名古屋中1いじめ自殺訴訟、市が和解案に応じず賠償請求も棄却…「娘も『やっぱりね』って言うと思う」遺族の失望

渋井 哲也

渋井 哲也

名古屋中1いじめ自殺訴訟、市が和解案に応じず賠償請求も棄却…「娘も『やっぱりね』って言うと思う」遺族の失望
2018年に「いじめ」により命を絶った齋藤華子さん(撮影:渋井哲也)

3月19日、名古屋市に住む女子中学生が2018年にいじめを苦に自殺した事件で、遺族らが学校を管理する名古屋市に賠償を求めていた裁判が開かれ、名古屋地裁(齋藤毅裁判長)は遺族らの請求を棄却した。

2018年1月5日、名古屋市名東区で当時中学1年生だった齋藤華子さん(享年13)は自宅マンションから飛び降り、死亡した。遺族らは学校が“いじめ”に「何も対処しなかった」ことが原因だとして名古屋市を訴えていた。請求棄却を受けて、遺族らは控訴を検討している。

命を絶ったのはソフトテニス部の「合宿」の日だった

華子さんは、父・信太郎さん(52)の転勤で、17年9月1日、名古屋市名東区内の中学校に転校。11月からはソフトテニス部に入部した。部活はハードで、土日も平日もほぼ休みなし。土日は午前8時から午後4〜5時まで練習だった。

入部の際には、ルーズリーフに手書きで書かれた詳細な部活内の“ルール”を手渡されていた。

その中には、病気やけがで休んだとしても、理由を問わず、グランド3周を走る“罰則”などがあった。しかも、休むたびに3周ずつ追加されていく。挨拶も他の部活より厳しく、先輩が気づくまで挨拶し続けなければならなかった。こうした“ブラック規則”と思われるルールにより休みにくい雰囲気があり、退部する生徒も多かった。

11月後半、華子さんが部員Aに練習相手を頼んだが手伝ってくれず、無視されるということが起きた。A以外も華子さんの練習を手伝わなかったという。

また、雨の日に練習のため学校に行ったが「誰もいなかった」こともあった。詳細な“ルール”は手渡されていたのに、華子さんだけが知らないことがあった。

そして、ソフトテニス部の合宿が行われる18年1月5日の朝、華子さんは命を絶った。

華子さんが飛び降りた自宅マンション(撮影:渋井哲也)

「無視されているのを見た」生徒証言も“重大事態”認定されず

信太郎さんらは“いじめ”を疑い、学校に対し生徒へのアンケートを要望。記名式で行われたアンケートで、「(華子さんが)ある生徒を怖れていた」「ある生徒が(華子さんの)入部に反対した」「無視されているのを見た」など、いじめがあったことを窺わせる回答があった。

しかし華子さんの自殺をめぐっては、学校や市教育委員会は、当初「いじめ重大事態」と認定していなかった。18年5月になって、「重大事態」と認定。いじめ対策検討会議を開いたが、19年4月の報告書ではいじめ行為を認定せず、自殺の原因を「部活動の疲労が蓄積し、合宿へ行くことに不安を感じ、行き場を失った」とした。

遺族は、調査が不十分だとして再調査を求め、21年7月に出された再調査報告書では、「いじめだけが自殺の原因ではないが、一因になった」として、部員によるいじめが認定された。

翌8月、河村たかし市長と鈴木誠二教育長、当時の校長、担任、部活動顧問らが、華子さんの自宅を訪れ、遺族に謝罪した。

その翌年7月19日、信太郎さんは学校の「安全配慮義務違反」があったとして名古屋市に1540万円の賠償を求め提訴。しかし、冒頭の通り、今年3月19日、名古屋地裁によって訴えは棄却された。

名古屋地裁「義務を負っていたものとはいえない」

判決で名古屋地裁は「(華子さんが亡くなる前の)17年12月当時、本件いじめを具体的に認識することができたとはいえないから、直ちに本件生徒に丁寧な面接をしたり、養護教諭に引き合わせたり、本件生徒の両親に十分な説明をしたり、教員同士で十分な情報共有をしたりすべき義務を負っていたものとはいえない」「体制を準備したとしても、直ちに今回のいじめを予防したり発見したりすることができたとは認めがたい」などとして訴えを退けた。

また、華子さんの死亡直後、校長が信太郎さんに対し、自殺を否定する次のような発言をしていた。

「(華子さんは合宿に行こうとして)誰もこないので、あれおかしいなということで一旦家まで戻って(中略)あれどこかなと思って結局9階まで上がって皆の集合場所どこかなと思って無防備にあそこから見(て落ち)たのかなと僕は思ったんですよ」

この校長の発言について裁判所は、「遺族に対する配慮が不足していた」としながらも、「その時点においては、不適切であったとは必ずしも言えない」と判断した。

名古屋市は和解を“拒否”していた

華子さんのジャージを手に取る父・齋藤信太郎さん(撮影:渋井哲也)

判決後、筆者の取材に対して、信太郎さんはこう話した。

「判決文は、“問題があってもいい”と、学校がいじめに対応しないことを容認している内容になっている。“たしかにおっしゃるような事実はあるけれど、法的責任はないんだよ”の繰り返し。娘も、『やっぱりね』って言うと思います。名古屋市からは、子どもの命に対しての真剣度や重大性みたいなものを感じたことがないですが、それが露呈した裁判じゃないかと思っています」

実は裁判の結審後、裁判所は和解案を示していたといい、2月7日、非公開で協議が行われた。信太郎さんは和解案に応じようとしたが、市側が応じなかったため、和解は不成立となっていた。

「僕らもやりたくてやっている裁判ではない。和解協議にしても、我々は(裁判所の案を)全面的に飲みますと伝えましたが、市側は一切飲まないと。その理由を聞くと、名古屋市は個別の案件には対応しないというもの。それと、私と『約束するのが重いから』などと言っていました。さすがに裁判所も理解できないと言っていました。結局、最初から最後まで市側は全否定。判決の時、被告席には誰もいませんでした」(信太郎さん)

信太郎さんは「気持ちとしては今すぐ控訴したい」としつつ、「戦うにも精神力や資金など体力が必要です。家族とも相談します」と控訴についてはこれから検討するとした。

華子さんの死、岸田首相も「ご遺族に寄り添い対応」答弁

華子さんの死に関しては、参議院決算委員会(23年6月13日)でも取り上げられている。

遺族が委員会質疑を傍聴する中、日本維新の会・梅村みずほ議員の質問に答えるかたちで、岸田文雄首相が「いじめを背景とした自殺の事案が発生した場合、ご遺族の事実関係を明らかにしたい、何があったのかを知りたい、こうした切実な思い、これを理解し、ご遺族に寄り添い対応に当たることはきわめて重要な姿勢であると認識をいたします」と答弁していた。

「立憲民主党 国会情報」YouTubeチャンネルより

「声を上げるのをやめたら、結局、何も変わらない。“それっておかしいよね”と誰かが言わないといけない。私はやっぱり、生涯、言い続けるんだと思います。第2第3の娘(と同じ状況の子ども)が生まれ、悲しむ遺族が増えることは防ぎたい。

いじめ防止対策推進法(※)は10年以上も改正されていません。ないよりはマシですが、自治体ごとにいじめの解釈も違う。今のままでは絵に描いた餅ではないでしょうか」(信太郎さん)

※現行のいじめ防止対策推進法では、いじめを処罰する罰則は設けられていない。また、同法によるいじめの定義と、賠償請求が可能ないじめの範囲は異なっている。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア