死産後、母たちは絶望の淵で逮捕される…ベトナム人技能実習生の最高裁上告に見る“法律の穴”

弁護士JP編集部

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死産後、母たちは絶望の淵で逮捕される…ベトナム人技能実習生の最高裁上告に見る“法律の穴”
死産した双子の赤ちゃんにリンさんが宛てた手紙(画像:リンさんの代理人・石黒大貴弁護士提供)

自宅で死産した双子の赤ちゃんを遺棄したとして逮捕・起訴され、1審・2審ともに有罪判決を受けたベトナム人技能実習生の女性レー・ティ・トゥイ・リンさん(23、以下リンさん)が、4月11日、無罪判決を求めて最高裁に上告趣意書(※1)を提出した。

(※1)上告の理由を記載した書面。上告後、最高裁が指定した期限までに提出する必要がある

この事件は、表面上は「死体遺棄事件」だ。しかしその背景には「外国人技能実習生を受け入れる日本社会のあり方」「孤立出産・死産に対する法律の穴」という二重の問題が潜んでいる。

妊娠を明かせないまま、双子の赤ちゃんを死産

熊本県内のミカン農家で技能実習生として働いていたリンさんは、ある日、パートナーとの子を妊娠していることに気が付く。しかし、強制帰国を恐れて雇用主や監理団体に事実を明かせないまま、2020年11月15日午前9時頃、自宅で双子の赤ちゃんを死産した。

産後の疲労と死産のショックのなか、リンさんは「血まみれの布団の上で子どもたちを冷たくさせることはできない」と、タオルで包んだ遺体を“棺”に見立てた段ボール箱に入れて、セロハンテープで蓋を閉じた。母国ベトナムには、棺をドア近くに置く風習があることから、自宅ドアのそばにあったキャビネットに安置し、その晩は二児の遺体とともに過ごしたという。

二児の遺体を安置したキャビネット(画像:リンさんの代理人・石黒大貴弁護士提供)

ところが翌日(16日)、リンさんの異変に気が付いた監理団体の担当者とともに訪れた病院で医師に死産の事実を告げると、19日に死体遺棄容疑で逮捕される。12月10日に死体遺棄罪で起訴後、2021年7月20日に熊本地裁が「懲役8月、執行猶予3年」の有罪判決を、2022年1月19日に福岡高裁が「懲役3月、執行猶予2年」の有罪判決を下した。

「男女雇用機会均等法」は本来、技能実習生にも適用される

リンさんは妊娠の発覚による強制帰国を恐れ、雇用主にも監理団体にも打ち明けることができなかった。しかし本来、技能実習生には日本人の労働者と同様に労働関係法令等が適用されることになっている。よって、妊娠を理由とした解雇など不利益な扱いをすることは、日本人と同じように「男女雇用機会均等法」で禁止されている。

労働力不足にあえぐ現在の日本で、技能実習生を含む外国人労働者は必要不可欠な存在だ。だからこそ、持続的な雇用関係を築くことは急務であるはず。

入管、厚労省、外国人技能実習機構は、実習実施者や監理団体に対し「妊娠等による不利益取り扱いの違法性」について、繰り返し通知を行ってきた。しかし、参議院議員・牧山ひろえ氏が厚労省に問い合わせた結果によると、妊娠・出産を理由に技能実習が困難になったケースのうち、技能実習を再開できた成功事例はわずか1%(2021年9月公表)。思うように改善が進んでいないのが現状だ。

自治体や警察に助けを求めると、死体遺棄容疑で逮捕される

死体遺棄罪は、刑法第190条で「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する」と定められている。

一連の裁判で争点となったのは、死産後にリンさんがとった行動が「遺棄にあたるか」ということ。リンさんと弁護団は「双子の子どもたちの体を傷つけたり、捨てたり、隠したりしていない」と無罪を主張しているが、過去には日本人が死産後に逮捕された事例でも、「死体遺棄罪」に当てはまるのか議論を呼んだケースがある。

以下は、リンさんの弁護団が運営するサイト「孤立出産.jp」で紹介されている事例だ(年齢はいずれも当時)。

  • 2021年9月/香川県
    妻(22)が自宅で流産したものの、かかりつけ医が臨時休診中だったため、遺体が腐敗しないよう袋に包み、冷蔵庫に入れた。夫(26)が自治体に助言を求めると、自宅に警察が訪れ、夫婦とも死体遺棄容疑で逮捕された。
  • 2020年12月/東京都
    女性(26)は死産後、「こうのとりのゆりかご」「内密出産」で知られる熊本県の慈恵病院に「死産したがどうしていいか分からない」と相談した。慈恵病院は警察に女性の保護を求めたものの、警察は死体遺棄容疑で女性を逮捕。慈恵病院の院長は「保護を優先し、事情を慎重に聞くべきだった」と警察を批判した。

なお、上記の事例はいずれも不起訴となっているが、リンさんは起訴され、有罪判決を受けている。その理由について、リンさんの代理人・石黒大貴弁護士は、「不起訴事案は検察側から見て犯罪の成立が立証できない場合(嫌疑不十分)もあれば諸事情を考慮して不起訴にした場合(起訴猶予)もあるため、不起訴の理由としては正確なことはわからない」とした上で、以下の考えを述べた。

「リンさんの場合は、外国人であるということと孤立出産、ベトナムにおける文化(土葬文化であり、死産した場合家庭内のみで弔うことが多い)に対する無理解があったからと考えています。つまり、他の不起訴事案で私が確認する限りでは、孤立出産であるという事情で、慈恵病院が声を上げたケースやベトナムの文化について捜査機関が調査し、不起訴にしている事案が見受けられます」

「妊娠・出産の責任をすべて女性にのみ負わせて罰しようとする差別がある」

病院外で突然死産・流産してしまった人たちが死体遺棄容疑で逮捕されるケースが相次いでいることについて、上告趣意書提出後に記者会見を開いたリンさんの弁護団は「現在のところ、彼女たちがどうすれば死体遺棄罪に問われないのかは、判断がなされていません。今の運用では、警察が赤ちゃんの遺体を『隠した』と判断すれば逮捕できてしまう。個々のケースによってかなりバラつきがありますし、恣意的にもなります」と問題視した。

また、その背景として「婚姻外で出産する女性への差別や、妊娠・出産の責任をすべて女性にのみ負わせて罰しようとする根深い差別がある」と指摘。

「本件については形だけ見れば死体遺棄罪で、しかも刑罰はそこまで重くない判決(1審:懲役8月、執行猶予3年/2審:懲役3月、執行猶予2年)が言い渡されていますが、その根底にはものすごく深い問題がある。今回、リンさんが上告することで、孤立出産・死産、そして外国人技能実習生を受け入れる日本社会のあり方への問題提起として、最高裁がモデルを示すような形で無罪判決を出してほしいと思っています」と語った。

上告趣意書の提出後に記者会見を開く弁護団。リンさんもオンラインで参加した(4月11日 霞が関/弁護士JP編集部)
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