ヤングケアラー支援の落とし穴 「真面目すぎる」日本人に足りないある視点

弁護士JP編集部

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ヤングケアラー支援の落とし穴  「真面目すぎる」日本人に足りないある視点
家族のケアに追われ、学業、進路、友人関係に影響が出る(buritora / PIXTA)

小学生、中学生、高校生の頃、遅刻しがちだったり、忘れ物が多かったり、季節に合わない服装をしている同級生はいなかっただろうか。彼らは、もしかすると「ヤングケアラー」だったかもしれない。

厚生労働省は、ヤングケアラーを「本来大人が担うと想定されているような家事や家族の世話などを日常的に行っている子ども」と定義している。2020年度に同省が実施した全国調査では、中学2年生の17人に1人がヤングケアラーだという実態も明らかになった。

前編「1クラスに2人が「ヤングケアラー」 頼る大人がいない子どもの知られざる実情とは?」では、ヤングケアリングが家庭内でなし崩し的に起こる傾向があり、日本では「少子高齢化の行きつく先」という危機感から急速に注目度が上がっていることを紹介。後編では、前編に引き続き『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)の著者である澁谷智子教授(成蹊大学文学部現代社会学科)に話を聞きながら、支援に向けた行政の取り組み、周囲の関わり方など、ヤングケアラー支援先進国であるイギリスから学ぶ具体策について紹介する。

厚労省×文科省、埼玉県の条例…行政の支援策とは

澁谷教授によると、イギリスでは民間団体やチャリティー団体が中心となり支援を行っているのに対し、日本では国や自治体が積極的に支援に乗り出しているという。

2021年3月には、厚生労働省と文部科学省が「ヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチーム」を発足。有識者、当事者、支援者へのヒアリングを経て、同年5月に「早期発見・把握」「支援策の推進」「社会的認知度の向上」を柱とした施策を取りまとめた。2022年度からは、当事者を支援につなぐためのモデル事業やマニュアル作成など、支援体制強化に向けた取り組みを始めている。

また国だけでなく、全国各地の自治体でも実態調査などが活発化している。中でも埼玉県では、2020年3月に「ケアラー支援条例」を制定し、先進的な取り組みとして注目された。澁谷教授の著書でも、この条例について「ケアをする人にもケアが必要」という考え方に基づき作られたものであると紹介。この条例のもと、中学校や高校でヤングケアラーについて学ぶ授業が開かれたり、ヤングケアラー同士が話をできるオンラインサロンが設けられたり、毎年11月の「ケアラー月間」に中高生向けのハンドブックが配られたりしているという。

イギリスに学ぶ「いじめ回避術」

ヤングケアラーの中には、自身が当事者であると気が付かず、一人で抱え込んでいるケースも少なくない。澁谷教授は「学校でヤングケアラーについて知る機会があることで『もしかして自分のことかもしれない』と思う子どもが一定数出てくる」と期待を寄せる。

また学校側も、彼らの存在を知り理解することで、たとえば遅刻や課題の未提出を“サイン”と捉えて、本人の話を聞く、家庭の事情を踏まえた配慮をする、支援の窓口につなげるといった対応ができるだろう。

一方で、もし自分がヤングケアラー当事者だったとしたら、周囲に家庭の事情を知られることに「怖さ」を感じるかもしれない。教職員はまだしも、同級生に「周りと違う」「特別扱いされている」などとうわさされ、いじめに発展するのではと不安な気持ちになりそうだ。

いじめ問題との関わりについて澁谷教授に疑問をぶつけると、「環境作りによる」として、イギリスのヤングケアラー支援の場で見たことを教えてくれた。

インタビューに応じる澁谷智子教授

「ある中学校の朝礼で、支援団体が『スージーの1日』という寸劇を披露していました。14歳の女の子スージーを演じるのは、その学校の教頭先生。まずはその“つかみ”で、生徒たちにドッと笑いが巻き起こります。

