社員「固定残業代の合意は無効」の訴えが退けられた理由 ポイントとなった“明確区分性”とは?

林 孝匡

林 孝匡

社員「固定残業代の合意は無効」の訴えが退けられた理由 ポイントとなった“明確区分性”とは?
給与明細に「残業代がいくらで何時間分に相当している」か明示されている?(Luce / PIXTA)

「固定残業代のせいで、どれだけ働いてもそれ以上の残業代がもらえない」

こういう仕打ちを受けている従業員の方は多いと思います。最近でも提訴のニュースがありました。「深夜労働手当が固定残業代制度によって実質的に支払われていない」として従業員が会社を提訴したようです。

従業員の主張は「求人案内には賃金総額しか書かれていない」「入社時にも固定残業代の説明を受けていない」というもの。

今回は過去の裁判について解説します。この固定残業代の制度はOKなのか? が争われた事件です。結果「これはOK」となりましたが(ワークフロンティア事件:東京地裁 H24.9.4)、NGとなった裁判例も解説しています。

ザックリ言えばNGになるケースは給与明細などを見て【どれが残業代か分からない】ときです。そうなれば【基礎戦闘力】が上がります。ナゾの用語が出てきましたが、以下くわしく見ていきましょう(弁護士・林 孝匡)。

事件の当事者

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▼ 会社
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産業廃棄物の収集運搬をしている会社

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▼ Xさんら
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Xさんらは、産業廃棄物の収集運搬の現場業務などをしていました(原告は9名いますがザクっとまとめています)。

どんな事件か

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▼ とんだブラック企業だ
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この会社はおよそ3年半もの間、従業員に残業代を払わない取り扱いをしていました(H17〜H20.7)。

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▼ コラー!
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誰かが労働基準監督署に駆け込んだんでしょう。労基が動きます。結果、会社に対して「残業代をキチンと払えよ」と是正勧告を出しました。

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★ 固定残業代の制度に変更する
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会社は固定残業代の制度(※)に変更しました。例えば1人を挙げると支払い方法は以下のとおり。

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基本給 29万2000円
(時間外労働45時間分の固定割増賃金7万1544円を含む)
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あとで解説しますが裁判所は「この定めはOK」と判断。理由をザックリいうと「残業代部分がいくらで何時間分に対応しているかが理解できるから(明確区分性あり)」ということです。

※「固定残業代制」とは、毎月基本給に加えて、固定残業代(定額残業代、固定残業手当)を必ず支給する制度。「みなし残業代制」とも呼ばれ、①固定残業代制の合意がある、②「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」を判別できる(固定残業時間数や残業代の計算方法が明示されている)、という要件が必要となる。

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★ バトるポイント
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バトるポイントは【基礎戦闘力がいくらか】です。基礎戦闘力とはむずかしい言葉で言えば【割増賃金の算定基礎となる賃金】のことです。両者の主張を見ていきましょう。

■ 会社の主張
   基礎戦闘力は22万456円です。
 〈計算式〉
  基本給29万2000円−固定割増賃金7万1544円

■ Xさんらの主張
   いやいや基礎戦闘力は29万2000円です。

基礎戦闘力は【鬼大事】です。これ上がれば残業代もアップすることになります。なぜならザックリいえば残業代は【基礎戦闘力×1.25】だからです。会社は従業員の基礎戦闘力を下げたい、従業員は上げたい。こういう攻防になります。

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▼これまでの残業代、いりません
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さて。会社は労基の勧告を受けて、自己の考える残業代を支払ったようです(〜7/31までの分)。その際、Xさんらに対して確認書への署名を求めました。その確認書には以下のとおり書かれていました。

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「今回受領した割増賃金以外に、貴社に対する賃金債権はありません」
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Xさんの請求

Xさんらは残業代の請求を求めて訴訟を提起しました。主張は以下のとおり。

  • 確認書への署名は無効だ。当方の主張する残業代を支払え。
  • 固定残業代の合意は無効だ
      基礎戦闘力は29万2000円だ。会社の主張する22万456円じゃない。

裁判所の判断

争点について、会社の主張が認められました。裁判所の判断は以下のとおり。

  • 残業代の放棄は有効。なので〜7/31までの分は請求できない。
  • 固定残業代の定めも有効
      基礎戦闘力は会社の主張するとおりだ。

以下、順に解説します。

残業代の放棄

裁判所は「自由な意思に基づく署名」と認定しました。

将来の残業代を放棄することは労基法37条に反するのでダメなんですが、すでに発生している残業代を放棄することはOKなんです…。もし会社から「これにサインして」と言われて金額に疑問を持ったときはサインする前に労働局または弁護士に相談しましょう。

固定残業代の定め

裁判所は「固定残業代の定めも有効」と判断。以下を見てください。

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基本給 29万2000円
(時間外労働45時間分の固定割増賃金7万1544円を含む)
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有効とした理由は【残業代部分がいくらで何時間分に対応しているか】を理解できるからです。難しい言葉で言えば「明確区分性あり」ということです。

というわけで、基礎戦闘力は会社の主張を認めて以下のとおりとなりました。

基礎戦闘力 22万456円
 〈計算式〉
  基本給29万2000円−固定割増賃金7万1544円

これは基礎戦闘力?

基礎戦闘力は死活問題なので、以下の手当についても基礎戦闘力なのか?が争われました。結果、以下は基礎戦闘力に組み込まれました。Xさんらは若干、救われました。

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▼ 報償手当
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会社
「残業代の意味合いで支給していた」

裁判所
「いや、業績に対する報償としての性質があった」
「残業代としての支給とはいえないので基礎戦闘力に組み込みます」

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▼ 管理職手当、役職手当
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会社
「ウチの規定では基礎戦闘力に組み込まれないことになっています」

裁判所
「そんなん勝手に決めれないよ」
「残業代の残業代としての支給とはいえないので基礎戦闘力に組み込みます」

ほかの裁判例

今回の事件は【残業代部分がいくらで何時間分に対応しているか】が理解できる明確区分性ありケースでした。しかし「明確に区分できないじゃん!」と認定された事件もあります。

■ アクティリンク事件:東京地裁 H24.8.28
営業手当として支給されていた9万円。会社は「月30時間分に相当する残業代なんです」と主張しましたが、裁判所は「実質的にみて残業代として支払われていたとは言えない」として基礎戦闘力に組み込みました。

■ 医療法人社団康心会事件:最高裁地H29.7.7
残業代を年俸に含めていたケース。最高裁は下記の契約内容を見て「どれが残業代か分からない」として全てを基礎戦闘力に組み込みました。
年俸 1700万円
月額給与 120万1000円
〈月額の内訳〉
 本給 月86万円
 諸手当 合計34万1000円
  役付手当 3万円
  職務手当 15万円
  調整手当 16万1000円

最後に

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▼ 基本給と手当がゴチャっとしている方
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会社が「その手当は残業代のことだから」と言ってきたとしても【どれが残業代か分からなければ】その手当を基礎戦闘力に組み込める可能性があります。基礎戦闘力が上がると残業代がチリツモで跳ね上がります。

契約書や給与明細を見て【どれが残業代か分からない】という方は、労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。ではまた次の記事でお会いしましょう!

【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

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