「残業代未払い」の訴えに「固定残業代を就業規則で周知している」… 会社の“言い分”裁判所はどう判断した?

林 孝匡

林 孝匡

「残業代未払い」の訴えに「固定残業代を就業規則で周知している」… 会社の“言い分”裁判所はどう判断した?
会社は就業規則にある「手当」を残業代としていたと主張した(foly / PIXTA)

エステティシャン
「残業代を払ってください」

エステ会社
「手当を払ってるじゃないですか」
「これらの手当は残業代のことですよ」
「固定残業代というものです」
就業規則に書いてあるじゃないですか」

エステティシャン4名
「そんな就業規則…知らないですよ」
「その手当も基本給に含めて残業代を請求します」

ーーー 裁判官、どうですか?

裁判官
「エステ・ティ・シャンの勝ち!」
「就業規則を周知させてたとはいえないね」
「手当を基本給に含めて残業代を計算しまっす!」

基本給が高くなるので残業代もハネ上がりました。ザックリ要約するとこんな事件です。

以下、分かりやすく解説します(弁護士・林 孝匡)。

【事件】
 PMKメディカルラボほか1社事件:東京地裁 H30.4.18
 ※ 判決の本質を損なわないよう、一部フランクな会話風でお届けします

登場人物

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▼ 会社
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・エステティックサロン経営などの美容業
・全国に約30店舗を展開

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▼ Xさんたち4名
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・エステティシャン(商品販売なども)
・退職して残業代請求

バトルの詳細

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▼ この手当・・・なに?
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会社では、基本給のほかに以下の定めがありました。

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就業規則
・特殊勤務手当 3万円
・技術手当 1万円
・役職手当 役職に応じてさまざま
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トラブルのタネは「この手当、なに?」ってことです。両者の言い分を見ていきましょう。

会社
「これらの手当は固定残業代なんです」

  • 特殊勤務手当 残業23時間分
  • 技術手当 残業7時間分
  • 役職手当 残業15時間分

「入社の時に説明しましたし、就業規則にも書かれています」
「なので残業代を計算するときはコレが考慮されるべきです」

ある程度は払ってるじゃんってことですね。

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「無理ですね」

ーーー と申しますと?

裁判所
「まず入社の時に会社は説明していないですね」

■ 補足
裁判所は、Xさんたちが入社説明会で書いたメモや、説明会のときに会社がXさんに渡した書面などを考慮した上で、どちらの言い分が信用できるか天秤にかけてXさんたちを信用しています。

会社
「…としてもですよ!これらの手当が残業代であることは就業規則に書いてあります
「就業規則を周知させていたので、これが契約の内容になるはずです」

会社は、以下の条文を持ち出してきました。

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労働契約法 第7条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に【周知】させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。(以下、略)
====

ザックリ言えば【就業規則をみんなに知らせてたら契約の内容になるよ】ってことです。

「周知」を正確にいうと「実質的に見て事業場の労働者集団に対して当該就業規則の内容を知りうる状態に置いていたこと」をいいます。

ーーーこの点は裁判所さん、ど…

裁判所
「無理ですね」

ーーー (はやっ)と申しますと?

裁判所
「周知させてたとは言えないですね」
「理由は以下のとおりです」

・賃金規程は各店舗には置いておらず
・本店の総務部に置かれていただけ、など

■ 補足
会社は必死でしたね。会社側の証人を3名も出廷させました。基本給に組み込まれたら金銭的ダメージがデカイですから。で、証人たちが「申請すれば就業規則を見ることはできましたよ」という趣旨の供述をしたのですが、裁判所は「知りうる状態に置かれてたとは言えない」と判断。社長の供述も裁判所はバッサリ「採用することができない」アーメン。

■ 学べること
証人の数で押しても負けるときは負けます。証人は友達と同じで、量より質だからです。Facebookに友達が1000人いてもペラッペラな関係なのと同じです。1人のマジ証人がクリティカルパンチを出せばペラ証人1000人に勝てます。

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▼ 基本給に組み込まれる
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というわけで、会社の言い分は撃沈しました。となると、↓ コレ。

・特殊勤務手当 3万円
・技術手当 1万円
・役職手当 役職に応じてさまざま

コレが基本給に組み込まれます。基本給が上がると残業代もハネ上がります(ザックリいえば残業代は基本給×1.25なので)。

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▼ 認められた金額
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あとは、Xさんたちが実際に働いた時間をかけて以下の残業代が認められました。

X1さん 約110万円
X2さん 約106万円
X3さん 約128万円
X4さん 約75万円

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▼ お仕置きは?
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今回はお仕置き(付加金)はナシ。理由は「就業規則をみんなに知らせてたかどうかって今回ムズイよね(法的評価を伴う問題)」など。

■ 補足
​​裁判官が「この不払いはクソだ!」とブチギレれば最大で倍返し(半沢直樹)のお仕置きを命じることがあります。たとえば残業代が100万円としたら付加金を100万円もプラスして、合計200万円の支払いを命じます。あんな顔をしていますが裁判官を怒らせたら怖いのです(どんな顔だよ)。

さいごに

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▼ 就業規則について
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「就業規則なんか見たことない!」って方がほとんどだと思います。就業規則は【会社とあなたのルールブック】なので見ておきましょう。会社はあなたたちに知らせる義務があるので(労働基準法106条・周知義務)。

〈注〉
今回のケースは【知らぬが仏】のレアケースでしたね。就業規則を知らなかったから残業代がアップしました。

でも、ちまたにあるブラック企業は就業規則に違反していることを実行していることがあるので、就業規則を知っておくことで「これ違反してるじゃん!」と主張できます。

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▼ 固定残業代について
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今回のケースは周知されていれば固定残業代が有効になった可能性がありますが(裁判官が命じる残業代が減る)、一般的に、ちまたのブラック社長は【定額働かせ放題】と勘違いしてますね...。

こちらも有効(会社の勝ち)になったケースですが、どんな場合に無効(社員の勝ち)になるかも書いてますので、良ければご覧ください。

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▼ 相談するところ
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もし就業規則や固定残業代に納得できない方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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