テレビ好きの弁護士が考えるテラスハウス事件 ~侮辱罪厳罰化とリアリティショー~

テレビ好きの弁護士が考えるテラスハウス事件 ~侮辱罪厳罰化とリアリティショー~

テラハ事件とも呼ばれる木村花さんの問題以降、ネットの誹謗中傷に関する話題が関心を集めることも多くなりました。与野党の政治家からも、誹謗中傷の取り締まりを叫ぶ声が高まり、法務大臣から「侮辱罪の厳罰化方針」といった話が出るようにもなってきました。

そこで今回は、侮辱罪の現在の位置づけについて解説すると共に、インターネットやテレビにも長く親しんできた身として抱いている、「違和感」についても言及しようと思います。

1. 名誉毀損と侮辱の違い ~「事実を摘示」が法定刑と時効を分ける?~

「事実を摘示」という要件が、名誉毀損(きそん)と侮辱を分けます。これは、名誉に関する犯罪が、人の社会的評価を守るための犯罪であるところ、事実が添えられている方が、社会的評価へのダメージが大きいと考えるのが理由です。

そして、名誉毀損だと懲役刑もあるが、侮辱罪だと拘留か科料しかなく、要するに9000円のペナルティで終わってしまう。また、法定刑によって、刑事裁判にかけられるかの時効も変わってくるため、懲役刑のある名誉毀損だと3年たつまで刑事事件にできるが、懲役刑のない侮辱だと、1年以内に事件にしないと終わってしまう。

以上が、法律一般論としての説明になります。ただ、「事実を摘示」という基準が、そこまでの差異を生じさせるほどちゃんと機能しているのかは、疑問にも思うところです。令和3年9月22日に行われた侮辱罪に関する第一回法制審議会では、令和2年における侮辱罪の事例集も掲載されています。

「ブス」や「口臭」といった悪口を単体で挙げるものは、典型的に侮辱罪とされてきたものでしょう。一方で、ちゃんと悪評価の理由として事実があげられているように見えるものもあります。刑事事件では、立証が硬いところを対象にして、軽い方の犯罪として起訴することなどもよくあるため、これ自体がおかしいということはないです。しかし、侮辱罪だから時効が経過して刑事事件として扱えなかったのだと、法改正の理由として挙げられると、本当にそもそも侮辱罪の問題だったのかというところは、問われてしかるべきと思います。

2. テラスハウス事件は誹謗中傷の問題だったのか? ~リアリティショーの装置としての視聴者たち~

実は、この点は、2020年に問題が話題になった時から、私が感じている違和感です。直接的に木村花さんを傷つけたのは、ネットユーザーによる書き込みでしょう。しかし、そのような木村花さんへの攻撃は、意図され、望まれたものとして行われたのではないかと私は考えました。

リアリティショーとは、生身の人間同士の相互作用を、あくまでドラマのような演劇ではなく、本当のやり取りとして楽しむものです。しかし、実際は脚本というほどまで緻密に練ることはなくとも、演出の方向性などは決められ、作為的なショーにはなります。あくまでリアル風に楽しむ人間ドラマが、リアリティショーなのです。

そして、ショーを盛り上げるために、登場人物たちにはわかりやすいキャラ付けがされます。視聴者は、そのキャラクターをリアルと信じ、楽しむよう期待されています。SNSやネットを通じて、周囲がもたらす反応は、番組の舞台装置として必要なものです。

テラスハウスを見ていて、演出を純粋に楽しんだ人たちが、期待通りに行動した結果、悪役としての色付けをされた木村花さんが攻撃にさらされた、それがテラスハウス事件の根源にあったものではなかったでしょうか。

少なくとも私は、そう考えました。というよりも、リアリティショーの本場であるアメリカなどでは、すでにそのような演出の作為性と、一見リアルに見える外観から、演者ではなくその人そのものとして攻撃されるところが問題になっており、リアリティショー後進国の日本でも同じ問題が起きてしまったと考えていました。

しかし、木村花さんの問題は、即座に政治家やメディアの声高な叫びによって、インターネットの誹謗中傷の問題とされてしまいました。本物だと信じ込みやすい人間をターゲットにした番組によって、望んだとおりに動いた人間が、刑事処罰の対象にされて、問題の責任も踊らされた愚者に押し付けられた。私は、この問題の端緒に、いびつさを感じています。

3. 刑事罰はあなたが得られる力ではない、あなたに向かう力である

もう一度、1でも参照した侮辱罪の事例集を見てください。インターネット上の、そこら中で見られる悪口も挙げられています。これを、現行法では侮辱罪として扱うことができる。ただ、大半のものは、犯罪として扱われず野放しにされているようです。理屈をこねれば問題として取り上げることもできるが、とりあえずしないでいる。しかし、いつでもやろうと思えばできる。こういう法律は、ある種の危うさを孕(はら)んでいます。ルールは平等であるはずなのに、それを取り扱うものの選択によって、適用する対象が選ばれる危険があります。

木村花さんの不幸があった時、真っ先に誹謗中傷の問題として声をあげた顔ぶれを思い出してください。政治家は、もっとも批判にさらされる機会が多く、また刑事司法を取り扱う側にも影響を与えやすい存在です。そういう人たちが規制を強化した時、振り上げた拳が自分たちに全く向かわないと考えるのは、公権力に対する畏怖の意識が欠けています。

刑事罰は、あくまで国家が国民を処罰するときに使うものです。たとえば誹謗中傷の問題をどう対処しているかを比較法的に見ると、個人が個人に対して行う民事訴訟における賠償金額を上げることで、アメリカでは抑止を働かせています。

私自身、インターネットは万人の万人に対する闘争だと感じてきたくらいに、技術の進歩に対して秩序が追い付いていないと感じるのは確かです。今後も自由放任とはいかず、公による介入と調整があることで、より多くの人が自由かつ安全に使える環境が整われるという持論もまた、抱いているところです。

個人的には、言われる側からすればあまり差異のない、事実の摘示の有無という運用上曖昧なところもある基準で、法定刑が大きく変わってしまうのは疑問に思っています。一方で、刑事罰という手段の性質や問題の根源がどこにあったのかという点は丁寧に考えるべきであり、「問題があった→解法はこれしかない」といった単純化するような主張にも警戒感を持つべきとも考えます。

今後も議論が続く問題について、本稿がひとつの参考となれば幸いです。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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  • こちらに掲載されている情報は、2021年10月25日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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