Airbnb、Luup…弁護士なしでは実現しなかった“新しいビジネス”の舞台裏

弁護士JP編集部

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Airbnb、Luup…弁護士なしでは実現しなかった“新しいビジネス”の舞台裏
Luup社の電動キックボードは法規制への対応で実現した(写真:yu_photo / PIXTA)

新しいビジネスやプロジェクトを始めようとするとき、法規制が障壁となることは珍しくない。Luup社の電動キックボードや、コロナ禍で解禁されたオンライン診療では、既存の法規制が障害となったが、それを突破することで、ビジネスとしてスタートを切った。

では、これらは一体どのように突破されたのだろうか。また、弁護士はその時にどのような役割を果たしていたのだろうか。江﨑裕久弁護士が、その舞台裏を語る。

はじめに

私がこういった活動に携わるようになったきっかけをまずお話しします。会社員や公務員として勤務する(または過去にしていた)弁護士の集まりで、組織内弁護士協会(JILA)という団体があるのですが、そこにパブリックアフェアーズ研究会という一風変わった研究会があります(簡単に言えば、弁護士がどのように法規制にかかわっていくかということの勉強会です)。

4〜5年ほど前に、その研究会内の発表で、Airbnbの社内弁護士が実に興味深い話をしてくれました。その中身は、「Airbnbが日本に上陸するとき、旅館業法に違反していないのかという議論があった。同社としては日本に根を下ろして永続的に活動したいと思っていたものの、旅館業法に違反するかどうか不明な状態では難しく、法改正が必要だった。そのため、同社は様々な活動をして旅館業法の改正に漕ぎつけた」というものでした。

この話を聞いて、私もそういう活動(パブリックアフェアーズとも呼ばれます)に興味を持ち、積極的に案件を受けるようになりました。

なぜこの活動が必要なのか、なぜ弁護士が担い手なのか

上記は、前述のAirbnbの話を聞いた時に思ったことでもありますが、

①現在ではAIやITの発展によりビジネスと法律との齟齬が大きくなっていること
②社会の発展のためには既得権益によって新しいビジネスが阻害されている場合、その調整が必要であること
③そしてこのような業務こそ企業法務の弁護士が大きな役割を果たすべきということ

かと考えています。

ご存じの通り、Airbnbのサービスはインターネット時代の新しいサービスです。他方、旅館業法は昭和23年(1948)に制定された古い法律であり、その当時はこのようなサービスが発生することは、まったく想定されていませんでした。日本にはこういった古い法令がたくさんあり、これらが新しいビジネスをブロックしています。

また、多かれ少なかれ既存の法令というものは既得権益の保護につながっている部分があるのですが(旅館業法についてもそのような部分があったと聞きました)、これを変えていかないとニュービジネスが育たず、日本経済はいつまでたっても上向きません。社会の発展のためには新旧のビジネスの利害調整が必要であり、これがまさにルールメイキングを通じた過程でなされていくものであると思います。

それを担うべき人材が企業法務弁護士であろうと考えた理由は一言では言い表せません。ただ、いくつか挙げると、弁護士は法律の専門家であることはもちろんですし、他方でビジネスに対しての理解も必須です。また、上記のJILAでも私を含め公務員である、または公務員であった経験を持つ弁護士は増えており、弁護士にとって国や地方公共団体との交渉に壁を感じなくなってきたことも挙げられるかと思います。

そして、実際に、その後もIoTによる遠隔診療(オンライン診療)、Luup社による電動キックボードの事例等、法令によって今までタブー視されていたビジネスが立ち上がり、これらの事例でも企業法務の弁護士はルールメイキングにおいて重要な役割を果たしています。

「公」を動かす

このような活動は、実は新しいようで古い部分もあります。

国会議員に対する陳情等では、こういった活動が古くから行われていました。しかし、現代で脚光を浴びるようになったのは、上記の社会的情勢の他に、国側もこのままではまずいと考え、変わる姿勢を示していることにもよると思います。代表的なものでは、規制改革会議、グレーゾーン解消制度(※1)、サンドボックス制度(※2)の設置等が挙げられます。

※1 新規事業について法令に抵触しないか、民間事業者が政府に照会できる制度である。直接に規制官庁ではなく、事業を所管する官庁に照会をかける制度
※2 法規制の枠内や特例を設けて実証実験を行う。データが官庁と共有されるため、法規制改正の基礎となるデータとなる

すでに、「国が“お上”であり、民間は一方的にその言うことを聞く」という考え方は古いと言えます。トップダウンではなく、ボトムアップ的にも「公」は動かせるという方向に我々自身もパラダイムシフトが必要だと感じています。

