東京都「不健全図書類」指定は“60年前”の価値観? “あいまい”基準に振り回される漫画クリエーターの悲痛

弁護士JP編集部

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東京都「不健全図書類」指定は“60年前”の価値観? “あいまい”基準に振り回される漫画クリエーターの悲痛
「不健全図書類」と同様の制度は全国の自治体にあり、それらを投函するポストが駅前などに設置されていることも(弁護士JP編集部)

東京都は条例(※1)に基づき、「青少年の健全な育成を阻害するおそれがある」と認められる図書類を、約60年前から「不健全図書類」として指定し続けてきた。ところが近年、そのあり方について「形骸化している」「基準やプロセスが曖昧」「時代に合っていない」など、疑問の声が強まっている。

(※1)東京都青少年の健全な育成に関する条例。「青少年」とは18歳未満の者

元都議の栗下善行さんは、制度改善の第一歩として「不健全図書類」という名称が“成人にとっても有害である”かのような印象を与え、漫画家の風評被害などにつながるという懸念から、昨年12月、都議会に対し改称を求める陳情を提出した。この活動には、漫画『はじめの一歩』などで知られる漫画家・森川ジョージさんらも賛同している。

陳情は先月、都議会によって不採択とされたものの、栗下さんは「陳情審査では、改称について『検討すべき』との前向きな意見が聞かれた。今後も引き続き都議会に働きかけていく」と意気込む。

“個人の主観”で規制がかけられている

都の条例が指す「図書類」とは、販売などを目的に作成された雑誌、図画、写真、ビデオテープ、DVDなど。指定の対象となるのは、以下に当てはまる作品とされている。

  • ①著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するもの
  • ②漫画、アニメーション等で、刑罰法規に触れる性交・性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交・性交類似行為を描いているもののうち、強姦等の著しく社会規範に反する性交・性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるもの

指定される図書類は毎月1~2冊。都の審議会で決定され、18歳未満の青少年に販売や貸し出しをしないよう、書店などに通知される(違反した書店などには30万円以下の罰金が科される)。

作品が「不健全図書類」に指定された場合、その影響は都内の実店舗のみにとどまらない。大手通販サイトのAmazonでは規約により、不健全図書類に指定された作品の出品が禁止されているため、東京都の条例で規制されたのにもかかわらず、実質的に全国の“成人”が作品を手に入れづらい状況になる。

Amazon「商品登録ルール」(https://sellercentral.amazon.co.jp/help/hub/reference/external/200329080)より ※画像の一部を加工

これが作家に与える影響の大きさは想像に難くないが、審議は極めて曖昧な基準で進められているという。前出の栗下さんは、都議時代に審議員を務めた経験から、以下を指摘する。

「条例には、不健全図書類の定義として『著しく性的感情を刺激し』という文言がありますが、その受け止め方は個人の主観によって大きく異なります。審議員個人の主観で規制をかけてしまっている状況には、問題があるのではないでしょうか。

また審議は非公開で行われ、議事録が一般公開される際には発言者の名前も伏せられることから、それぞれの発言に対する責任がきちんと持てないのではないかという懸念もあります」(栗下さん)

「そんなに卑猥な感じはしない」など、主観的ともとれる意見も…(第742回 東京都青少年健全育成審議会 議事録より〈https://www.tomin-anzen.metro.tokyo.lg.jp/jakunenshien/singi/kenzensin/R04/index.html#no_744〉)

「出版社としても『不健全図書類』への指定は売り上げに関わる問題であるため、それを避けようと制作段階でクリエイターと何度も話し合い、表現の調整をするなど努力しています。しかし審議の基準が曖昧であるために、『ここがダメなんじゃないか』というラインを想像しながら手探りで対策せざるを得ず、いわば振り回されている状況です」(栗下さん)

編集者の指示に従って表現を修正したのにもかかわらず、判然としない理由で「不健全図書類」に指定されてしまったクリエイターの精神的ショックも大きい。風評被害や、その後のキャリアへの影響なども被るため、栗下さんは「クリエイターに『表現の自由』を萎縮させ得るという問題がある」と懸念する。

過去に自身の作品が「不健全図書類」に指定された漫画家の星崎レオさんも「漫画家本人にすら、指定された具体的な理由が伝えられることはありません。二重三重に対策した上で出版したのにもかかわらず、(審議員らの)主観的な基準で指定されてしまったというのは納得がいかないです」と吐露する。

BL作品が“狙い撃ち”に?

先述のように、指定の対象となる「図書類」とは「販売などを目的に作成された雑誌、図画、写真、ビデオテープ、DVDなど」だ。しかし栗下さんによれば「少なくともここ20年くらいは、ほぼ漫画だけが指定されている状況」だという。

「なぜ漫画に偏っているのかということには、私もかなり疑問を持っています。本来であれば小説や映像作品なども指定の対象となり得るはずなのに、いつの間にか漫画を指定する制度になっているということも考えなければなりません。

また本来であれば『著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するもの』が対象であるにもかかわらず、ほとんどの作品が『性的感情』を理由に指定されているという実情もあります」(栗下さん)

さらに近年は、BL作品の指定が目立つという。その理由について、自身もBL漫画が不健全図書類に指定された星崎さんは以下のように推察する。

「一因として、BLがニッチなジャンルであるということが考えられると思います。たとえば『鬼滅の刃』『進撃の巨人』などには、ある種の“残虐性”のある表現が含まれていますが、それらの人気コミックスを指定すれば、かなりの騒ぎになることは必至です。

ただし条例で決まった制度が存在する以上、月に1~2冊は“いけにえ”となる作品を選ばなければなりません。察するに、あまり騒ぎにならないよう、ニッチなジャンルに寄っていったという側面があるのではないでしょうか」(星崎さん)

コンビニでは成人向け雑誌そのものがほとんど取り扱われなくなっている(Fast&Slow / PIXTA)

そもそも現代においては18歳未満の青少年であろうと、ネットで検索すれば、いとも簡単に条文が定義する『著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発する』ような動画が閲覧できてしまう。しかし栗下さんは「東京都としてネット上の動画などを規制する具体的な取り組みは行われていません」と言う。

「私はネット上の規制強化には慎重な立場ですが、見ていない部分がありながら、一方で紙の漫画だけ目的や基準も定かでない規制が続けられているのは、非常にいびつだと思います。

制度を作ったのはいいけれど、それをただ慣習的に運用し続けるということは『不健全図書類』に限らずたくさんあります。それぞれを時代に合わせた形でアップデートする、しかも都民からの陳情が発端となって制度を改善できる議会にしていくことには、すごく大きな意義があるのではないでしょうか。

今回の改称に関する陳情では先鞭(せんべん)をつけることができたので、今後もあきらめずに、改善に向けて働きかけを行っていきたいです」(栗下さん)

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