約4割が“非正規”私立高校教員が告発する「使い捨て」の実態とは?

弁護士JP編集部

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約4割が“非正規”私立高校教員が告発する「使い捨て」の実態とは?
雇い止めにあった教員が労働環境改善を訴えた会見(3月24日 霞が関/弁護士JP編集部)

「非正規雇用教員(以下、非正規教員)は、頑張れば正規雇用教員にしてあげるというニンジンをぶら下げられて苛烈に働かせられています」。そう語るのは、私学教員ユニオンの佐藤学氏だ。私立高校の教員の約4割が非正規雇用として勤務している現状に声をあげている。

子どもたちの未来を拓くための教育の現場で、今何が起きているのだろうか。

使い捨てられる非正規教員

私学教員の雇用形態は、およそ下記の3通りに区分される。

  • 専任教諭(正規雇用職員)
  • 常勤講師(契約職員)
  • 非常勤講師(パート)

このうち専任教諭のみが正規雇用であり、常勤講師と非常勤講師は“非正規雇用”である。その名の通り常勤講師はフルタイムであり、専任教諭とほぼ同じ労働を課されている。

学校によって仕事内容に差はあるが、常勤講師は担任として生徒を受け持つことも珍しくない。さらに、部活動の顧問や文化祭・オープンキャンパスなどイベントの手伝い、入試問題の作成なども専任教諭と共にこなしている。しかし、多くの非正規教員は、正規雇用と待遇を区別され、低賃金かつ1年ごとの契約という細切れ雇用で働いている。

前述の佐藤氏は「理不尽なことがあっても、雇い止めを恐れて声をあげることが難しい」と、非正規教員の立場の弱さを訴える。

佐藤氏のもとには、セクハラ・パワハラの被害のほか、“同一労働同一賃金”が守られていない、住宅手当などの福利厚生が受けられない、授業時間以外一切給与が発生しない、残業代が付与されないなどの待遇面に関する労働相談が多く寄せられている。なかには、無期雇用転換ルール(※1)を逃れるため、非正規教員の勤続を5年までとする悪質な学校もあるという。

※1 「無期雇用転換ルール」同一の使用者との間で、有期労働契約が5年を超えて更新された場合、有期契約労働者からの申し込みにより、無期労働契約に転換される。使用者は断ることができない。

佐藤氏はこれらの労働問題が、教育の質を低下させる原因にもなっていると訴える。

「不安定な立場では、目の前の生徒へ100%の力で向き合えず、『より良い教育をしたい』と思ってもできません。それらの理由から教員を辞める人も増えています。また、教員が頻繁に変わる学校では、生徒や保護者との信頼関係も崩れ、教員同士の連携もとれません。教育の質も必然的に劣化し、教育という社会基盤が揺るがされている現状があります」(佐藤氏)

昨年度末で勤務校から雇い止めを受けた非正規教員3名が、都内で開かれた会見で学校から受けた理不尽な対応を告発した。

奥からAさん、Bさん、Cさん(3月24日 霞が関/弁護士JP編集部)

一方的な雇い止めの理由は「声を上げたから」?――Aさんの場合

Aさんは、近年生徒数を大きく伸ばす通信制の高校に2年間契約社員(常勤講師)として勤めていた。

以前に勤めていた学校でも雇い止めにあったことから、非正規教員の地位向上を訴えるため労働組合に加入したが、学校との交渉を始めた頃からあからさまに学校からの態度が変わったという。「こちらの話へ誠実に応じず、一方的に厳重注意書を押し付けてきたり、学校のホームページに個人が特定できる形で批判を書いてきました」(Aさん)。

学校が生徒を対象に行った授業満足度調査では、約50人の教師のうち1位を取ったことも。評価面談でも常に数値が高いと伝えられていたという。しかし、年度末のタイミングで雇い止めを通告された。「労働組合で声を上げているのが煩わしく雇い止めをしたとしか思えない。少しでも不満を口にすれば首を切られるというのは非民主的」と憤りつつ、「特定の学校を攻撃したい訳ではない。自分が声を上げることで多くの学校、そして社会に問題提起を行いたい」と語った。

