「パワハラ」「職場内いじめ」でパート職員が自死。使用者「生活協同組合ユーコープ」の責任を問い遺族が提訴

弁護士JP編集部

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「パワハラ」「職場内いじめ」でパート職員が自死。使用者「生活協同組合ユーコープ」の責任を問い遺族が提訴
左から岩村智文弁護士、被災女性の遺族(夫)、川岸卓哉弁護士(1月17日都内/弁護士JP編集部)

1月17日、厚労省にて、勤務していたスーパーマーケットで起きたパワーハラスメントが原因で女性が自死した事件の使用者責任を問い、損害賠償を請求する民事訴訟が横浜地方裁判所に提起されたことを発表する会見が行われた。同事件については、すでに横浜南労働基準監督署によって労働災害として認定されている。原告は女性の遺族、被告は生活協同組合ユーコープだ。

「職場内いじめ」が原因でうつ病を発症した末の自死

自死事件の被災者である女性は、2009年(平成21年)から、ユーコープが運営する横浜市内のスーパーマーケットの店舗にパート社員として勤務していた。2020年(令和2年)1月に「リーダーパート」(パートの管理職)という職位の候補者として青果部門に配置転換された女性は、青果部門の上司からパワーハラスメントを受けるようになり、2021年(令和3年)1月に自殺した(死亡時53歳)。

被災者が生前に精神科などに通うことはなかったが、横浜南労働基準監督署が被災者の死亡後に調査を行った結果、2020年10月頃からうつ病の症状が出ていたと認定された。同労基署は、上司による「人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性のない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃」や「必要以上に長時間にわたる厳しい𠮟責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、様態や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」が執拗(しつよう)に行われたとしてパワーハラスメントの事実を認め、労災と認定した。

被災者の上司は、青果部門に被災者が異動してくる以前にも、怒鳴ったり高圧的な態度をとったりするなどのパワーハラスメントを繰り返していたという。通常、生活協同組合ユーコープが運営するスーパーマーケットの業務は各店舗に共通のマニュアルが整備されるなどして標準化されている。しかし、上司はマニュアルの使用を拒否し、独自のやり方を部下に対して理由を説明することなく一方的に指示し、部下がそれに反するやり方をした場合には厳しく執拗に叱責する、という指導を長年にわたって行っていた。結果として、上司が青果部門のリーダーとなった2012年以降、少なくとも9人の部下が青果部門からの異動や離職を余儀なくされている。

被災者に対しても、周囲に聞こえるような大声で「ふざけんな」と叫ぶ、朝礼の場面で被災者の不備を責める、質問と命令を矢継ぎ早に言う、「うそつき」「仕事ができない」と人格否定を行う、バックルームにて他の同僚の面前で叱責するなどの職場内いじめが行われたことが確認されている。また、以前は被災者と仲の良かった青果部門の同僚も上司に同調して被災者の悪口を言うなど職場内いじめに加担して、被災者は職場内で孤立していくことになった。

うつ病の症状が出るようになった被災者は、家族や同僚に「悪いのは私」「私みたいなダメな人間は生きていていいのかな」「自分が死んだら上司の言動も変わるかもしれない」と語るなど、自己を否定するような言動が目立つようになる。2020年12月の後半からは毎朝パニック状態になり、「仕事に行きたくない」と夫を起こすようになったが、「休むとその後の叱責が怖い、いやだ」「今やらないと、頑張らないとほかの人に迷惑がかかる。辞められない」と言って職場には通い続けた。

被災者の夫は妻について「太陽みたいな人間だった」と表現して、自分のことを後回しにしても家族のことを大切にする人間であったと語った。結婚前は証券会社に勤めており、青果部門に異動する前にも引き継ぎを丁寧に行うなど、仕事の場でも他人に対する気配りを欠かさない女性であったようだ。女性がうつ病を発症した後にも夫は相談を聞き続け、職場を辞めることも勧めていた。「(2020年)1月4日に病院(精神科)に行こう」とも約束していたという。

しかし、年明けの初出勤日前である1月3日の早朝に、被災者は自宅で自死。前年度の最終勤務日である大晦日の退勤時にも、上司が被災者に対して嫌みを言ったり一緒に働くことは嫌だと伝えたりするなどのハラスメントが行われていた。

ハラスメントに対応しなかった店長の安全配慮義務違反

問題の店舗には20名以上のパート職員が勤務していたが、正社員は店長の1名のみ。店長は被災者と上司との間で三者面談を実施するなどの対応は行っていたが、青果部門のベテランであった被災者上司に対して強く物を言うことができない状況にあったことから、「被災者の業務の習熟に問題がある」と結論付け、ハラスメントを防ぐための適切な措置を取るには至らなかった。

労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)や厚労省の「パワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置などに関する指針」では、職場でパワーハラスメントが確認された場合には、被害者に配慮するための措置を速やかかつ適正に行うべきとされている。具体的には、「被害者とハラスメント行為者の関係改善に向けての援助か両者を引き離すための配置転換」、「被害者の労働条件上の不利益の回復」、「被害者のメンタルヘルス不調への相談対応」などの措置が挙げられる。

訴訟では、自身もハラスメントの現場を目撃しており他の職員からも相談や通報を受けていたにもかかわらず、上記のような措置を取らなかった店長の安全配慮義務違反も問われることになる。

遺族・弁護士はユーコープの不誠実な対応を批判

職場におけるハラスメントは個人間の問題であると同時に労働者と使用者(企業など)の間の問題でもあり、ハラスメントに対する損害賠償についても、直接の加害者と使用者の両方に対して請求できる場合がある。

今回の訴訟代理人である岩村智文弁護士も、原告である被災者遺族に、上司にも損害賠償を請求することを勧めていた。しかし、「組織の責任を問いたい」と遺族が望んだことから、使用者である生活協同組合ユーコープのみを被告とする民事訴訟が提起されることになった。

遺族と代理人弁護士らは、訴訟の前から、ユーコープに対して対話を求めていた。しかし、労基署によって労災が認定された後にも、「自社で調査をしたところ、パワーハラスメントの事実は確認されなかった」という返事は変わらず。弁護士が内容証明郵便を提出しても回答を拒否することを数度繰り返すなど、遺族の感情を逆なでする対応をとり続けたという。訴訟代理人の川岸卓哉弁護士は、ユーコープの対応には「責任を認めたくない」という態度が感じられると語った。

ユーコープのホームページには、「基本的価値」として「自助、自己責任、民主主義、平等、公正、連帯の価値を基礎に正直、公開、社会的責任、他人への配慮という倫理的価値を大切にします。」と明記されているほか、「倫理綱領」では基本的人権を尊重すると述べられている。これについて会見で配布された資料では、「自らが掲げる生活協同組合の理念に反し、労働者の命を軽視し、パワーハラスメントによって自死に至った職員がいることから目を背け、その社会的責任から頑なに逃れる姿勢をとり続けている」と批判されていた。

また、ユーコープが経営する店舗の多くは、事件のあった店舗と同じように僅かな正社員と多くのパート職員という体制で運営されている。同様のことは他の組合や企業が運営する多くのスーパーマーケットにも当てはまる。弁護士らは、今回の訴訟は「パート間のパワハラをどうやって防ぐのか」ということや「今後、職場をどうしていくか」を問うものでもあるとして、パワーハラスメントの問題に対して組織が負う責任を問うことの社会的意義を強調した。

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