への国民監視の機会も奪う略式手続は、本来、当事者の人権論だけでなく、「監視の必要性」に対しても正当化できるだけの論拠を持っていなければ、手続き選択の裁量を与えられた検察官の裁量行使として、妥当とは言えないです。政治家だから罪を重くするということはできませんが、公判において事実を精査し、罰金を求刑するならあくまで量刑上の不正義はありません。
3. 検察審査会制度との穴
菅原一秀元議員の事案では、この略式よりさらにひどく、「不起訴」という選択が取られました。特に示談などがあるような事案でもなく、常習的に行っていたにもかかわらず不起訴にするのは、他の事案における一般人への扱いと比較しても、政治家ゆえの“特別待遇”とも言え、全く妥当ではありませんでした。
この時、検察を是正したのが検察審査会でした。そして、菅原元議員は略式手続で前科を受けたのです。検察審査会は、この略式手続という結論を望んで「起訴相当」という結論を出したわけではないと思います。でも、検察審査会が略式手続についてまで口を出すことはできないのです。
国民による手続き監視という機能をより実効的にするなら、略式手続も検察審査会の審査対象にするのも一案だと思います。
4. 量刑評価によっては裁判所が止めることもあり得る
とはいえ、現行の制度で本件は扱われるのですから、検察審査会には頼れません。検察庁は取引の結果を反故(ほご)にはしないでしょう。そうすると、結局、本件が裁判になりうるとしたら、裁判所が「相当でないものであると思料するとき」(刑事訴訟法463条1項)に限られることになります。
その際、裁判所が上記のような裁判手続きと公開の原則といった原理的な考察をすることはあまり考えられず、結局本件の量刑評価が罰金100万円以下におさまるかどうか、という点にかかってきます。
そして、菅原元議員の時は、量刑上罰金相当なのは私も納得でしたが、本件ではどうだろうかと疑問に思っています。不記載の金額が4000万円と多額であり、また政治資金規正法違反とは別に犯罪を構成する証拠隠滅罪の行為も行われている点などが理由です。
5. 裁判所が動くことを検察庁も期待していないか?
ここからは、希望的な推測かもしれません。検察庁としては、普段の庁としての処理相場から、一方当事者を担う自分たちでは結論を変えないものの、実際にはその主張が採用されないことを予定している場合があります。被疑者を今後も捕まえておく勾留請求や、公判での求刑といった場面で、実際見られます。
本件も、供述を引き出し罪を認めさせた以上、そこを裏切って話さない方がマシだったという結論にはなかなかしにくいはずです。しかし、裁判所が裁判をしなければダメだと言った場合は、言い訳が立ちます。
裁判所も略式手続において、いつも“言いなり”というわけではないので、今回、略式手続を認めない結論が出ないかと、注視しています。
- こちらに掲載されている情報は、2022年12月21日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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