女性で”見知らぬ者”に殺されたのはわずか6%…英の「殺人率データ」が示す意外な実態

弁護士JP編集部

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女性で”見知らぬ者”に殺されたのはわずか6%…英の「殺人率データ」が示す意外な実態
英・国家統計局によれば、長らく殺人者に好まれ続ける凶器は鋭利な刃物という(Royalty Free Photos / PIXTA)

人を殺すことは悪いことである。だれも異論はないだろう。だが、殺すに至った背景まで判断材料とした場合、殺人=悪と断言できるだろうか。

殺人は、いつの時代も小説や映画ではテーマとして引っ張りだこだ。超えてはいけない一線を超える人間の心理に、多くの人が興味を持たずにはいられないからだろう。

そうした感性による各々による殺しの分析があるとして、実際に「罪」として裁く際には、法律によって適正な判断がなされる。「それは裁判官がやることだ」、と他人事に捉えてはいけない。裁判員制度(2009年5月~)では、一部重大な犯罪において、国民が裁判員として有罪か無罪かを審理することもある。

いざ「自分事」と考えたとき、より正確に殺人の背景を知り、殺人にも”種類”があることを学ぶ必要性を少しは感じないだろうか。そうした教材はないに等しいが、イギリスの現役弁護士、ケイト・モーガンが、殺人という罪が規定されゆくプロセスを実際の犯罪を交え、興味深くまとめた一冊がある。

今回はその中から、「殺人に対する誤認識とデータが示す意外な実態」にフォーカスをあてる。

(#1/全4回)

※この記事はケイト・モーガン氏による書籍『殺人者たちの「罪」と「罰」』(近藤隆文・古森科子訳、草思社)より一部抜粋・構成しています。

多くの人が殺人の”違い”を十分に理解していない

この本の仕上げをしていたころ、私たちと殺人との関係の矛盾と魅力を集約した話が報道された。名前や詳細は重要ではない。というのも、これは毎年数多く起こる同様の悲劇のひとつかもしれないからだ。

ある男性が女性を殺害し、状況的にはありえないと思われたが、本人は事故だと主張した。結局、謀殺[〝殺意〟のある殺人]の容疑は晴れ、故殺[殺意"のない殺人] で有罪と宣告される。記事自体はこの事件をほどよく公正にまとめたものだったが、記者名の下にある読者コメントに目を通すと、怒りや誤解、対立する意見が渦巻いていた。

一部の人たちは、「この男は悪事を見逃された」のであり、「判決は誤審だ」と言っていた。明らかに荒らしと思われる人たちは、犠牲者の死を「自業自得」とし、殺人者の行動を公然と支持していた。

しかし、多くのコメントから明らかになるのは、英国における謀殺と故殺の法的現状について私たちが総じて無知であることだ。安楽椅子弁護士とばかりに、この殺人は事前の計画など、一見して予謀によるものでもないため、謀殺とはみなされないと主張していた者も多い。法律について現実とは数段異なる発言を、権威者然とぶつける者もいた。

世論の法的無知を見過ごしてはいけない理由

ささいなことに思えるかもしれないが、キーボード勇者たちのこうした意見を軽く見てはいけない。いずれ陪審員になったり、刑事司法に関する世論調査に答えて政府の治安政策を動かしたりする人たちだからだ。

このような誤解は、司法制度は結局のところ私たち全員にとってどう役立つのか、という点できわめて現実的な影響をおよぼしかねない。もし私たちが出版物や画面上の陰惨な物語や生々しい死で自分のダークサイドを満足させようというのなら、そのぶん、そうした呪縛をかける犯罪の危険な現実について学ぶ義務がある。

英国の殺人による死亡率は100万人に1人

統計学的にいえば、私たちの殺人に対する集合的執着は、殺人に遭遇する可能性とはまるで釣り合わない。英国の国家統計局(ONS)は毎年、過去12ヵ月の国の死亡者数に関して、その原因や理由、事情を発表する。