ルールメイキング

こういった事情の下で、ルールメイキングの活動実績が一定程度溜まってきましたし、その中でも弁護士は様々な役割を果たしています。電動キックボードの事例が一番クリアかと思いますので、これを例に説明します。

そもそもの背景として、電動キックボードは気軽に残り数キロを移動する手段として提案されたものです。が、電動キックボードも道交法上の区分けをそのまま適用すると自動車になってしまうので、免許やヘルメット着用義務等を課されてしまいます。

しかしそれでは、気軽な乗り物として役に立ちません。そこで、Luup社は、サンドボックス制度等を利用してデータが政府側にも見える形で実証実験を行い、その結果として今度、道交法の改正まで議論が至ったところです。まさに「公」を動かした一例かと思います。

余談ですが、道交法は人の安全にかかわる分野なので、規制緩和にはかなり慎重になりそうです。しかし、この案件は異例とも思えるスピードで進んで行きましたので、私自身も素直に驚いています。その要因として、Luup社が多くの人間を巻き込むことに成功したことが挙げられています。

規制対応

なお、ルールメイキングという文脈からは少し外れるようにも思えるのですが、弁護士がもう一つ公に対して活動できる分野があります。それは個別の規制対応です。これには、いろいろな類型があります。

例えば、行政から会社が重すぎる処罰を受けるときに、それをできるだけ軽いものにできないかというトライはビジネスサイドからは当然の要請ですし、実際にその処罰や措置が本当に公平なものか、社会にとって最適なものなのかということは、多くの場合には議論する余地があります。

また、新しいビジネスを始めるときに、どのような規制にひっかかるのかということをある程度知っておかなければ、ビジネスが後からひっくり返されてしまうおそれがあり、怖くて進められません。行政と話し合い、規制を遵守する形態にビジネスサイドを調整して変えたり、あらかじめ行政側の判断をピン止めしておいたりすることは、往々にしてあります。

一つ例を挙げると、厚労省はなかなか「固い」役所なので、始めようとしている新しいビジネスが、医師のみができるとされる「診断」「治療」行為に当たらないか(医師法に該当しないか)等を厚労省に直接問い合わせても、通常はなかなか回答をもらえません。そういった場合等は(2か月程度時間はかかるというネックはありますが)グレーゾーン解消制度等を利用することによって、一事業者から厚労省に直接問い合わせるより、事業の所轄官庁(経産省が一番多いと思います)から問い合わせていただくことにより、確定的な判断がもらえることもあります。

少し面白いところでは、競争相手が規制を守っていないときに規制官庁を動かして守らせるようにするといった事例もあります。これも「公」を動かすことの一つと私は捉えています。

手法

ここまで、「公を動かす」ということの意義や、何ができるのかについてお話しさせていただきました。どうその目的を達成するかは、取り巻く状況や達成しようとする目的により千差万別と言えます。が、エッセンスはあり、私は、行政庁等や立法府に対しては「事実」や資料を正しく提示して説明し、またいつどこでこれらを説明するかのタイミングを測るか、そのアンテナを巡らすことと思います。

ちなみに、後述する本の中でも書きましたが、すべてこれらの活動は後ろ指をさされるようなプロセスではありませんし、そうであってはいけません。虚偽を述べたり、特定の公務員に便宜を図ってもらうことをお願いするような話とは違い、説明し、資料を提示し、双方向で意見を交わし合う、というプロセスです。

結語

この記事では一つ一つの事例を細かく説明することはできません。もしこの記事をお読みいただいた皆様に興味を持っていただけるのであれば、私も編者の一人として参加した、日本組織内弁護士協会(JILA)監修の書籍『企業法務のための規制対応&ルールメイキング』をお読みいただきたいと思います。

この本の出版プロジェクトは、上で述べたような私の青臭い思いがきっかけでスタートしたのですが、多くの弁護士に経験を寄せ合って記事をお書きいただき、広い範囲をカバーしたものとなりました。

また、規制改革会議事務局を経験した木村健太郎弁護士を筆頭に、各編者によってブラッシュアップされ、凝縮された本になっています。事例集の形をとっており、細かい法律の話よりも経験ベースで(そのままでは差支えがある部分は事例を変えさせていただいておりますが)書くように各弁護士へ依頼し、また細かな法令の議論等を排して読みやすくしたつもりです。

企業法務の関係者や新しいビジネスを考えている方にもご一読いただきたいと思っています。

■書誌情報
『企業法務のための規制対応&ルールメイキング』
監修:日本組織内弁護士協会(JILA)
編著:里雅仁・木村健太郎・江﨑裕久・江黒早耶香・矢田悠
出版社:ぎょうせい
ISBNコード:978-4-324-11098-0
販売価格:3,850円(税込)
https://shop.gyosei.jp/products/detail/11071

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