「残業代なし」“定額働かされ放題”プログラマーが会社を提訴…「裁量労働制」“適用基準”裁判所の判断は?

林 孝匡

林 孝匡

「残業代なし」“定額働かされ放題”プログラマーが会社を提訴…「裁量労働制」“適用基準”裁判所の判断は?
原告男性はプログラミング業務以外の営業活動も行っていたという(rainmaker / PIXTA)

Xさん
「残業代を払ってください。560万円」

会社
「無理です。あなたは裁量労働でしょ」
「残業代は発生しないです」

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「Xさんに裁量労働は適用できないね」
「耳そろえて全額はらえ〜」

裁量労働は、社員にとって自由に働けるメリットもあるんですが、残業代が発生しないデメリットもあります。

会社の認識不足で裁量労働制を採用しているケースもあれば…、「グフフ。働かせ放題にしてやる!」と搾取している会社もあります。

裁量労働制を適用できるケースについて解説します。裁判になった事件とともに分かりやすくお届けします(エーディーディー事件:大阪高裁 H24.7.27)(弁護士・林 孝匡) 。

※ 裁判を一部抜粋、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

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▼ 会社
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・コンピューターシステムの企画、設計など
・従業員は40人くらい

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▼ Xさん
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・プログラムシステムの開発などを担当
 (プログラミングする人)
・社長に誘われて入社

どんな事件か?

Xさんが退職したあと、訴訟を提起。残業代約560万円を請求しましたが、会社は「残業代は発生しないですよ」と反論。

(takeuchi masato / PIXTA)

ファイト!

会社
「Xさんはシステムエンジニアなので弊社では専門業務型裁量労働制が適用されます。1日の労働時間は8時間とみなされるので残業代は発生しません」

Xさん
「私に専門業務型裁量労働制は適用できません」

傍聴人
「…は? 専門業務型裁量労働制って何ですか?」

裁判所
「休廷! 林さん、ご説明してさしあげて」

専門業務型裁量労働制とは?

2つある裁量労働制のうちの1つです(もう1つは『企画業務型裁量労働制』といいます)。

傍聴人
「どんな制度なんですか?」

A.
ザックリいえば【社員さんの自由に働いてね】という制度です(だから裁量)。たとえば、“みなし時間”を7時間とした場合、3時間だけ働いた場合でも7時間とみなされます

傍聴人
「サイコーじゃないですか!」

A.
ただし、汗水たらして10時間も働いたとしても…7時間とみなされます。

傍聴人
「ガッデム!」

というわけで【諸刃の剣】なんです。

「クリエイティブな能力を発揮する仕事は時間かけたからって成果上がるわけじゃないよね」っていう考えからスタートしてるんですが、あくどい会社は残業代を抑えるために悪用していますね。「自由度が高い職場です!」みたいなアピールをやたらしている会社には要注意です。

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▼ しばり、あり
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法律は「裁量労働制を適用できるのはこんなケースだけですよ!」と縛りをかけています。2つ、順番にいきますね。

【専門業務型裁量労働制】
労基則24条の2の2②
①新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
②情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務
③新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和二十五年法律第百三十二号)第二条第二十八号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
④衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
⑤放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
↓ 以下は厚生労働大臣が指定
⑥ コピーライター業務
⑦ システムコンサルタント業務
⑧ インテリアコーディネーター業務
⑨ ゲームソフトの創作業務
⑩ 証券アナリスト業務
⑪ 金融商品の開発業務
⑫ 大学教授の業務
⑬ 公認会計士業務
⑭ 弁護士業務
⑮ 建築士業務
⑯ 不動産鑑定士業務
⑰ 弁理士業務
⑱ 税理士業務
⑲ 中小企業診断士業務

傍聴人
「なげぇ!」

↓ 大元の条文はコチラ
労働基準法 第38条の3
使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、労働者を第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第二号に掲げる時間労働したものとみなす。
1 業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(以下この条において「対象業務」という。)(以下、略)

