ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』9 ~削除請求を戦うための権利~

ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』9 ~削除請求を戦うための権利~

ノマドワーカーの聞き間違えで、「もう少し泳がせまーす」と返していたの、あれアドリブのやり取りですよね! そんな『石子と羽男』第8話(9/2放送)も、今どきの面白いテーマでした。特に、レビューサイトでよく書かれることに問題提起するというのは、かなり斬新なテーマだったと思います。

そんな諸々に関係しそうな基礎知識、考察、裏話などを、今回もコメントしていきます。

1. 削除請求権のソースってあるんですか? ~人格的利益の特定~

日本に、「削除請求法」のようなものはありません。法律家が強制的に求める結果を得るためには、何らかの法律の力を借りる必要があるのですが、そもそも条文がないのです。

ただ、判例で、「人格権」に基づく差止請求権という類型が認められているので(北方ジャーナル事件最高裁昭和61年6月11日判決民集40巻4号872頁)、削除請求もこれにあてはめて行われていることが多いです。

ところで、「人格権」とは何でしょうか? これも、条文では定まっていません。あえて条文をあげるなら、憲法13条のような包括的なものが手掛かりとなり、「人が社会生活上有する人格的利益を目的とする権利」とも定義され、名誉権とかプライバシー権とかが一般的に挙げられます。

今回、羽男くんは、「営業権」というカテゴリで主張していましたね。実は、営業権は「人格権には含まれない」と一般的には解されています。つまり、訴えを起こせるかという部分から、実は非常にハードルが高かったのが、今回のお話でした。

なお、人格権が認められている名誉毀損やプライバシー侵害の類型でも、侵害があっただけでは削除は認められません。その侵害行為に、「違法性阻却事由」という正当な理由がないことまでを、立証しなければいけません。

宮野真守演じる、いやーな弁護士が「表現の自由」とか言って来たら、表現の自由によって保護されないことを、訴える側が立証しなければいけないのです。「ないことの証明を求めるのは悪魔の証明だ」などという陳腐なセリフで鬼の首をとったかのように振る舞う人間がインターネットにはいますが、法律訴訟においては、主張の構造や証拠の所在に合わせて、「ないことの証明」が求められることも普通にありますので、覚えておいてください。

2. 営業権? プライバシー権? ~削除が認められるのに必要な法的利益の選択~

今回、羽男くんが選択したのは、「秘密保持に努めてきた隠れ家店」の営業権侵害でした。東京高裁平成3年12月17日判決(判時1418号120頁)は、被侵害利益が取引社会において法的に保護されるべき営業活動にとどまるときは、差止請求できないとも述べており、一方の営業権が侵害されたとしても、他方の営業権などの自由を禁止してまでも守る必要はなく、損害賠償請求で処理しなさいという温度感が強いです。

ただ一方で、業務に従事する人の人格権も包含した業務遂行権を根拠とした差止請求は、認められたことがあります(東京高裁平成20年7月1日判タ1280号329頁)。そもそも、判例上作られてきた条文に明示されていない権利と請求類型ですし、これらは最高裁判例でもないので絶対的なものではないのですが、人格権について差止めが認められているという基軸に寄せて、人格権との親和性があった方が理解を得やすいのは確かです。

今回主張されていたのは、少し言い方を変えると、「隠れ家の店が隠れ家のままでいられる権利」でした。これ、私は直感的にプライバシーに近いと感じました。

プライバシー権も、判例上定義されてきたものなのですが、一番初めに定義付けられた「宴のあと事件」(東京地裁昭和39年9月28日下民15巻9号2317頁)では「私生活上の事実」「私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがら」と、あくまでプライバシーは私生活に関するものとして意識されています。そのため、法人にはプライバシー権は認められないと考えられるなど、あくまで個人が主張するものという理解も強めです。

しかし、プライバシー権のルールは、「the right to be let alone」(ほっといてもらう)権利にあります。このようなルーツをたどると、隠れ家のお店の権利も、究極的にはプライバシー権の一種なのではないかとも私は考えます。名前は、プライバシー営業権でも、業務遂行権でも何でも良いと思うんですけどね。

そのため今回の事案は、人格権との親和性もあり、削除請求だって認められる可能性もある、少なくともそのような理屈をたてることはできた訴訟だったと思います。

3. 試合に負けて勝負に勝つ? ~主婦連ジュース事件~

「法律論では負けても目的は達せられる」というパターンは、実は新しいものではありません。自分も「law and sociology」(法社会学)の分野で読んだ英語論文で、社会運動との関係で各判決を読み解くものがあり、非常に感心したことがあります。

行政法を勉強した学生のほとんどが知っている『主婦連ジュース事件』はその代表です。ジュースを「無果汁」と表記しないことを問題視した主婦連合会が、表記について認定した公正取引委員会に不服申し立てをし、そもそもその違法性を主張する資格(原告適格)があるかというところが争点となりました。というのも、訴訟はあくまでその法的争いの権利利益に関係がある人が行うべきものであって、一般に問題提起を自由にして良いわけではないからです。

行政法を学んだ人は、原告適格が認められず負けた事件だと認識しています。一方で、法社会学の文脈では、これは勝った戦いに入っていました。今、ジュースに無果汁って表記されてますもんね。社会が動いて、結局制度はそのようになったのです。

今回も『石子と羽男』は、世論を味方につけて、企業イメージを突っつくことにより和解に持ち込みました。そのために、わざと民事裁判らしからぬ弁論のパフォーマンスまでやっていました。

法律が味方している時に勝てるのは当然で、「法律的には逆風な時でも、成果をしっかり依頼者にもたらそう」とする時、弁護士としてのクリエイティビティが発揮され面白いのだと、私も思っております。

杉山 大介
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