ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』3 ~ファストではなくスローなドラマ観賞~

ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』3 ~ファストではなくスローなドラマ観賞~

石子と羽男、2022年7月29日放送の第3話も、「ファスト映画」という良いテーマを選んできました。モチーフとなっているのは、2022年5月19日に仙台地裁で判決が言い渡された実際の事件でしょう。

ファスト映画というのは、現代の消費者嗜好を如実に反映したものだと感じています。映画がファスト映画で消費されてしまう土壌自体は、ずっと前から存在していました。

たとえば、ゲームやアニメについて、まとめサイトで話を聞いただけで語る人というのは、すでにたくさん存在していました。また、SNS、特にツイッターでは、記事の見出しだけを見て引用した投稿がされており、その記事本文と投稿内容が矛盾しているなどということも日常茶飯事です。

ちなみに、このような投稿について矛盾を指摘する人も必ず出てくるのですが、投稿に連なっている訂正ツイートや訂正リプライなどを、ほとんどの人が見ることがないという現象も確認されています。

要するに現代では、文章を読まず、映像作品を見ず、ゲームをプレイせずに、それでも訳知り顔で語ることだけはしたいという、なんとも怠慢な欲求を持っている人たちが多数いるということです。そのような欲求に、ドンピシャで答えてしまっていたのがファスト映画でした。

私は、今回もねっとりみっちり、石子と羽男を見てコメントしていきます。

1. 絶対に“やってはいけない”初回接見

羽男くんは、いきなり自分の認識している事実を質問し、自分の考えを述べて行きました。これは、本来の刑事弁護では、「やってはならない」お手本です。初回接見では、まずは情報をより広く獲得するのが必要です。確かに、勾留状や報道などから事前情報を得られることもあるのですが、自分で枠を決めたりレールを敷いてしまうと、それに沿った話しか聴きだせなくなってしまい、大事な情報を漏らす危険があります。捕まっている人が「はい」とかしか言わない形は避けなければいけません。

名刺を見せる等、基本的なお作法を意識したシーンもあり、あくまで短時間に情報を整理する場面だから…というのもわかってはいるんですけどね。

2. 著作権法違反が非親告罪になったというのは誤り ~非親告罪化と示談の効果~

示談がどれだけの効果を持つかは事案によるため注意が必要なのですが、「親告罪」という告訴が起訴に必須な犯罪では、示談による告訴取り下げや阻止により、確実に不起訴の効果が得られます。

この点、「著作権法の非親告罪化」という点がニュースになったことを覚えている方もいるかもしれません。中には、弁護士などの士業のサイトでも、著作権法は非親告罪になったなどと端的に書いてあるものもあります。もっとも、非親告罪になっているのは、著作権法123条2項の要件を満たすものだけなので、「著作権法は非親告罪」という書き方は、私からすると誤りです。

その要件を整理すると、

  1. 対価を得る目的又は権利者の利益を害する目的があること
  2. 有償著作物等について原作のまま複製された複製物を譲渡・公衆送信又は複製を行うものであること
  3. 有償著作物等の提供・提示により得ることが見込まれる権利者の利益が不当に害されること

となり、これらを全て満たす必要があります。

実際に事件化されているものは、チャンネルを収益化させていたのですが、石子と羽男の事件だと収益設定はしていませんでした。そのため、目的要件を当然に満たすわけではないと考えられます。また、丸々の海賊版が「原作のまま」であるのは当然として、ファスト映画のように一部のシーンを複製し編集したものを「原作のまま」の「複製」と評価するかは、解釈の余地もありそうに思います。

もとより、親告罪とされていた犯罪は、被害者の意思を尊重すべき要素もあり、著作権法違反において示談が重視されることはかわりないです。そこに加えて、親告罪と考える余地もある本件では、示談は絶対に試みるべき点であり、羽男くんが試みた行動は正しかったと思います。

3. 真の内省による再犯防止効果

今回、羽男くんは最初、法廷で上っ面の反省を示して執行猶予を獲得しようとしていました。また、話す内容も弁護士が決めたことを丸々述べる予定でした。多くの方に知っておいていただきたいのは、これが日本の多くの法廷で起きている現実でもあるということです。お決まりのテンプレが述べられ、テンプレの判決文が書かれ、形だけのやり取りが法廷内で、わずか1日、30分やそこらで完結する。このような形で、多くの事件が処理されてしまっています。

私が、前科が重なっている人でも諦めずに弁護が行えるのは、ある意味、過去の裁判がこのようにおざなりで終わっており、まだできることがあると感じられるからでもあります。石子さんのアイデアで羽男くんが行ったように、被告人の本音やキャラクターに合わせたやり取りをすることで、自然に受け入れられる本当の理解を得る。ここまでして、ようやく罪を犯した人は自分の行ったことを理解します。自らの理解がなければ、ただ前科という形でムチを打っているだけであり、動物の調教と変わりません。痛みを避けるべく一時的に従っても、痛みが無くなればまた同じことを繰り返してしまっても仕方ないです。

本来的な理解をしている人であれば、裁判の進め方もそんなに苦労はしないです。わざわざセリフの暗記などせずとも、弁護士との自然なやり取りで、自身が伝えるべきことを伝えられます。法廷のやり取りは細かく描かれませんでしたが、きっと良い被告人質問が行われただろうと推察できます。

こうして裁判は無事終わった被告人でしたが、それでも自身が行った行為が消えるわけではないと痛感するシーンが最後にありましたね。あそこで、裁判中に述べた真の内省が固着化し、忘れられぬものになったと思います。羽男くんが弁護士だったから、本作の刑事裁判は無意味なものにならずに済みました。

4. それで、石子と羽男はどれくらいの報酬を得たの? ~羽男の仕事を評価せず損させる国選制度~

国選の報酬基準は公開されているため、だいたいは計算できてしまいます。えげつないので、具体的な数字はあげませんが、真の内省が得られた点は当然評価されないです。それどころか、実は執行猶予になったことも評価されません。刑務所に行くことになっていても報酬は同じです。

ドラマ中で描写されていませんでしたし、羽男くんは瞬間記憶力があるので不要かもしれませんが、たとえば事件記録を石子さんに見せるためにコピーしていると、その分は全部自己負担になっています。

悲しい刑事裁判の現実は前述しましたが、石子と羽男のようにちゃんとやると経済的に損をする制度が背景にあることも“現実”です。社会の問題を処理し、次の再発を防ぐ。そのための活動が、もう少しは評価される制度のために、社会全体がコストをかけることも必要なのではないかと私は思います。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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  • こちらに掲載されている情報は、2022年08月05日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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