傍聴人
「なげぇって!」

お次は、

【企画業務型裁量労働制】
○ 対象業務となりうる例
(1)経営企画を担当する部署における業務のうち、経営状態・経営環境等について調査及び分析を行い、経営に関する計画を策定する業務
(2)経営企画を担当する部署における業務のうち、現行の社内組織の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな社内組織を編成する業務
(3)人事・労務を担当する部署における業務のうち、現行の人事制度の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな人事制度を策定する業務
(4)人事・労務を担当する部署における業務のうち、業務の内容やその遂行のために必要とされる能力等について調査及び分析を行い、社員の教育・研修計画を策定する業務
(5)財務・経理を担当する部署における業務のうち、財務状態等について調査及び分析を行い、財務に関する計画を策定する業務
(6)広報を担当する部署における業務のうち、効果的な広報手法等について調査及び分析を行い、広報を企画・立案する業務
(7)営業に関する企画を担当する部署における業務のうち、営業成績や営業活動上の問題点等について調査及び分析を行い、企業全体の営業方針や取り扱う商品ごとの全社的な営業に関する計画を策定する業務
(8)生産に関する企画を担当する部署における業務のうち、生産効率や原材料等に係る市場の動向等について調査及び分析を行い、原材料等の調達計画も含め全社的な生産計画を策定する業務

× 対象業務となり得ない業務の例
(1)経営に関する会議の庶務等の業務
(2)人事記録の作成及び保管、給与の計算及び支払、各種保険の加入及び脱退、採用・研修の実施等の業務
(3)金銭の出納、財務諸表・会計帳簿の作成及び保管、租税の申告及び納付、予算・決算に係る計算等の業務
(4)広報誌の原稿の校正等の業務
(5)個別の営業活動の業務
(6)個別の製造等の作業、物品の買い付け等の業務

傍聴人
「誰かこの弁護士を止めてくれ!」

↓ 大元の条文はコチラ
労働基準法38条の4
賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(使用者及び当該事業場の労働者を代表する者を構成員とするものに限る。)が設置された事業場において、当該委員会がその委員の五分の四以上の多数による議決により次に掲げる事項に関する決議をし、かつ、使用者が、厚生労働省令で定めるところにより当該決議を行政官庁に届け出た場合において、第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を当該事業場における第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第三号に掲げる時間労働したものとみなす。
1 事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務(以下、略)

傍聴人
「zzz…」

おはようございます! まぁザックリいえば「クリエイティブな能力をバリバリ発揮する仕事だけ適用できますよ」ってことです。

裁判所
「説明あざす。開廷!」

裁判のつづき

(tetsu / PIXTA)

Xさん
「たしかに以下の法律には『システムエンジニア業務なら専門業務型裁量労働制を適用できる』と書いてあるんですが…」
====
労基則24条の2の2②
情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務
====

Xさん
「私が担当していたのはプラグラミング業務です。プログラミング業務は上のシステムエンジニア業務にはあたりません。これは行政通達で決まっていることです。あと、私、営業もさせられてましたし…。なので専門業務型裁量労働制は適用できません」

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「Xさんのいうとおりですね。専門業務型裁量労働制は適用できません」

ーーー どうしてですか?

裁判所
「プログラミングは裁量性の高い業務【ではない】からです。上のシステムエンジニア業務にはあたらないです」

会社
「ちょっと待ってくださいよ! Xさんは情報処理システムの分析または設計の業務(システムエンジニア業務)に携わってましたよ。専門業務型裁量労働制を適用できるはずです」

裁判所
「無理っす。理由を説明しましょう。そもそもね、情報処理システムの分析または設計業務について裁量労働制がOKになる理由は、システムの設計について、どこから手をつけ、どのように進行させるかを、システム全体を設計する技術者が自由に決めた方がいいよね、っていう考え方に基づいているんだよ」

裁判所
「御社は●社からシステム設計の一部を下請けしてましたよね。しかも、かなりタイトな納期を設定されてましたよね。とすると、下請け業務に携わるXさんにとっては業務遂行の自由度(裁量性)はかなり低くなっていたでしょ」
〈プラスほかの理由〉
 ・会社がXさんにプログラミング業務について過大なノルマを課していた
 ・営業活動もさせていた

裁判所
「というわけで、Xさんの仕事は、専門業務型裁量労働制を適用できる情報処理システムの分析または設計の業務【とはいえない】んです」

というわけで、裁判所は「専門業務型裁量労働制は適用できない」と判断。となると、通常どおり残業代が発生します。会社に対して残業代約560万円の支払いを命じました。

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▼ おまけ
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あと、会社は「Xさんのミスで会社に2000万くらいの損害が出たから払え」と主張したのですが、撃沈しています。Xさんの責任はナイと認定されました。裁判所は一般的に「会社は社員の稼働で利益をあげてるんだから損害が出たとしてもまぁ会社がカブれよ」と考えます(最高裁 S51.7.8)このあたりも機会があれば解説しますね!

さいごに

裁量労働制を合法的に適用することは、カナリ難しいです。

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▼ 相談するところ
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会社から「チミは裁量労働制なんだから残業代は出ないよ」と言われている方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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