池袋暴走事故遺族侮辱事件裁判「金や反響目当て」返信に「とても悲しくなった」

杉本 穂高

杉本 穂高

池袋暴走事故遺族侮辱事件裁判「金や反響目当て」返信に「とても悲しくなった」
裁判後に会見に挑む松永拓也さん(中央/12月19日霞が関/杉本穂高)

東京・池袋で起きた車の暴走事故で妻と娘を失った松永拓也さん(35)をSNSで誹謗中傷した男性が侮辱罪と偽計業務妨害罪に問われた事件の公判が、12月19日に東京地裁で開かれた。

侮辱罪は、通常検察側が略式起訴して科料を求めるケースも多く、正規の裁判の手続きは極めて異例なことだ。被告の男性は、今年の3月、松永さんのTwitterアカウントに「金や反響目当て」などと直接返信。東京地検は同男性を6月15日に、侮辱罪で在宅起訴した。

11月16日の初公判で被告は、起訴内容を認めつつも「侮辱する意図はなかった。件(くだん)の投稿は松永さんについて言ったものではない」と無罪を主張した。

「また誹謗中傷をされるのではないか」

12月19日に公判が開かれ、被害者である松永さんは意見陳述で証言台に立ち、夕方、司法記者クラブで会見した。

松永さんは、意見陳述で「あの日から、強い憤りと悲しみで心がいっぱいになり、何も手が付けられなくなる。ツイッターの投稿ボタンを押す前に『また誹謗中傷をされるのではないか』と恐怖で手が震える」述べたという。

松永さんがTwitterアカウントを立ち上げたのは、事故で妻と娘を失ってからのことだ。「同じような体験をした人たちとの交流、そして何よりも、二度と悲惨な事故が起きないように」との願いを込めてアカウントを作成。社会から交通事故を1件でも減らすために活動を続けているという。

「金や反響目当て」という侮辱の返信に対して、「一瞬、頭が真っ白になり、怒りを通り越して、とても悲しくなった」と当時の気持ちを吐露した。そして、被告に語り掛けるように「言葉の重さ」をよく考え、しっかり更生してほしいと述べたという。

会見で松永さんは、意見陳述に立った動機として二つの理由を挙げた。一つは被告自身に更生をしてほしいということ。そしてもう一つは社会の中で今回の件が誹謗中傷の抑止になってほしいという理由だ。

検察側の求刑は、懲役1年、拘留29日というもので、改正前の侮辱罪の拘留期間としては最長になる(侮辱罪の法定刑を引き上げる改正刑法が今年7月に施行)。松永さんは「検察ができる限りの求刑をしてくださったもので感謝している」と話した。

また、「もし実刑にならなかったとしても保護観察処分になってほしい。施設拘留が彼には必要だと検察が主張したが、私もそうなることを望んでいる。彼は今回の侮辱罪の件だけでなく、社会に対して多くの迷惑行為をしている。拘留して更生してもらうことが社会にとっても本人にとっても有益だと思う」と気持ちを語った。

SNSでの誹謗中傷の抑止という点については、「彼にとってSNSが悪い意味で重要なものになってしまっている。多くの人に、(誹謗中傷することで)刑事責任を問われるリスクがある。そこまでして誹謗中傷をしたいか考えてほしい」と社会的に今回の事件が歯止めとして機能することを期待しているようだ。

「誹謗と批判を分けるガイドラインを国が作るべき」

一般社団法人関東交通犯罪遺族の会の松坂大輔弁護士は、「交通事故に限らず犯罪被害者が誰かの投稿で傷つくことは、大なり小なりある。表現の自由との兼ね合いで規制は慎重であるべきだが、今回のような形で社会に問題提起していき、適切なバランスをとれるようになっていくといい」とコメント。

また、今回の投稿内容には死者に対する侮辱も含まれているが、死者には人権が認められないため、侮辱罪も死者に対しては適用できない。だが、今回の公判で(松永さんの家族に対する)愛への侮辱が認められたのは意義のあることだという。

松永さんに対する誹謗中傷は今でもあるそうだ。「最近では、真菜さん、莉子ちゃんは生まれてきたからこんなひどい死に方をした、生まれてこなければよかった」などという投稿があったという。さらに、侮辱罪として罪に問われないギリギリの表現でしつこくつきまとうネットストーカー的な存在も数人いるとのこと。そうした、やまない誹謗に対して、松永さんは「批判と誹謗は違う。批判は社会に必要なもので真摯(しんし)に受け止めるが、明らかにそれを超える誹謗がある。誹謗と批判を分けるガイドラインを国が作るべきではないか」と問題提起した。

松永さんは意見陳述時の被告の様子を聞かれ、「私の目をしっかり見て真摯に聞いていた印象。しかし、裁判官から最後の一言を促された時、『自分は警察署に相談していたのに、相談していないことになったのは納得がいかない』と言い、意見陳述で彼が何を感じていたのかわからなかったのが残念」と答えた。

会見の最後に、「社会全体の話をすると、誹謗中傷で訴えられた人は、ほぼ全員がつらい経験を語るが、(中傷された人には)関係のないこと。すぐに人のせいにしていては更生できないので、そのことに(被告に)気が付いてほしい。その上で、社会のため、人のため、なにより自分のために生きてほしい」と被告に対するメッセージを投げかけた。

判決は、2023年1月13日に言い渡される予定だ。

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