【道交法初の重要指名手配】悪質なひき逃げ事件でも、容易に「殺人罪」へ切り替えづらい“裏事情”

弁護士JP編集部

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【道交法初の重要指名手配】悪質なひき逃げ事件でも、容易に「殺人罪」へ切り替えづらい“裏事情”
道交法初の特別指名手配。すぐの厳罰も期待されるが(Enao-kagari / PIXTA)

大分県別府市で昨年6月に起きた死亡ひき逃げ事件で、警察庁は八田(はった)與一(よいち)容疑者(27)を9月8日付けで重要指名手配とした。道路交通法では初であり、早期の逮捕が期待される。同容疑者を加えたポスターの掲示も10月からスタート。被疑者逮捕へ警察が全力を尽くすことになるが、すぐに厳罰になるかは不透明だ。

八田容疑者には公的懸賞金300万円と遺族による私的懸賞金500万円が掛けられている

情報はこれまでに2000件以上が提供されており、指名手配された9月は900件以上の情報が寄せられたという。

交通事故に詳しい弁護士が解説

それにしても、なぜこれまで道交法で特別指名手配がなかったのか。交通事故に詳しい伊藤雄亮弁護士は、「あくまで推測になるが、交通事故はやはり基本的には過失による事故であって、殺意をもって相手を殺そうとする殺人罪とは、やはり大きな隔たりがある。よく『事故の犯罪は刑が軽すぎる』と言われるし、私の個人的意見としてもそう考えているが、他方で相手を殺そうとしてわざと殺す場合と、相手を殺す意思がない場合とでは、意味合いが違う。そこはたぶん多くの人が同じ認識なのだろうと思う」と見解を示した。

厳罰化が進む“危険運転”

それでも”隔たり”はじわじわ縮まりつつある。危険な運転による死亡事故、または負傷をさせた場合に成立する危険運転致死傷罪の設立は大きな一歩となった。特に飲酒運転や無免許運転の被害者遺族が中心となり、厳罰化へ向けた署名活動を行ったこと等で、死亡の場合、1年以上15年以下の懲役を科せられることになった。

さらにその後、「刑罰が軽い」と平成17年の法改正で死亡の場合はさらに厳罰化され、1年以上20年以下の懲役となった。加えて、平成19年の改正では自動二輪も対象となり、自動車運転過失致死傷罪も新設された。同罪が設定されたことで、それまでの運転ミスによる過失である業務上過失致死罪より重い、7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金が科せられることになっている。

悲惨な事故で親族を失った遺族にすれば、厳罰を望むのは無理もない。それだけに今回の大分のケースは、その悪質さや遺族による5万人以上の署名を鑑みても、ひき逃げから殺人への切り替えへつながることも期待されるところではある。

大分ひき逃げが指名手配でも即殺人罪適用となりづらい要因

伊藤弁護士は「かなり特殊な例ではあるが、それだけ悪質であることは間違いない。逮捕して弁解を聞かなければ行為の立証できないでしょうが、限りなく殺人に近い。現時点では殺人と断定するだけの証拠は揃っていないにしても、あくまで故意の殺人の可能性も込みで考え、指名手配にしたのかなと推察される」と推測した。

一方で、「交通事故扱いなら、相手の車の自動車損害賠償責任保険(自賠責)、任意保険、自分の車の任意保険から、保険が下りる可能性がある。それが殺人扱いだと保険が下りないケースが多い。そうすると大手を振って殺人で指名手配になると、もしかしたら被害者が困窮するかもしれない。そのあたりを考慮している可能性も否定できない」と交通事故に精通するからこその視点で、伊藤弁護士は即時の殺人罪への切り替えを控えている可能性も指摘する。

併せて、「殺人罪に問われる可能性を被疑者が自覚しているとなれば、もし被疑者が生きているなら、指名手配のことについてネット等で情報収集し、逃亡の意思をより強くしている可能性もある」とし、逃亡の長期化を懸念する。

車を“武器”にするような凶悪な突進で人をあやめ、1年3カ月以上逃亡を続ける八田容疑者。自身も交通事故で親族を失っている伊藤弁護士は最後に、「非常に悪質なひき逃げ事件。生きているなら逃げ得は許さず、法の裁きが下されることを願いたい」と努めて冷静に、早期逮捕に期待を寄せた。

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