例年、心臓病とがんが上位を占めるのは驚くにあたらない。 ただ、ONSは住民の不自然な死因に関するデータも収集していて、そのひとつに英国の「殺人率」がある。それによると、2019年3月までの12ヵ月にイングランドとウェールズで 死亡した51万900人のうち、671人が殺人の犠牲者だった。人口が約5800万人とすれば、殺人による死亡率は100万人あたり1人に等しい。

ここまで数値が小さいとなると、殺人の傾向を人口レベルで追跡することは困難だ。ONS では、犠牲者の数をその死が公式に殺人として記録された年をもとに計上するため、変則的な結果になることもある。

国の殺人率が急激に上昇したのは2003年。ハロルド・シップマン医師に殺害されたとされる173人が、事件の公開審問によって正式に殺人の犠牲者として記録された年だが、その犯行自体は1970年代にまでさかのぼる。

同様に、1989年ヒルズボロ・スタジアムの悲劇で犠牲となった96人の死が統計に現れたのは、約30年後、新たな検死審問による故殺の評決が記録されてからだった。単発の事件でも、テロ攻撃など死者数が多い場合は、特定の年の殺人率が同じく跳ね上がる。2017年から2018年は悲劇が相次ぎ、マンチェスター・アリーナでの爆発物事件やロンドン橋テロ事件などで、全国の殺人件数は数年来なかった上昇を示した。

殺人容疑者の92%が男性。事件現場の大多数は犠牲者の住居

それでも、最新のデータから大まかな結論をいくつか引き出すことは可能だ。殺すのも殺されるのも圧倒的に男性が多く、犠牲者の64%、殺人容疑者の92%を占める。男女とも、自宅が最も命取りになる場所であり、殺人事件の大多数は犠牲者の住居で発生 している。

女性の犠牲者で”見知らぬ人”に殺されたのはわずか6%

驚くべきことに、女性の犠牲者の40%以上が現在、または過去のパート ナーに殺されていたが、男性は友人や知人に殺害されるケースが最も多い。シップマン医師のような連続殺人犯が見出しをさらう一方で、”見知らぬ者の危険性”は統計では証明されない。 女性の犠牲者で見知らぬ者に殺されたのはわずか6%だ。もっとも、男性の犠牲者ではこれが22%パーセントに上昇する。

年齢と民族からも著しいばらつきが生じる。2019年の統計では、黒人が殺人 (謀殺) 全犠牲者に占める割合は14パーセント、過去20年で最も高い数値となったが、そのうち約半数が24歳未満だった。ほかの民族グループで若年層の犠牲者が減少する傾向とは対照的だ。

女性の殺人者は概して男性より年齢が高く、高年齢層では女性がほぼ倍の割合で多くなっている。鋭利な刃物はここ数十年にわたって殺人者たちに好まれてきた方法であり、現在も男女を問わず最も多く使用されている凶器だ。銃は記録された死の5%に関与しているにすぎない 。

(#2に続く)
書籍画像

殺人者たちの「罪」と「罰」: イギリスにおける人殺しと裁判の歴史(草思社)

ケイト・モーガン (著), 近藤 隆文 (翻訳), 古森 科子 (翻訳)
草思社

人を殺した人間は、 どのように裁かれるべきなのか?
――殺人にいたる理由をどこまで視野に入れるべきか?
――外的な圧力や絶望的な状況は殺人の理由になるか?
――殺害する意図がなかった場合の罪をどう考えるべきか?
――責任能力の概念をどのように適応すべきか?
――法人による殺人をどう裁くことができるか?
過去に起きた驚愕の事件の数々を俎上にのせ、 人命を奪った人間の「罪」と「罰」が定義され、 分類されるプロセスを明らかにするスリリングな考察。 正しい「裁き」をめぐる社会意識の変遷を浮き彫りにする異色の社会史!

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