「能力が欠けている」理由に社員を突然解雇も…訴えられた会社が1189万円の支払いを命じられた理由とは

林 孝匡

林 孝匡

「能力が欠けている」理由に社員を突然解雇も…訴えられた会社が1189万円の支払いを命じられた理由とは
会社は裁判で、男性の能力が欠如していたと主張したが…(takeuchi masato / PIXTA)

こんにちは。弁護士の林 孝匡です。いきなり解雇された事件を解説します。

ーー いきなりとは?

Xさん
「今日で終わりだと言われました」

ーー 寝耳に水ですね。理由は?

Xさん
「プログラミングの基礎の習得が不十分という理由です」

ーー 裁判所さん、ご判断を。

裁判所
「解雇は無効! プログラマーとしての能力が欠けていることを示す証拠は見当たらない。過去の給料1189万円を払え」(ネットスパイス事件:大阪地裁 R5.8.24)

会社はコロナで業績が悪化しており、人件費削減の必要があったため「仕事ができない」との理由でXさんを解雇しましたが、Xさんが勝訴。

以下、わかりやすく解説します。

※ 争いを簡略化した上で、本質を損なわないよう判決文を会話に変換しています。

登場人物

▼ 会社
・インターネット全般に関するコンサルティングなどを行う会社
・従業員6名

▼ Xさん(男性・昭和53年生まれ)
・プログラマー

事件の概要

▼ 入社
平成30年4月1日、Xさんが入社します。技術調査やコーディングを担当しました。3か月の試用期間が設けられていたのですが、無事に過ぎました。

試用期間中、Xさんの能力が問題視されることはありませんでした。試用期間終了後も、引き続き技術調査やコーディングを担当しました。

▼ 昇給
平成31年4月1日、給料が1万円上がって41万円/月になりました。

▼ 新型コロナがまん延
緊急事態宣言を受けて 、令和2年4月、会社は全従業員に対して在宅勤務を指示しました。

▼ 面談
在宅勤務がスタートして6か月後の令和2年10月、社長はXさんと面談します。

ーー 社長はXさんに何と言ったんですか?

社長
「プログラミングの基礎が未修得の状態が続けば雇用継続が難しくなります、と伝えました」

Xさん
「そんなこと言われてません...」

ーー 裁判所さん、いかがですか?

裁判所
「そんな話はなかったと認定します。Xさんは『言われてない』って言ってるし、社長の言い分を裏付ける的確な証拠がないからです」

■ 解説
立証責任というものです。言い出しっぺが立証しなければならないのです。

▼ 再び面談
2か月後、再び面談が行われました。社長がXさんに設計の経験について確認したところ、Xさんは「オブジェクト指向設計によるモジュール化をしたことはありません」と答えました。

社長は「●●の仕事を1〜2週間のうちに完了しなければ雇用継続は難しい」と告げました。じわじわと解雇通告のかほりがしてきます。

▼ 突如、解雇!
年が明けた令和3年1月14日、寝耳に水! Xさんは突如、解雇を言い渡されます。渡された書面には以下のような記載がありました。

「労働契約終了通知書」
当社では●●製品の開発を進めていますが、開発の進捗が停滞しているため、開発体制を再検討することとなりました。その結果、2021年1月14日(木)をもってX様との労働契約を終了することに決定しましたのでお知らせします。

納得できないXさんは会社に解雇理由証明書の交付を求めました。

▼ 解雇理由証明書
冒頭には「新製品開発の停滞により会社業績が悪化し人員削減が必要となったため」と記載。そして概要には、以下のような記載がありました。

・令和2年9月に赤字決算となった
・令和3年9月の決算ではさらに大幅な赤字になることが確実
・経費の大半が人件費
・あなたが人員削減の対象となったのはプログラミングの基礎の習得が不十分だから

Xさんは納得できず提訴。

ジャッジ

弁護士JP編集部

裁判所
「解雇は無効! 過去の給料1189万円を払え」

会社は「Xさんにはプログラマーとしての能力が欠けている」として多くのエピソードを挙げましたが、ことごとく撃沈しています。

裁判所は「プログラマーとしての能力が欠けていることを端的に示す的確な証拠は見当たらない」「Xさんに対して業務上の注意および指導がされていたともいえない」として、解雇は無効と判断しました。以下の条文に基づく判断です。

■ 労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

能力不足で解雇できるの?

一般的に、能力不足を理由とした解雇がOKになるケースって、本当に少ないです。目も当てられないようなポンコツ社員であれば解雇OKになることがあるんですが「コイツ仕事できないな〜」程度で解雇がOKになることはありません。2つ事例を紹介します。

▼ 解雇ダメ〜
コロナ中でも営業をがんばってたのに「キミ、営業成績悪いから」と解雇された事件があります。裁判所は「解雇ダメ」と判断(デンタルシステムズ事件:大阪地裁 R4.1.28)。

裁判所はザックリ「コロナで対面営業できなかったのにガンバって3件受注したじゃん」「これから伸びるかもじゃん」「上司も応援してたじゃん」を理由に挙げて解雇はダメと判断しました。

▼ 解雇OK!
非常識すぎる人は解雇OKになる可能性があります。裁判所も「非常識な態度だ」とおかんむりでした。詳しくはコチラ。
「私は変えませんよ」入社1年で解雇された“自己チュー社員”が会社を提訴も「撃沈」した“もっともな”理由

以下のような非常識な態度をとっていた社員のケースです。

・課長に向かって「課長の資格はない」と言う
・「社長が人さまの前で頭を下げる日は近い! と思うのは私だけなのでしょうか?」と上司に問いかける
・「私は変えませんよ」「みんな生活がだらしない。そこから変えた方がいいんじゃないですか?」と職場ミーティングでブッ込む

相談するところ

「チミ仕事できないから解雇ね」と通告された方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。Xさんのように勝てる可能性があります。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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