「やっていけん」入社後6か月の新入社員が自死 労基・地裁「労災認めず」も高裁で母親勝訴…判断が分かれた理由とは?

林 孝匡

林 孝匡

「やっていけん」入社後6か月の新入社員が自死 労基・地裁「労災認めず」も高裁で母親勝訴…判断が分かれた理由とは?
上司に風俗店の予約まで取らされていた(Yokohama Photo Base / PIXTA)

入社して6か月で...自ら命を絶ってしまった新入社員の事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)

新入社員の母親は労災申請をしましたが、労働基準監督署が認めなかったため。提訴するも、地裁にも認められず。しかし! 高裁で労災認定されました。(国・津労基署長事件:名古屋高裁 R5.4.25)

以下、詳しく解説します。

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部会話に変換しています

当事者

■ 会社
中部電力株式会社

■ Xさん
・入社1年目
・営業部法人営業グループのソリューションスタッフ

事件の概要

平成22年4月1日に入社して、わずか6か月で...自死しました(同年10月30日)。Xさんの社内での評価は、「冷静で落ち着いている」「誠実」「仕事に関して責任感が強い」「与えられた仕事を自分で何とかしようとする意識が高い」というものでした。

■ 自死の原因
自死の原因を要約すると、▼会社がXさんに対して新人の能力を超えた仕事を割り振ったこと▼その仕事量が多すぎたこと▼上司の適切なフォローがなかったこと▼課長から「オマエなんかいらん」などの暴言を受けたことにあります。

■ 新人の能力を超えた仕事
Xさんは入社してすぐ、立て続けに2つの大きな案件を任されました。1つ目の難しい案件(三井住友案件)の主担当を命じられた直後に、2つ目の案件(技術振興センター案件)の主担当も命じられたのです。

2つ目の案件は当初予定されていたスケジュールから3か月遅れていたため、Xさんが引き継いだ当初からタイトなスケジュールで進める必要がありました。これら2つの案件は新入社員にとって困難な作業を伴うものでした。

■ 指導体制
会社は、Xさんに対して上記のような難しい仕事を割り振ったにもかかわらず、指導や支援を十分かつ適切に行いませんでした。

ほかの社員の援助がほとんどない業務もあり、カナリのプレッシャー(心理的負荷)を受けながら仕事を続けていました。

■ 実際にあった出来事
具体的な出来事を判決文から一部抜粋すると、以下のとおりです。
・課長から大きな声で怒鳴られていた
・さらに「こんなんで大卒か」「大卒も大したことないな」「聞いたことがない大学」「オマエなんかいらん」などと言われていた
・Xさんは友達に「何かあると大きな声で怒鳴られる」「資料を作ってもすぐに捨てられる」などと愚痴をこぼしていた
・Xさんは別の友達に「自分はうつ病ではないか」と相談していた
・Xさんが部署の飲み会を断ると翌日無視される仕打ちを受けた
・慰安旅行の際、上司から風俗店の予約を取らされた
・Xさんは「これが仕事やったら、やっていけん」と述べていた
・自殺の23日前に先輩に送ったメールには「仕事はまったくうまくいきません。しかも僕の常識と会社の常識は全く違うようです。自分を犠牲にしないといけないなんて、よく分かりません」と書かれていた
・自殺の21日前。課長から「計算ミスはオマエのせいや」「そんなんもできひんのに大卒か」「オマエなんかいらん」と言われていた
・Xさんが「問題がたくさんあって、手づまりです」とコメントしたのに対して、上司は「肩の力を抜いてみたら?」「とりあえず報連相を忘れずに!!」と抽象的なアドバイスしかせず、Xさんの悩みを詳しく聞いて解決方法を一緒に考えたりするなどの対応を一切とらなかった

ーーー Xさんとよく話していた社員さんにお伺いします。Xさんは自殺をする前月、どのような様子でしたか?

社員
「自信を喪失して気持ちが内側に向いているような感じでした。電話で話したときには『書類が作れない。作ってもダメ出しばかりされて、どこがダメなのか具体的に教えてもらえない。どうしたらいいか』と悩んでいました...」

Xさんは仕事に堪えきれず、自ら命を絶ちました。

母親が労災を申請

Xさんの母親は、労働基準監督署に対して、遺族補償一時金を請求しました。

労働基準監督署の認定

しかし、労働基準監督署は不支給としました。母親は納得できず、提訴。

裁判所の判断

弁護士JP編集部

■ 地裁
地裁でも残念ながら不支給となりました。理由は「自殺の原因は仕事ではない」というものです。正しくは「精神障害の発病に業務起因性を認めることはできない」と判断されました。

■ 高裁
しかし! 高裁では母親が勝訴。「精神障害の発病と自殺の原因は仕事である」として支給が認められました。正しくは「業務起因性が認められる」と判断しました。

ほぼ同じ事実を前提としているのですが、地裁と高裁の判断は異なりました。Xさんの受けた心理的負荷が「強」だったのかどうか、という価値判断で結論が変わりました。

■ 労災認定の判断手法
労災と認定されるためには、心理的負荷が「強」であることが大前提となります。具体的には以下の3つの判断基準を用います。

・業務による心理的負荷は「強」か
・業務以外の心理的負荷はどれくらいか
・個体側要因の有無

判断のフローは下図のとおりです。

高裁は法廷で示されたすべての証拠や証言を考慮した上で、以下のとおり認定しました。

・上司から人格否定を受けている。心理的負荷の程度は少なくとも「中」であることがベース
・1つ目の案件で受けた心理的負荷は「中」
・2つ目の案件で受けた心理的負荷は「強」
・全体評価としては「強」

以上のような判断過程で、高裁は労災を認定しました。

最後に

判決文には業務の詳細が記載されています。裁判所は、Xさんが具体的に割り振られた業務や、悩みの内容、友人に相談したこと、上司が手を差し伸べなかったことなどの事実を認め、心理的負荷は「強」と判断して労災認定しました。

■ 相談するところ
今つらい方は#いのちSOSに電話しましょう。また、上司からパワハラを受けていたり、処理しきれない仕事を振られていたりする方は労働局に申し入れてみるのも方法です(相談無料・解決依頼も無料)。

限界が訪れる前に外部機関に相談してください。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア