社内チャット語尾の「。」が部下に圧力? 弁護士も困惑“マルハラ論争”意外な落としどころ
テレワークが浸透し、社員間のやり取りの大半が社内チャットという職場も珍しくなくなった。ところが、短文での細切れコミュニケーションが当たり前になったことで、あらぬミスコミュニケーションが発生している。そのひとつが「マルハラスメント」だ。語尾の「。」を若者世代が「怖い」と感じるという。SNSとはいえ、通常の日本語でのやり取りで”ハラスメント”が生まれうる――そんな職場で、円滑にコミュニケーションを図るためにどんなことを意識すべきなのか。あえて俯瞰してその解を探ってみる。
2月前後に突如ネット上に登場
そもそも、「マルハラスメント」という言葉はいつごろ発生したのか…。実は今年2月前後に一部メディアが取り上げ、以来、著名人の発言などと絡められながら連日メディアをにぎわせるようになり、いつのまにか知られる言葉になったに過ぎない。
たとえば、歌人の俵万智さんは、X(旧Twitter)に「優しさにひとつ気がつく ×でなく○で必ず終わる日本語」とポスト。マルハラ論争に俵さんらしい、”回答”でモヤモヤ層をうならせた。キャスターの小倉智昭氏は、出演したテレビ番組でマルハラに言及し、「俺は正しい日本語で句読点を打って、丸をつけたりするのに。そこを『ww』(わらわら)にしろって?ふざけるな」とぼやいた。
登場当初のSNS上の書き込みをみても、「それが社会の常識ではない」という否定的なものが大半だった。「20代」として書き込まれたコメントでさえ「仲間内だけの話。仮に友達からのメッセージに『。』がついていたとしても、『この人普段から作文みたいなかしこまったメッセージを書く人なんだ』で終わるので『マルハラスメント』だとかは思いません。メディアが勝手に拡大解釈して言っているだけ」とズバリ指摘している。
いつ頃から"火種"はくすぶっていたのか
ではなぜ、「マルハラ」議論はすぐに鎮火せず、拡大していったのか…。その根拠となりうるデータがある。ビジネス用チャットツール「LINE WORKS」を提供するLINE WORKSが20代、30代を対象に実施した調査結果だ。
ひとつは「在宅勤務時のコミュニケーションに関する意識調査」。その中でたとえば、在宅勤務時での連絡・コミュニケーションでストレスを感じることがあるかという質問があり、それに対して、「ややある」を含め、72.9%が「感じる」と回答。その相手の1位は上司(57.4%)で、理由の1位は「テキストでニュアンスが伝わらない」(54.5%)となっている。
別の「ビジネスチャットにおける新入社員のスタンプ利用に関する意識調査」では、 新入社員から上司へのスタンプ送信を55.2%の上司が肯定的としたものの、 仕事のミスに対する謝罪スタンプについては、利用OK33.5%に対し、利用NGが48.7%と上回る結果となっている。
上記2つの調査が実施されたのは20年、21年。まさにコロナ禍、社内チャットによるコミュニケーションが急速に浸透し始めたタイミングと重なる。このころすでに、職場における上司との社内チャットでのやり取りにおいては、とくに若者側がギクシャクを感じている痕跡がハッキリ見て取れ、ずっとモヤモヤはくすぶっていたのだ。
「マルハラ」したらどんな法的問題がある?
ではいま、マルハラで当該の社員が弁護士に相談した場合、法的な問題はあるのか。念のため、労働問題に詳しい弁護士にも聞いてみた。
「初めて聞いたときは驚きました。そんなハラスメントがあるのかと。念のため事務所の20代のバイトの子に聞いてみても『ない』との回答。法律的にも問題になることはないですよ。もし仮に、”マルハラ”について相談されても、上司はそんなつもりはないでしょうし、そのことであなたを注意することはないでしょうといった回答くらいしかできないですね」。こう率直に明かしたのは松井剛弁護士だ。
松井弁護士は続けて次のように補足した。
「時代の移り変わりとともに常識は変わっていきます。その意味で、30年後、もしかするとチャットの末尾に『。』をつけているとハラスメントになっているかもしれません。話題の昭和と令和のギャップをテーマにしたドラマのように、過去の常識が現在の非常識になる可能性はあります。ただ、いまはそうじゃないです」
松井弁護士はドラマ『不適切にもほどがある』(TBS系)を引き合いに出し、いまの常識がガラリ一変し、30年後には「マルハラ」がハラスメントの一つとなっている可能性を否定しなかった。
その上で、「マルハラについては、そのことを気にする前に、まずは組織でいかに円滑にコミュニケーションを図るかを考えることが大切。上の世代は適宜、状況を見極めながら自分をアップデートする必要があるでしょうし、下の世代は自分が感じたことが果たして他の人はどう感じているのかまで考えを巡らせるよう意識する。お互いがそうやって歩み寄る姿勢でいれば、ひいては組織全体のアップデートにもつながっていくのではないでしょうか」(松井弁護士)と助言した。
チャットの円滑利用にガイドラインを発行する組織も
実際に、職員間のチャットコミュニケーションを少しでも円滑にしようと、時代の変化にキャッチアップする取り組みを進めている組織もある。そのひとつ、新潟県三条市は、職員が共通認識を持つべく、社内チャット利用のガイドラインを発行している。
そこには、
・相手の名前や「お疲れ様です」などの慣用句は入れない
・「了解しました」などの慣用的な返信は不要
・スタンプや既読がついたことで確認済とする
・上司に対するスタンプ利用はビジネスマナー違反に該当しない
など、共有していなければ、認識の齟齬やトラブルに発展しそうなミスコミュニケーションを先回りして予防するルールが記載されている。
社内チャットツールを提供する側もただこの状況を静観しているわけではない。前出のLINE WORKSは、「使っていただく上でハラスメントやそれにつながるようなことはもちろん避けたいと考えています」として、表現力豊かなスタンプを豊富に用意し、チャットコミュニケーションの円滑化に企業努力を惜しまない。
もともとは友人や気心の知れた仲間との伝達ツールとして拡がったチャット。それが、コロナ禍を経て、社内の伝達ツールとしても浸透。メールにビジネスメールがあるように、チャットにも職場で使うには最低限のマナーが求められるところで、そこが十分に整備され切っていない…。マルハラ論争は、その過渡期にひずみが顕在化した。それが、”深層”といえそうだ。
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