ディズニー社が「消さないと訴える」学校プール底に描かれた“ミッキー”削除要求…日本の小学生にトラウマを与えた「都市伝説」の真実
なんらかの作品を創った人は、その「著作権」を有する。自分の考えや想いを作品として表現したのだから、強い思い入れもあろう。だが、「思い入れ」と「思い込み」はまるで違う。
「著作権侵害だ!」と筋違いないちゃもんをつけ、裁判沙汰にするような思い込みクリエーターも残念ながら多数存在する。そうした”エセ著作権”を振りかざし、トラブルに発展した事件を取り上げた一冊が「エセ著作権者事件簿」(友利昴著)だ。
本連載では、ニュース等で話題になった事件も含め、「著作権」にまつわる、とんでもないクレームや言いがかり、誤解、境界線上の事例を紹介。逆説的に、著作権の正しい理解につなげてもらう。
第4回では、夢の国をつかさどり、ファンタジーで人々を魅了してやまないディズニー社が、小学生がプールの底に描いたミッキーマウスを「違法だ」とその消去を要求した事件を取り上げる。
夢を提供する世界的エンタメ企業の無慈悲すぎる対応は、まるで都市伝説のように、いまなお語り継がれている…。
その実情はどうだったのか、詳しく知るほどに、D社の当時の対応の乱暴さが見えてくる。(全8回)
※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。
ディズニー都市伝説は本当か?
ディズニーは著作権に厳しい。これは多くの日本人にとって共通認識ではないだろうか。他者の著作権に対してあまり頓着しない、同人誌やファンアート、ハンドメイドグッズなどのコミュニティーにおいても、「ディズニーモノだけはNG」と思われていることが多い。そんなに厳しいのか?と尋ねると、「だって、小学校で子どもが描いたミッキーマウスの絵にまでクレームをつけたらしいよ」という逸話が語られることがある。
にわかに信じがたい話だが、実はこの”都市伝説”、実際に日本で起きた出来事である。
塗りつぶし強要はあった!
事件が起きたのは1987年のこと。舞台は滋賀県の晴嵐小学校という市立小学校だ。当時、全国紙などで新聞報道もされている(図)。それらによれば、ことのあらましはこうだ。
1987年の3月、晴嵐小の六年生の児童106人が、卒業制作として、低学年用のプールの底にミッキーマウスとミニーマウスの絵を大きく描き、同年の「卒業生を送る会」で披露した。それを知った日本ウォルト・ディズニー・プロダクション(現・ウォルト・ディズニー・ジャパン)の社員が、5月になって「突然現れ、『ミッキーマウスの絵を消してほしい』と要求。『消さなければ著作権法違反で訴える』と迫った」というのだ。
これに対して校長が、「『子供たちが一生懸命にかいた絵。営利目的ではないのだから』と絵を残してもらえるように頼んだが聞き入れられず、とうとう6月中旬、泣く泣く塗りつぶして消した」ということである*1。
*1 『サンケイ新聞』1987年7月10日付実は合法だった!?
法的評価以前の問題として、大企業が、小学校で小学生が善意でやったことに「訴えるぞ」と迫ったことが、消費者コミュニケーションの在り方として信じられない。
しかもこのプールの絵は、実際には著作権侵害とは言い難い。実は著作権法上、学校等の教育機関において、教師や生徒は「授業の過程における利用に供することを目的とする場合」であれば、必要限度で他人の著作物を複製することができると定められている(第35条)。つまり、権利者に無断で描いても合法ということだ。
わが国の著作権法は、教育課程における充実した教育を重要視し、その中で著作権者の利益が多少の制限を受けることは是としているのである。
典型例としては、国語の教科書に載っている詩や小説を黒板やノートに書き写したり、社会科の授業で新聞記事を発表資料に利用したりするケースが挙げられるが、卒業制作でプールの底にミッキーマウスの絵を描くことも、これに含まれる。
なぜならば、この条文における「授業」には、いわゆる典型的な座学の「授業」だけでなく、運動会や文化祭、入学式、卒業式、修学旅行といった学校行事も含まれると解釈されているからだ。こうした行事は、生徒たちが人間関係をよりよく形成するための教育課程のひとつだからである。
学校行事でキャラクターのイラストを描くことについて、文化庁は、Q&Aの体裁で、以下の見解を述べている。
【回答】人気キャラクターを看板に描く行為は複製行為と考えられ、文化祭の準備目的は「授業の過程における利用に供することを目的とする場合」に含まれるので、権利者の許諾は不要*2。
不要なのだ、権利者の許諾は。
実際、ある大手出版社の法務部に勤める知人に話を聞くと、運動会や文化祭の季節になると、ときどき学校の先生などから、看板や旗にキャラクターの絵を描いてよいか、問い合わせがあるという。その出版社では、上記の見解に基づき、その場で問題ないことを伝えているそうだ。
ただし、「あくまで授業の過程における使用に供する(役立てる)」目的が一貫して認められなければならない。著作権制度の普及・教育・研究活動をする公益団体・著作権情報センターは、「運動会等の教育活動を終えても常設的に展示するような場合であれば、無断で利用できる条件を満たさない可能性があります」*3と、注意点を述べる。
*3 著作権情報センター 大和淳「学校教育と著作権」むむむ。晴嵐小の卒業制作でプールの底に描いたミッキーマウスの絵は、しっかりとペンキで塗られたものだ。卒業式が終わってもずっとプールの底に残り続ける。ならばやはり、著作権侵害になるのだろうか。
ディズニー社も、5月になってからクレームをつけてきたところを見ると、「卒業式が終わっても絵が残ったまま」であることを問題視して、アクションを起こしたのかもしれない。ああ、やはり著作権マフィア・ディズニーの言い分は正しいのだろうか……。
やっぱり合法だ!
否である。もし、このミッキーマウスの絵が、本当にただのプール施設の装飾だったとしたら、著作権侵害の可能性を否定はできないだろう。しかし、この絵は単なる装飾目的で描かれたものではなかった。
ジャーナリストの安藤健二は、著書『封印されたミッキーマウス』で、卒業制作を指導した当時の担任教師に取材を敢行している。そこでこの教師は、ミッキーマウスの絵を描いた背景をこう証言したのだ。
「卒業制作に何ができるかを考えたときに、学校に残る下級生の役に立つものにしようということになりました。〔…〕ただ、卒業制作でプールにペンキを塗るだけではあまりに寂しい。そこでミッキーとミニーの絵を描くことにしたんです。低学年用のプールは、子供たちを水に慣れさせるのが主目的なんです。底にキャラクターの絵が描いてあれば、授業で『ミッキーの鼻に触っておいで』と言えば、いい目印になるんです」*4
*4 安藤健二『封印されたミッキーマウス 美少女ゲームから核兵器まで 抹殺された12のエピソード』(洋泉社)2008年 p. 136これが何を意味するかお分かりだろう。あのミッキーマウスの絵は、描くこと自体が卒業制作という「授業の過程における利用に供されることを目的」としていたことはもちろん、その絵を在校生のために残したこともまた、低学年の体育の「授業の過程における利用に供されることを目的」としていたのである。
無許可の複製が合法になる条件を十分に満たしていると、その正当性を客観的に説明できるではないか。それを、さも当然に違法であるかのように丸め込み、いたいけな小学生の心に傷を負わせたのは、夢と魔法のディズニー王国だったのである。まったく、夢も希望もない話だ。こうなったらもう、米国中の小学校を監視して、ポケモンやハローキティのイラストを全部塗り潰してやらないと気が済まないぞ。
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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