働き方改革モデル校なのにタイムカードがない――Bさんの場合

Bさんは、千葉県の中高一貫校で非常勤講師として勤続5年目だった。無期雇用転換ルールが適用される直前の年度末に一方的に雇い止めされたという。

同校では非常勤講師にだけタイムカードがなかったことから、Bさんは労働時間を記録するため、出退勤時に用務員室の時計を写真に撮って残していた。それを活用し残業代を計算、未払い分を請求すると学校側は授業準備の時間は「自己研鑽の時間」と主張した。Bさんの勤務校は「働き方改革モデル校」を掲げていた。

Bさんは同校が教育方針としている主権者教育に触れ、「声を上げると雇い止めされるというのは、『自ら考え行動する』という主権者教育の肝になる部分を否定している。学校はSDGs教育も推進していたが、私のような働き方が持続可能とは到底思えない」と学校の矛盾を指摘した。

公立に準じ残業なし、私立だからと県の注意を無視してコロナ禍に部活動も――Cさんの場合

Cさんは、埼玉県にある中高一貫校で常勤講師として3年間勤務していた。過労死基準である月80時間を超える残業が重なり、うつ状態になり休職を余儀なくされ雇い止めにあった。Cさんによれば、月80時間の残業というのはあくまでもタイムカード上の記録であり、休憩時間返上や持ち帰りの仕事も合わせれば残業が140時間を超えた月もあったという。

同校は私立校であるにも関わらず、公立校と同様に教員に残業代が支払われなかった(※2)。Cさんは「これでは定額働かせ放題だ」と悔しさをにじませた。

※2 公立校教員を残業代の支払いの対象外とする「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)は、公立校教員のみを対象としている。私立校の教員には一般的な労働者と同様の労働基準法が適用される。

非正規雇用だけではない! 山積する「教職」労働問題

ブラック企業顔負けともいわれる教員たちの労働環境(写真:Ushico / PIXTA)

非正規教員の現状を調査・研究している崇城大学助教の原北祥悟氏(教育行政学)も、非正規教員によって学校教育が支えられている現状に強い危機感を抱いている。

「教育は安定性・継続性を前提においた制度設計を目指さなければならず、そのための人的・物的な条件整備が求められます。非正規雇用という、いわば『使い捨て』のような短期的視点に立った人事戦略は教育の理念から棄却されるべきだと思います」(原北氏)。

その上で、これらの問題は、非正規教員が正規雇用になれば事態が収まるわけではないとも指摘する。

正規雇用の教員であっても過酷な労働は変わることがないからだ。休日に行われる部活動の引率など業務時間外であっても発生する業務や、教育以外の業務、さらに前述の「給特法」による公務員の残業代免除など教職にまつわる労働問題は山積している。

教職の崩壊は間近に

「安い賃金で雇用し続ければ教師のやる気は高まりませんので、転職を目指す層やそもそも教職を志さない層が増えると思われます」と昨今問題視されている教員不足にも言及。「教員不足が進めば、雇用者は教員定数を埋めるために『誰であっても』教壇に立てるような仕組みを作る可能性があります」と指摘する。

4月22日、文部科学省は「教員不足」により“特別免許制度(※3)の積極活用”を全国の教育委員会に緊急通知した。

この特別免許制度について原北氏は「免許を持たない無資格者の採用が主流の制度として確立されれば、まさに専門職としての教職の崩壊と言えます」と警鐘を鳴らす。

※3 「特別免許制度」優れた知識・経験を有する教員免許状を持っていない社会人等を教員として迎え入れる制度。教育委員会の検定により教諭の免許状が授与される。

別々に考えられていた「労働問題」と「教育問題」

教員が安心して教育活動に取り組むためには、労働条件の維持向上が不可欠だ。それができなければ、教育そのものの質の低下は免れないだろう。

「非正規教員問題を突き詰めていけばいくほど、労働問題と教育問題に関する議論や制度や環境が互いに独立しながら積み重ねられてきたと感じます。だからこそ、今改めて『教職』や『教育』のあり方を問い直すことが必要ではないかと思っています」(原北氏)。

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