フランスの“安楽死”法案が「友愛の法」と名付けられた理由 マクロン大統領が強調する「死の支援法」の中身

盛永 審一郎

盛永 審一郎

フランスの“安楽死”法案が「友愛の法」と名付けられた理由 マクロン大統領が強調する「死の支援法」の中身
フランス国旗の赤色があらわす「友愛」の理念は、終末期医療にも関わる(georgemphoto / PIXTA)

3月10日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は現地の新聞2紙(ラ・クロワとリベラシオン)の独占記者会見において、新しい終末期医療に関する法律を「友愛の法」と特徴づけた。

※盛永氏へのインタビュー記事はこちら:安楽死の合法化で「滑り坂」が起きる? 安楽死制度を選択するオランダ社会の背景にある「自己決定権」を倫理学者が解説

なぜ終末期医療に関する法律が「友愛の法」なのか

周知のようにフランス国旗は青、白、赤の3色からなり、それぞれフランス革命の理念を象徴しているとされる。 青は自由、白は平等、赤は友愛を表す。マクロン大統領は終末期の新法を「友愛の法」という。それはなぜだろうか。

以下では、フランスの生命倫理の動きについて簡潔に見てみよう。

フランスは、2005年成立のレオネッティ法で、人工生命維持装置の使用を差し控え・停止する「消極的安楽死」を合法化し、それを「死ぬ権利」の一部として認めた。

さらに、四肢麻痺(まひ)でほぼ植物状態の男性の延命治療について争われた「バンサン・ランベール事件」を受け、「クレス・レオネッティ法」が2016年に成立。痛みを伴う終末期患者に対して、医師が消極的安楽死と「持続的で深い鎮静(CDS)」を組み合わせることが認められるようになった。

しかし、医師が不治の病に罹患(りかん)した人に致死量の薬物を投与する積極的安楽死は、フランスでは依然として違法とされた。そのため、クレス・レオネッティ法成立以後も、2021年にアラン・コックという男性がスイスにわたり支援自死を受ける事件などが起こった。

これらの動きのなかで終末期医療に関する市民会議が設置され、抽選で選ばれた184人が議論を重ねた。2023年4月2日には、「治療が難しい病気に苦しみ、個人の意思が確認できる患者」に薬物投与による「安楽死」や「支援自死」を認めることについて76%の参加者が賛成した、という報告書が提出された。

この報告書を受けたマクロン大統領は、翌日の4月3日に、安楽死や支援自死などを含めた終末期医療の在り方に関する法案を23年度夏ごろまでにまとめるよう、政府に要請したのである。

「しかしまだ、これをただちに導入するという約束はできない」とマクロン大統領は語っていた。

難病に苦しむ人への「共感」を示すための安楽死法

その後、夏を過ぎ冬が来ても動きはなかった。

遅々として進まない状況に対して、自らが喉頭がんを患い苦しんでいる、歌手のフランソワーズ・アルディが、2023年12月17日付で大統領に手紙を送り、「重病で回復の見込みのないフランス人が苦しみを止められるように」、われわれ(難病患者)に「共感」を示すよう、安楽死に関する議論を復活させるよう訴えた。

しかし12月20日の会見では、マクロン大統領は手紙に心を揺るがせられたとしながらも、「痛みにもっと寄り添いたい。そしてまずは“緩和ケアのフランスモデル”の“完成”を目指す」と、まだ慎重姿勢を示していた。

ところが冒頭で述べた2024年3月10日の記者会見では、先のアルディ氏をはじめ絶望的に苦しんでいる患者に、「共感」を示す形で、「友愛」の法、「個人の自律」と国家の「連帯」 を調和させる法として、一定の厳しい条件下で死の支援を求める可能性が開かれる法を作成すると述べたのだ。

「人道的に受け入れられない状況があるため変化が必要だ」とマクロン大統領は語った。

そして、慎重に言葉を選びながら、以下のように述べたのである。

「私たちは死の支援(aide à mourir, aid in dying)という用語を選んだ。それが単純で人道的であり、私たちが語っていることを定義しているからだ。安楽死 (euthanasie, euthanasia)という用語は、同意の有無にかかわらず、誰かの人生を終わらせる行為を指すが、ここでは明らかにそうではない。また、自殺を自由かつ無条件に選択する支援自死(suicide assisté, assisted suicide)でもない。新しい枠組みは、特定の状況において、正確な基準で、医学的決定が果たすべき役割を持つ可能な道筋を提案する」