スージーは、心身ともに病を抱えた母、アルコール依存症の父、小さな弟の4人家族。朝起きると、弟にご飯を食べさせて、お母さんが薬を飲んだか確認して、弟を学校に送っていきます。学校に遅刻してしまったスージーは、課題をしておらず、体操着も洗っていなかったため、学校のみんなに笑われてしまいました。

『お母さんの薬』『弟の世話』など、スージーの抱えるケアは、一つ一つが“荷物”として視覚化されており、スージーを演じる大人の教頭先生でも抱えきれないほどの量です。ビジュアル的にも、14歳の子が抱えるにはあまりにも多すぎるものがその身にかかっていることが分かり、生徒たちはどんどんスージーに共感していきます。

スージーは寸劇の後半で支援につながることができ、それまでこぼれそうなほど抱えていた“荷物”が一つ一つ取り去られていきます。不安な気持ちもなくなり、最後にはグローブなど、子どもらしく遊べるものだけが残る…というストーリーです」(澁谷教授)

寸劇「スージーの1日」で使用された小道具(画像:澁谷智子教授提供)

寸劇が終わると、澁谷教授はある出来事に驚いた。

「一人の生徒がおもむろにみんなの前へ出て『僕はこの学校に通うヤングケアラーです』と宣言し、家でどんなケアをしているのか、どんな支援を受けているのかなど、自分の話を始めました。すると、自然発生的に生徒たちから拍手が起こったのです。そのとき『こういう環境ならいじめは起きない』と強く思いました」(澁谷教授)

澁谷教授は「『ヤングケアラー=大変な家の子ども』というイメージをベタッと貼ってしまうと、いじめのようなことが起きる」とも指摘する。

「必要に迫られた結果ではありますが、たとえば小学生なのに自分で料理を作って食べるなど、同世代ができないようなことがヤングケアラーにはできる。彼らが持っている力をしっかりと見せて、周りの子どもたちがその子をすごいと思い、努力に共感できる機会を作ることも大事だと思います」(澁谷教授)

真面目ゆえに…日本の支援に足りない「ある視点」

日本のヤングケアラー支援の動きは、今後ますます活発になっていくだろう。支援を求める人が多くなれば、求められる支援の内容も多様化していく。

「親に言語の問題があったり、精神疾患を抱えていたりするなど、独特なニーズを抱えているヤングケアラーたちへの支援も考えていく必要があります」(澁谷教授)

また澁谷教授は、日本人ならではの課題も指摘した。

「真面目であるがゆえに、支援する側が“仕事モード”でお悩みを聞くようなサポートになりがちです。子どもにとって他人に悩みを話すのは、ケアで疲れているのにさらに重い話をするということ。『さあ、困っていることを何でも話してください』と言われたとき、大人であれば自分の状況を整理しながら話ができるかもしれませんが、同じやり方で子どもから本音を引き出すことは難しいでしょう。

たとえばイギリスでは、毎年夏に『ヤングケアラーフェスティバル』というイベントが開催されており、訪れた子どもたちが移動遊園地、野外映画、音楽ライブなどを楽しむことができます。家族旅行やお出掛けが難しいヤングケアラーたちにとって、このイベントは子ども時代の貴重な思い出です。

ヤングケアラーフェスティバル(The Children’s Societyより)

ヤングケアラーフェスティバルのような大きなものでないとしても、必ずしもケアの話をしてもらうことが目的ではなく、子どもの体験を広げる、楽しい時間を過ごしてもらうといった目線のサポートが日本でも増えていくといいなと思っています。その先に、他人に打ち明けることができなかった本音が出てくるということもあるのではないでしょうか」(澁谷教授)

5月11日に出版された澁谷教授の著書『ヤングケアラーってなんだろう』では、ヤングケアラーの置かれた状況や支援についてより詳しく紹介している。

「ヤングケアラーたちが『子どもとしての時間』を充分に持てる環境を作っていくためには何が必要なのか。若い人たちも大人たちも、それを考え続けていくことで、少しずつ、社会は変わっていくのではないかと思います」(澁谷教授)

■ 書誌情報
ヤングケアラーってなんだろう
著者:澁谷智子
発行:筑摩書房
価格:760円+税

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