触れたら即刻「パワハラ認定」! 人事評価者が「絶対に口にしてはいけない」“アノ事”

新井 健一

新井 健一

触れたら即刻「パワハラ認定」! 人事評価者が「絶対に口にしてはいけない」“アノ事”
人事評価者が絶対に口にしてはいけないNGテーマがある(※写真はイメージ freeangle / PIXTA)

いかなる企業も、いまやコンプライアンスを遵守することは“世界標準”。そう認識していながら、日本ではいまだ古い価値観を振りかざし、組織や会社を貶める愚行を働く企業人が絶滅することはない。

本連載では、現場でそうした数々の愚行を目にしてきた危機管理・人材育成の4人のプロフェッショナルが、事例を交えながら問題行動を指摘し、警告する。第1回は、人事のプロ・新井健一氏が「人事評価とパワハラ」をテーマに”我流の正義を振りかざす愚か者”を斬り捨てる。

こんな裁判と判決があった。

<コロナで自主的在宅勤務“欠勤扱い不当”大阪市に賠償命令>

これは令和2年、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた当時、大阪市立の中学校教諭が自主的に在宅勤務をしていたところ、市側が「勤務要件を満たしていない」として欠勤扱いに。その結果、人事評価が最低になったことを「不当な対応」とし、当該教諭が大阪市に対して賠償などを求めていたものだ。 大阪地方裁判所は、大阪市に対して金銭の賠償を命じている。

人事評価とは当該組織から与えられた権限に基づいて行われるもの。だが、権限を権力とはき違え、ハラスメント行為に及ぶ上司もいる。ちなみにハラスメントとは「相手のおかれている状況や環境に対する無知や無理解などから生じる“いじめ”や“嫌がらせ”」のことを指す。毎年労働基準監督署に数多く寄せられるパワハラ相談の中にも、人事評価と絡めた内容はもちろんある。

裁判所が人事評価が違法かを判断する際の3つのポイント

では、人事評価の適否を巡って裁判になったとき、裁判所が着目する要素はどのようなものか。裁判所は次のような要素を総合的に考慮して判決をくだす。

  • 評価根拠の正当性
  • 評価プロセスの妥当性
  • 制度への準拠性

まず評価根拠の正当性だが、評価者自身がきちんと把握できていない情報に基づいて評価し、かつその事実誤認がなければ評価結果が異なるものになっていた可能性があるかどうかを考慮する。

次に評価プロセスの妥当性だが、評価プロセスにおいて、上司自身の個人的な好悪や差別に相当する動機が存在するかどうかを考慮する。

最後に制度への準拠性だが、制度として定められている評価要素や基準をゆがめて評価しているかどうかを考慮する。

言い換えれば、「社会通念上、著しく妥当性を欠くと認められるかどうか」という点が判決に際して重要な要素となる。ちなみに社会通念とは、社会一般に通用している常識または見解のこと。裁判所は上司がこれらに照らして大きく逸脱した人事評価をしたかどうかを見ているということだ。

パワハラ要注意人物の危なすぎる“素行”

なお、企業の人事担当者やコンプライアンス担当者、またハラスメント相談員などが一番手を焼いているのは、やはり「制度への準拠性」に対して逸脱する人事評価者や管理職だ。このような人物を筆者は「我流の正義を振りかざす愚か者」と呼んでいる。

実際、ある事業所で「うちの職場に力仕事が苦手な若手社員がいて困っています。だってそれが理由で、彼を管理職に上げてやれないんですから」と真顔で話す管理職がいた。もちろんその事業所、企業の人事評価に力仕事などという評価項目はひとつもない。 筆者はたまたまその人物の後ろに立っていた事業所長に目を向けたが、所長もあきれ顔で首を振り、その人物が立ち去った後、「現場で力仕事が職務遂行の妨げになるのであれば、それを改善するのが管理職の仕事です」と言っていた。

我流の正義を振りかざす愚か者といえど、自分が勤める会社の人事制度を知らないハズはない。その企業では、少なくとも新任管理者には昇格時、ベテランの管理者にも何年かに一度人事評価者研修を実施していることを筆者は知っている。 このような、管理職としてのリスクを自ら抱え込むような人物は論外として、評価者は可能な限り部下の行動や業績を正しく把握し、制度の趣旨にのっとった評価を行うように努めなければならない。

それでなくとも人事評価とパワハラは関わり合いやすいからだ。例えば、職務上の職位上位者による言動として、人事評価権限が不公正に行使され、被評価者に不利益が生じた場合には、パワハラの疑いが生じる可能性がある。したがって、評価者は評価基準を正しく理解し、制度の趣旨にのっとった評価を行うことが肝要だ。

人事評価の対象は、多くの場合、業務上の行動とその成果だから、行動と成果のみを的確にとらえて評価し、業務と無関係な要素を評価対象としてはならない。このように、原則としてプライベートな行動は評価対象とはならないが、それが業務に影響を及ぼした場合に限り、その影響の範囲で評価対象とすることがあり得る(例:私生活における違法行為が組織に損害を与えた場合など)。

言ったらアウト…人事評価で絶対回避すべきこと

なお、人事評価において評価者が絶対回避しなければならないことがある。それは「人格」評価だ。

人格評価とは、個人の内面を評価対象とすることであり、例えば「責任感」という評価項目があった場合、「あなたは無責任だからマイナス評価だ」という説明は危険だ。「○○の場面で、△△の行動をとったのは、あなたの職位に照らして責任ある行動とは言えない。ゆえにマイナス評価だ」というような説明が好ましい。

令和4年4月1日から中小企業者にも労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が義務化され(大企業は令和2年6月1日から)、かつ不当な人事評価が訴えられる時代になった。管理職、人事評価者は自らのリスクを認識し、我流の曲がった正義などに拘泥することなく適切に対応することが求められることを肝に銘じておく必要がある。

新井健一(あらい・けんいち)
経営コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役 1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー人事部、アーサーアンダーセン(現KPMG)、ビジネススクールの責任者・専任講師を経て独立。人事分野において、経営戦略から経営管理、人事制度から社員の能力開発/行動変容に至るまでを一貫してデザインすることのできる専門家。著書に『働かない技術』『いらない課長、すごい課長』(日経BP 日本経済新聞出版)『事業部長になるための「経営の基礎」』(生産性出版)など。
最新刊『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い 40歳からのキャリアをどう生きるか』 (日経BP 日本経済新聞出版) https://www.amazon.co.jp/dp/4296117203

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア