労務者・事務員等が選挙運動をしてしまった場合の問題点とその事後的対処方法

労務者・事務員等が選挙運動をしてしまった場合の問題点とその事後的対処方法

選挙期間中、『労務者』や『事務員登録』をしていた事務員が選挙運動をしてしまった場合には、『選挙運動員』とみなされ、選挙運動員としての制限が課されることとなります。

最も分かりやすいものが、その人に対して報酬を支払った場合に「運動員買収」(公職選挙法221条)に当たりうることであり、場合によってはせっかく当選した候補者の身分にまで影響することがあるばかりか、数年間立候補ができなくなる可能性もあります。

これらの事態を避けるため、裁判例を通じて、何に気を付けなくてはいけないのか、そうした問題点が起きてしまった場合にどう対処すればいいのか、解説します。

1. 裁判例紹介(労務者・選挙運動員について)

公職選挙法違反被告事件(東京地方裁判所判決平成15年8月28日)

区議会議員選挙に際し、選挙運動員へ選挙運動への報酬などとして、Aが金銭を供与する約束をし、実際に供与した公職選挙法違反の事案です。

「自転車で隊列を組んで、拡声器を積んだ自転車で街頭を走行し、通行人にあいさつをし、頭を下げるなどしたほか、選挙カーを運転した」B、および、「裁量的判断に基づき区議会レポートのポスティングをし、拡声器付き自転車を運転して、通行人に会釈するなどしながら走行し、スポット演説や街頭演説を手伝うなどした」Cについて、いずれも労務者ではなく、“選挙運動者”に当たり、支払われた金銭は選挙運動への報酬として支払われたものであるとして、『買収罪』の成立が認められました。

2. 用語の定義

選挙における『労務者』とは、もっぱら選挙運動以外の労務に従事する人です。裁量的行為や主体的行為を伴わずに単純かつ機械的な作業のみをする人です(公選法197条の2第1項)。一方、『事務員』は、選挙運動に付随する事務的用務の処理をする人です(同第2項)。事務所内の事務員であり、選挙の中心的役割を果たすことはできません。

選挙運動員』(公選法上は「選挙運動者」)は、選挙につき候補者のため投票を得る目的で必要かつ有利な行為をする者を指します。街頭宣伝活動や電話かけ、そして上記裁判例で認められたような自転車部隊の一員として隊列を組んで自転車を運転する行為はこれに当たるとされます。

「運動員買収」は、選挙運動員に対する買収行為であり、もっとも代表的かつ、もっとも悪質な選挙犯罪とされています(3年以下の懲役・禁錮または100万円以下の罰金)。買収行為、つまり「お金で票を買う」ことは、選挙人の自由な意思によるはずの選挙を歪曲しようとするものだからです。

そして、連座制の対象となります。「連座制」とは、買収罪として処罰された者が、選挙の総括主宰者、出納責任者や親族、秘書、組織的選挙運動管理者である場合に、当選無効や立候補の制限が課されるものであり(公選法251条の2、251条の3)、せっかくの当選が無効となるばかりか、数年間立候補ができなくなるという極めて重い処分です。報酬を受け取る側だけでなく支払う側も処罰されるため、軽く考えるととんでもない結論となりかねません。

3. よくある問題場面

(1)気のいいドライバーがビラを配ってくれる

選挙運動中、候補者が街頭演説をしている際に、選挙カーのドライバーがビラを配ろうとすることがあります。また、“ビラの配り手が足りない”ため、慣れていない現場責任者が“ドライバーに配ってもらおう”としたりします。しかし、これは重大な違反につながる可能性があります。

(2)選挙事務員や労務者に、手があいているときに電話かけをしてもらう

選挙の際、事務所内の事務作業をしてもらうため、選挙事務員や労務者がいる場合があります。

選挙事務所で有権者への投票依頼のための電話かけをしているとき、人手が少なく電話があいているとき、手のあいている選挙事務員や労務者に電話かけをしてもらいたい、という誘惑があろうかと思います。しかし、これも重大な違反につながる可能性があります。

(3)選挙直前から雇用した秘書を選挙運動に従事させる

選挙が始まる少し前から雇用し、報酬を支払っている秘書について、本人の希望もあり選挙運動に従事させたいと考えることがあろうかと思います。しかし、これも重大な違反につながる可能性があります。

これらは、いずれも、「報酬を支払っている相手が選挙運動に従事する」という問題点で共通しています。そのため、上記の裁判例のように典型的な運動員買収に該当すると判断される可能性があります。

4. 事前にすべき対応

(1)全体に対する説明

選挙に携わる方々すべてに対し、公職選挙法について説明することは極めて重要です。公職選挙法は、上記3のような事例について、運動員買収として、厳しく処罰することとしております。政党所属の候補者陣営であれば、事前に政党からレクチャーを受けることもあります。

(2)個別に丁寧に説明する

全体に説明しても、そもそも報酬を受け取らない方々についてはこの点については当てはまりません。そのため、選挙カーのドライバー、労務者や事務員について、報酬を支払う以上、選挙運動をしてはいけないことを丁寧に説明しておくべきです。

特に、気のいい方は、「内緒だよ」と言いながらビラ配りをこっそりしてしまったりしかねません。それが致命的になりうることを説明しておきましょう。当日の業務開始時に改めて伝達することも有効です。

(3)それでも守れそうにない人は外す勇気

残念ながら、いくら説明しても、(善意で)守ろうとしない人はいます。一般社会常識として、手があいている人が手伝うことがとがめられることはほとんどないからです。そして、候補者や選挙を中心的に携わる方々には、リスクを伝えること自体が、善意で手伝ってくれる方を怒らせてしまうのではないか、との危惧から躊躇することもあるでしょう。

しかし、運動員買収は、これまで述べた通り、当選が無効ともなりかねない極めて重大な選挙違反となりうることから、そのような方については、外れてもらう必要があります。時には外す勇気が必要です。

5. 事後にできる対応(ダメージコントロールとして)

(1)どんな状況か

では、上記のような事例が起きてしまった場合どうすればいいでしょうか。例えば、自治体の選挙管理委員会事務局や警察等から警告や注意が来た場合や、明らかにその場面を写真に撮られた場合等が考えられます。

(2)どうすればいいか

この場合の対応は、ケース・バイ・ケースで、と言わざるを得ません。総論としては、報酬を支払うこと(約束することによっても)既遂となるため(公選法221条1項1号)、それに対処する必要があります。

具体的な問題状況に基づいて対応する必要があるため、とにかく早急に弁護士に相談してください。放置すれば問題状況が悪化し、取り返しがつかないこととなる可能性があります。

(3)この期に及んでやってはいけないこと

ありうる対応の中で、もっともやってはいけないことは、「選挙が終わってしばらくしたら支払うから、とりあえず今は報酬は支払わないことにしてほしい。」といった、その場の口裏合わせ、ほとぼりが冷めてからの報酬支払いの約束です。

このような口裏合わせには、前述のとおり運動員買収が約束をした時点で既遂となることからも、刑事罰が科される可能性がありますし、そのような悪質な行為をする陣営は他にも何らかの違法行為をしていないか、強く怪しまれることにつながりかねません。

6. まとめ

重大な結果となる前に、まずは弁護士への相談をご検討ください。弁護士であれば、候補者はもちろん、陣営の皆さん、お手伝いの皆さん、ご家族の皆さん等々のためにもっともふさわしい道筋を示していきます。

  • こちらに掲載されている情報は、2023年10月24日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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