「知床沖観光船沈没事故」会社等の略式起訴が発覚… 遺族の1人は「認定死亡」を申請

小林 英介

小林 英介

「知床沖観光船沈没事故」会社等の略式起訴が発覚… 遺族の1人は「認定死亡」を申請
ありし日の有限会社知床遊覧船の「KAZUⅠ」(岡 信行 / PIXTA)

2022年4月、北海道・知床半島沖で観光船「KAZUⅠ(カズワン)」が沈没し、乗客と乗員合わせて20人が死亡、6人が行方不明になった「知床観光船沈没事故」。今年4月には事故から2年を迎えるが、今も捜査が進められている。

「船が沈没しそう、助けて」、緊迫の無線通話

国土交通省運輸安全委員会が23年9月4日に公表した事故の報告書によると、事故は22年4月23日の13時26分ごろに発生。船には船長と甲板員1人、乗客24人の計26人を乗せ、同日10時頃にウトロ漁港(北海道斜里町)から出航した。

11時30分ごろ、遊覧を終えた「KAZUⅢ」の船長から「風が出てきた」旨のことを聞いた職員は「KAZUⅠ」が心配になり、同船船長に対して連絡を3回も試みたが、電話はつながらなかった。ただ、この話を聞いた別の会社の従業員が、事務所の無線からの通信を試みたところ、13時7分ごろに「カシュニ付近にいる」旨の返答があったという。

その後、無線から「浸水している」「救命胴衣を着せろ」といった内容の音声が聞こえたといい、船内が混乱に陥っている様子だったと推察される。船長との無線通話で「(船が)浸水してエンジンが止まった。船が沈没しかけている。助けて」と伝えられ、13時13分ごろに海上保安庁に118番通報した。

そして4月29日、海上自衛隊の掃海艇が水中カメラで捜索を行っていたところ、カシュニの滝付近の海底で船体を発見。船には「KAZUⅠ」の文字があり、塗装等も同じだったことから、同船だったと確認された。

船体が沈んでいたカシュニの滝付近(uchida / PIXTA)

「経験・知識不足」「名目で運航管理者に就任しただけ」、報告書で指摘

報告書では、事故の主な原因について以下のように結論をまとめている。

(1)1mを越えた波が船を揺らし、甲板にあるハッチ蓋が開いたため、そこから上甲板下の船首に海水が流入。機関室や舵機(だき)室等へと浸水が拡大して浮力を喪失し、沈没した。なお、甲板のハッチ蓋が閉まっていなかったのは、十分な点検・保守整備がされておらず、目視のみで判断したこと等によるもの。

(2)「KAZUⅠ」の船長が知床半島西側海域の気象や海象(海で発生する自然現象※編集部注)の特性、本船の操船への影響に関する知識・経験がなかったこと。

(3)「KAZUⅠ」の運航会社である「知床遊覧船」の社長は、船に関する知識も経験もなく、船長に対して助言等の援助を行う能力もなく、名目で安全統括管理者兼運航管理者に就任しただけ。ほとんど事務所に勤務していなかったことや、事務所には運航管理者職を代行する運航管理補助者もいなかった。そのため21年以降、会社には実質的な運航管理体制が存在していなかった。会社の運航管理体制の欠如は、事故の発生に重大な影響を及ぼした。

(4)21年に北海道運輸局が、「社長を安全統括管理者兼運航管理者に選んだ」という届け出が行われた際の審査や監査にて、会社の安全管理体制の不備を把握し、改善を図ることができなかった。それが脆弱(ぜいじゃく)な安全管理体制のまま「KAZUⅠ」の運航を継続していたことにつながった。

運輸安全委員会は、船長の知識不足や「知床遊覧船」の社長を「名目で社長に就任しただけ」と指摘。会社の運行を管理する体制がなかったことにより、今回の事故に大きな影響を及ぼしたと結論付けた。

沈没したKAZU1船首甲板部の形状(「船舶事故調査報告書」運輸安全委員会より)

「大変申し訳ない」社長は土下座謝罪も、聴聞では「国にも責任ある」

事故から数日後の4月27日、「知床遊覧船」の桂田精一社長が斜里町内で記者会見を開いた。

「この度はお騒がせして大変申し訳ございませんでした」

会見の冒頭、桂田社長はこう話し、10秒ほど土下座した。

「当社としては被害者の方々を捜索するため、できうる限りの限りを尽くしていく。また今後、被害者の方々のお気持ちを第一に考えて対処するとともに、事故の原因究明に向けての協力を全力で行っていく」 

土下座までして謝罪の意思を見せた桂田社長。ところが、その後のとある出来事で火に油を注ぐことになってしまう。

国土交通省北海道運輸局は22年6月14日、「知床遊覧船」側から意見を聞く聴聞を実施。会社の運航許可を取り消すか否かを検討していた。聴聞には「知床遊覧船」側からは誰も出席することなく手続きが進められた。この際、事前提出された陳述書をもとに聴聞が実施されたが、陳述書の中には「責任は監督官庁である国にもある。事故の責任を会社だけに負わせるのはおかしい」旨の不満がつづられていた。

「責任は国にもある」。

この発言について報道された後、ネットでは批判の嵐だった。それはそうなのかもしれないが、会社側が「責任は国にもある」と指摘するのはお門違いも甚だしい。では、あの土下座は何だったのか。社長にはこの問いに答える責任があるだろう。

運航会社等の略式起訴が明らかに、社長は本気で遺族に向き合え

事故から間もなく2年を迎えるなか、事故当時7歳だった息子と42歳の元妻がいまだ行方不明となっている男性が、息子の認定死亡申請をしたことが明らかになった。

2月16日の朝日新聞の記事によると、男性を含む遺族らは「知床遊覧船」と桂田社長を相手取り、損害賠償を求めて今年の春に集団訴訟を起こすという。記事によれば、男性は「昨年11月、知床観光船事件被害者弁護団から訴訟への参加意思を確認され、原告になるには、遺族でなければならないとして決断した」としている。

一方、桂田社長は21年、船員に対して雇用契約書を渡していなかったとして、船員法違反の疑いで略式起訴。知床遊覧船も海上運送法違反で略式起訴されていたことが明らかになっている。桂田社長にはひとごとではなく、遺族、そして起きた事故に対して本気で向き合ってほしい。

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