「痴漢」行為は「依存症」性被害ゼロを目指す〝性加害者〟治療プログラムとは?

弁護士JP編集部

弁護士JP編集部

2022年03月09日 12:10

「痴漢」行為は「依存症」性被害ゼロを目指す〝性加害者〟治療プログラムとは? 写真はイメージです(keyphoto/PIXTA)

「明日はJKを痴漢しまくっても通報されない日です」

今年1月に実施された大学入学共通テストを前に、ネット掲示板などを中心に「痴漢祭り」など書き込みが相次いだ。これは試験に遅刻できない受験生(主に女子高校生=JK)の事情を理解した上で、痴漢行為をしても警察に通報しないであろう心理に漬け込んだ、近年恒例のように書き込まれる犯罪予告だ。

日常的に被害を耳にし、軽犯罪との認識を持つ向きも多いことが、書き込みや実害に繋がっているであろう。その一方、被害者が負った精神的なダメージは想像以上に大きい。

卑劣な「痴漢(迷惑防止条例違反、強制わいせつ含む痴漢事犯)」行為はなぜなくならないのか。

痴漢常習者が陥る「認知の歪み」

警察白書の犯罪統計(警察庁)によれば、令和2年に検挙された迷惑防止条例違反のうち、痴漢行為(電車内以外を含む)の件数は1915件(前年2789件)、電車内における強制わいせつの認知件数は143件(前年228件)となっている。

それぞれ前年比60%以上減だが、これは2020年から発生したコロナウィルス感染拡大でテレワークやオンライン授業化が進み、電車の乗降客自体の母数が減少した影響によるもの。依然として高い数値であることには変わりない。

痴漢が行われる場所別の発生割合でいえば、電車内が25.4%、駅構内26.3%、時間帯別の発生割合も午前6~9時の間が圧倒的に高い(令和2年警視庁統計)。痴漢行為の半数以上が通勤・通学の交通手段・時間帯で発生する極めて特徴的な犯罪といえる。

「極々普通の見た目で、身なりもきちっとした人物が多い印象です」。

痴漢加害者のイメージを語るのは、多くの性犯罪”加害者”の治療支援を行ってきた、性障害専門医療センター(NPO SOMEC)代表理事で医学博士の福井裕輝氏だ。

痴漢は一度逮捕されれば、たとええん罪だとしても人生の軌道修正が困難となるほどダメージの大きい犯罪だ。近年、それらの情報が目に触れる機会も増えているにも関わらず、なぜ「普通の人」がその衝動を抑制できなくなるのか。

「はじまりはほんの偶然からというケースがほとんどです。通勤中の満員電車で、たまたま女性の胸や尻に手が触れてしまった。たとえば相手からの反応・抵抗がない場合など『喜んでいるのかもしれない』と都合の良い方向に解釈する。多くの人が声をあげる勇気もない、我慢しているというのが現状であるにも関わらずです。我々はこれを『認知の歪み』と呼んでいます」(福井氏)

ふとしたきっかけから「認知の歪み」が発生、365日そのこと(痴漢行為)ばかり考える常習者となる。駅構内、電車内で常に対象を物色。満員電車に乗る際も加害者にとってベストなポジションをいち早く確保するなどの行動が常となる。それらを継続し、逮捕されることなく5年、10年が経てば、完全な『依存状態』。自分で止めるというのはもはや不可能だ。

性障害専門医療センター(NPO SOMEC)代表理事・福井裕輝氏

ホルモン療法剤を用いて性欲を抑える

福井氏のセンターには、事件前に自ら、あるいは家族に連れられ訪れる性加害者が多いという。事件化する前のトラブルの段階で何らかの処置が検討されるケースだ。次いで逮捕後、弁護士などの紹介での来院。しかし、「痴漢」の場合は事件化してからがほとんど。

治療の中心は認知行動療法(CBT)だ。再犯をしないように自分の意志でコントロールできるように、対処法や解決法をセラピストとともに探っていくというもの。

併せて行う薬物療法は、ホルモン療法剤を用いて男性ホルモンを抑制、性欲を抑える仕組みだ。

ホルモン療法剤は本来は乳がんや前立腺の治療に使われるもので、保険適用外の使用となり月3000~4000円位の自己負担。薬をきっちり飲んでおけば、再犯が起きる可能性は限りなく低くなるというが、「完治」までの道のりは遠い。

「痴漢でいえば治療のゴールは再犯の行動を「止める」こと。ただし、欲求が完全になくなることはありません。良からぬファンタジーが頭によぎるが、行動には移さないというギリギリの状態が続きます。薬物犯罪における依存と同じように付き合っていくしかありません」(福井氏)

アルコール依存の人が10年止めていたとしても、ふと「飲みたい」という頭をよぎる、そのような感覚だ。ギャンブル依存、薬物依存のように何かきっかけがあれば再犯という危い状態が続く。

再犯を防ぐためには治療終了後のフォローアップも重要となる。「一般的な依存症の共通概念として『完治』ということはありません。『回復』はあるけど『治癒』はない。常に再発の可能性があるということを念頭に置く必要があります」(福井氏)。

性加害者はしばらくは「被害者側には全く非がなく、悪いのは加害者(自分)」という意識であるという。「相手の気持ちを考えてから行動すべき」という当たり前の考え方を取り戻すまで、粘り強い治療を続けるしかない。

SOMECでは裁判における社会復帰支援のための司法サポートプログラムも行っている(https://somec.org/)

タブー視される性加害者のケア

アメリカをはじめ欧米諸国では、性加害者に対するカウンセリングなどのプログラム費用を、全額国が負担する所も少なくない。薬物依存症など、社会的影響が大きなものに関しては国がケアするという意識が当たり前のように浸透している。

一方、日本ではその議論すらなく、当然のように加害者治療への補助制度なども皆無という現状だ。福井氏は自治体のシンポジウムなどで、海外の事例を紹介する活動も行っているが、その反応は薄いと語る。

性犯罪の被害者の重いダメージは当然ケアされるべきだが、加害者へのケアはまだタブーという風潮が漂っていることは否めない。しかし、加害者が抱える病理から目を背けてはいけないのではないか。

性加害者は内的欲求に抵抗できない「衝動制御の障害」を抱えているケースが多い。配偶者やパートナーへの暴力が止められないDVや万引きなどの窃盗が止められないクレプトマニア(窃盗症)と同様、脳の前頭葉という基幹が衝動を抑えきれなくなる共通の「病態」だ。

本人も周囲も、「病気」であるという自覚を持つことがスタート地点とするための必要条件だという。自治体や弁護士などと連携し、「性被害ゼロを目指す」社会の仕組みづくりを福井氏は提案する。

「最低限、医学教育の大学で(性加害者のケアを)教え、専門的に診察を行う環境を整えて欲しいと思います。保険適用を行い受診のハードルを下げるなどの仕組みづくりへ、是非も含めた本格的な議論が必要です」

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