「死の支援法」の特徴

つまり「死の支援法」とは、特定の状況にある患者に対して患者の意思を尊重し、死を支援する法だというのである。さらに、法の梗概について、マクロン大統領は以下のように語った。

1.適格条件:この支援は、不治の病に苦しむ成人(18歳以上)のみが利用できる。これらの人々は、すぐにあるいは近ぢか死に至り、耐え難い身体的または精神的苦痛を経験している。 したがって、判断能力を損なう精神疾患または神経変性疾患(アルツハイマー病など)の患者は、この支援から除外される。

2.プロセス:死の支援を希望する患者は48時間後に選択を再確認する必要があり、その後最長2週間以内に医療チームから回答が得られる。その後、医師は致死薬の有効期限が 3カ月の処方箋を発行する。その間は、患者は意思を撤回できる。

3.許可した場合:医療チームが許可した場合、致死性物質が患者に処方され、患者はそれを自己投与するか、身体的に無力な場合は第三者の援助を受けることになる。この第三者はボランティア、主治医、看護師などであり、投与は患者の自宅、老人ホーム、介護施設などで行われる可能性があるとしている。

4.許可されなかった場合:医療チームが患者の要請を拒否した場合、患者は別の医療チームに相談するか、異議を申し立てることができる。 v

このようにマクロン大統領は慎重に言葉を選びながら、フランスの「死の支援法」は他国における安楽死法あるいは支援自死法とは一線を画す法である、ということを強調している。

しかし、これから法案が立法化されていくなかでさらにその相違が明らかにされていくとしても、果たして、「死の支援法」はこれまでオランダをはじめとする国々で立法された安楽死法と異なるものなのだろうか。

梗概だけを見る限り、これまで立法された安楽死法とマクロン大統領が強調するフランスの死の支援法はそれほどの画期的な相違がないように、私には思われる。

「個人の自律」と「生命の尊重」は両立するか

確かに、フランスの「死の支援法」がアルツハイマー病や精神疾患に適応しないと最初に明言したことは、現実に安楽死法がある国ではこれらの精神的な苦悩に関しても安楽死が開かれつつある現状を考えると、他国とは異なるスタンスといえる。

しかし「認知症や精神疾患を明確に対象としない」とした法律は、アメリカのオレゴン州、ニュージーランド、オーストリアにもあり、フランスだけではない。

また各国の安楽死法において定義された安楽死とは、患者の支援の要請の意思の存在がまず第一の条件であったので、この「自律尊重」という点ではフランスの「死の支援」も内容的には独自のものではない。

さらに安楽死法の原理についても、各国が悩んできたのは、対立する「個人の自律」と「生命の尊重」の義務をいかにして調和させるか、ということだった。

「立法府は、一方で絶望的で耐え難い苦しみからの解放を期待する人々の人格的な自律性の重要性と、他方で個々の市民の命を守る政府の義務との間の適切なバランスを確保することを目的とした「ケアの要件」の特別なシステムを作成したいと考えていた」(オランダ法務長官控訴文書1.10.)。

そして、その解決として、オランダでは「思いやり」が挙げられていた(※)。この「思いやり」は、マクロン大統領が相違として強調する「友愛」と変わりがないと思われる。

※参照:『安楽死を考えるために―思いやりモデルとリベラルモデルの各国比較』(盛永審一郎、丸善出版、2023年)。

さらに言えば、スイスの「支援自死assisted suicide」も、「苦しみの救済」と「国家の法」とのギリギリのところで求められているのである。「支援自死は医師の仕事ではない」としながらも、「患者を苦痛から解放するためにという医師の良心からの行為のこのジレンマを否定するものではない」(スイス医科学アカデミー『終末期にある患者のケア』2004)としている。

マクロン大統領のフランス「死の支援法」が果たして、既存の各国の安楽死法または支援自死法とは異なる本当に独自な法となるのかどうか、フランスの法案の成立を待ちたい。

参照:La Croix, Entretien:Emmanuel Macron sur la fin de vie : « Avec ce projet de loi, on regarde la mort en face »Antoine d’Abbundo, Corinne Laurent (La Croix) – Laure Equy, Nathalie Raulin (Libération), le 10/03/2024 à 18:15 など

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