世田谷区が区史編さんで「著作者人格権」の “不行使”を要求のなぜ…承諾を拒んだ研究者の言い分と区の思惑

弁護士JP編集部

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世田谷区が区史編さんで「著作者人格権」の “不行使”を要求のなぜ…承諾を拒んだ研究者の言い分と区の思惑
世田谷区に対し、区史編さんにおける契約書の内容見直し等を要望した区民の会(2月27日/弁護士JP編集部)

東京都世田谷区の区史づくりが、著作者人格権を巡って揺れている。区が40人の編さん委員に就任条件として、著作者人格権の不行使を含む、著作権譲渡契約の締結を求めたことが発端だ。この件を問題視し、立ち上げられた「世田谷区史のあり方について考える区民の会」は27日、契約書の内容見直しを求め、区長宛で要望書を提出した。

契約書見直し求め、保坂区長宛で要望書提出

この日午前、同区保坂展人区長宛で要望書を提出した区民の会メンバーのひとりでジャーナリストの稲葉康生氏は、「著作者人格権をないがしろにすることは、著作者の命を奪うほど重い問題。自治体史の編さんにおいてこうした前例はなく、同様の事態を回避するためにも世田谷区には『熟議』願いたい」と、その目的を明かした。

所有者人格権の不行使を承諾することが条件だったという

「提示された条件をのめば、区側に書き換えられてもそれを妨げることができない。学術的に正当性が担保されないものが区民のお金でつくられてしまう。これは当然反対せざるを得ません」

こう力を込めたのは、著作者人格権の不行使を含む承諾書への署名を拒み、2023年3月末に区史編さん委員の委嘱を打ち切られた青山学院大学文学部史学科の谷口雄太准教授だ。

認めれば学者生命を脅かされる

谷口氏はさらに、「著作者人格権の不行使を認めれば、でたらめな自治体史が私の名前で出てしまい、私自身の名前にも傷がつく。最終的な責任も取れない。結果的に学者生命まで脅かされることになるんです」と語気を強めた。

契約書への同意を拒み編さんから外された谷口氏(2月27日/弁護士JP編集部)

今回、区民の会、谷口氏が問題視する著作者人格権は、ドラマ「セクシーな田中さん」の原作者で漫画家の芦原妃名子氏が自死したことでクローズアップされたが、著作者にとって、命同等に重要なもの。「著作権」はそれなりに知られているとしても、その中に3種類ある権利の一つ「著作者人格権」を正確に把握している人はまだそれほど多くないかもしれない。

著作者人格権とは

著作者人格権は、著作者に一身専属する譲渡不可の権利で、以下の3つの内容によって構成されている。
①公表権(著作権法第18条) 未公表の著作物を社会に発表する権利
②氏名表示権(同法第19条) 著作物の原版を公表する際、実名・ペンネームまたは匿名のいずれを表示するかを決められる権利
③同一性保持権(同法第20条) 著作物およびそのタイトルについて、意に反する改変を受けない権利

上記の通り、「譲渡不可の権利」であり、その「不行使」となれば、手足口をもがれたも同然で、意に反する改変をされても、なにも言えないほど、強い効力がある。だからこそ、谷口氏も「仮に話し合いで歩み寄るとしても著作者人格権不行使の項目を外すことは絶対です」と一切譲るつもりはない。

強権を発動する区の思惑

それにしてもなぜ、世田谷区はここまでの強権を発動するのか。実は、区は過去に著作権をめぐり、勝手な改ざんや無断転載などで編さん側とトラブルを起こしている。その際、区が謝罪する事態にもなっており、「もはや同じ過ちを犯したくないという思いが、あらぬ方向に働いたんでしょう」(谷口氏)。

編さん委員と対話を重ねているという区だが

それでも区によれば、問題とされる契約書の作成にあたって、編さん委員のメンバーと何度もやり取りを重ね、勝手に改変をしないことも繰り返し説明したという。そうしたこともあったからだろう。編さん委員40人のうち、谷口氏を除く39人が契約を締結している。

過去のトラブルを踏まえ、慎重に区史の編さんを進めているという世田谷区(Photo_N / PIXTA)

さらに区は、過去の反省を踏まえ、自分たちは素人であり、専門家の意見を尊重するべく、そうしたことを円滑に進められるいくつかの案も考えているといい、よりよい区史づくりにいまも試行錯誤しながら取り組んでいるという。

本来は内部のやり取りのみで使う書類が外部に流出したことで、あらぬ誤解が必要以上に増幅し、区側は困惑しているが、「著作者人格権の不行使を悪しき前例にするつもりは決してありません」という関係者の声も聞こえてくる。

過去には流山市で無断書き換えトラブルも

過去には、千葉県流山市が市史の原稿を執筆者の了解を得ず、無断で書き換えた事例がある。この時は、執筆者が著作者人格権を保持しており、市側が謝罪し、和解に至っている。今回は、その不行使を承諾したメンバーで区史の編さんが進められている。

すでに谷口氏の代替人員もあてがい、予定通り編さんを進めているという区。8月の締め切り予定日までに残された時間はわずかだが、この問題を黙殺したままでは予断は許さないだろう。

回答期限は3月4日だが果たして…

どこかのタイミングで完全にボタンの掛け違いがあったと思われる両者の関係。歩み寄りできるとすれば、その第一歩は、区民の会が要望する保坂区長との対話(3月7日~15日の期間で可能な日)となりそうだが、区側がどんな回答をするのだろうか。

「”下北沢駅周辺の再開発”では対話による『熟議』により、決定事項の訂正や修正を経て大きな前進があったことが、世界的に高く評価されています。日程等の連絡は3月4日までにお願いします」と前出の稲葉氏は、保坂区長ににじり寄った。残り1週間、区は動くのか。

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