出版不況でも「10%報酬アップを」フリーランス決意の初春闘

弁護士JP編集部

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出版不況でも「10%報酬アップを」フリーランス決意の初春闘
2月1日付の出版労連機関紙「出版労連」に掲載された、出版ネッツによる春闘宣言(提供:出版ネッツ)

3月16日、2022年の春闘が「集中回答日」を迎えている。大手企業で賃上げがなされるのか注目が集まる中、今年は出版業界のフリーランスからなる労働組合も、業界全体に対し報酬10%アップを求める声明を発表し、話題となっている。

報酬未払い、過度なやり直し、減額

声明を発表したのは、ライター、エディター、カメラマン、校正者、デザイナーら、出版業界で働くフリーランスが220名ほど加入する労働組合「ユニオン出版ネットワーク(以下、出版ネッツ)」。春闘といえば、主に大手企業の労働組合が企業に対して賃上げや労働環境の改善を求め交渉するイメージだが、今回出版ネッツは、広く業界に対して報酬アップを要望したかたちだ。

出版業界の諸問題を科学的に調査研究する「出版科学研究所」によると、日本の出版販売額は1996年をピークに減少傾向が続いている。いわゆる出版不況だ。

2020年は販売額がピークだった1996年の約61%にまで減少(出版科学研究所ホームページより)

出版不況がフリーランスにも大きな影響を与えていることは言うまでもない。出版ネッツ・執行委員長の樋口聡さんは、1996年を境に「外注費の据え置きや値下げが目立つようになった」という。それに加え、近年では「報酬の未払い、過度なやり直し、ミスや不備などを理由とした減額により、版元とトラブルになるケースも増えている」と実情を語る。

「報酬10%アップ」に込めた決意

報酬アップを広く業界全体に求めるのであれば、「1ページあたり●円」のように料金相場を設定するという方法もありそうだ。しかし今回、出版ネッツが「10%」とパーセンテージで要望を出した背景には、フリーランスの多様な働き方がある。

例えば、編集部に業務委託として常駐している人にとっては、時給の積み重ねが報酬に関わってくる。一方、外注スタッフとして単発で仕事を受けている場合は、1本の積み重ねが報酬となる。一律で料金相場を設定してしまうと、現状の報酬よりも上がる人、下がる人が出てきてしまうのだ。

一般的に、春闘において大手企業の労働組合が要望する賃上げ率の相場は3%と言われている。今回、出版ネッツが提示した「10%」について、樋口さんは「出版不況が始まって四半世紀、フリーランスの報酬はまったく上がっていません。『相場である3%に甘んじない』という決意を、10%という数字に込めました」と語る。

弁護士JPのインタビューに応じる出版ネッツ・執行委員長の樋口聡さん

フリーランスの報酬、大手出版社の基準は

ところで、版元ではフリーランスの報酬をどのように決めているのだろうか。ある大手出版社の書籍編集部員によると、「報酬額の社内規定はなく、原価率を基準に決めています。お礼の金額は同レーベルの同仕事や同じ方へのお支払いの実績を見つつ謝礼をご提案しますが、必ず固定にしなければならないという規定はありません」という。

版元の事情はそれぞれだ。フリーランスへ支払う報酬を増やしたくても、懐事情が厳しく叶わない場合もあるだろう。出版ネッツ・樋口さんも、「要望を出したからといって、どこかが上げてくれるという保証はまったくありません。ただしフリーランスという立場では、版元に対して個別に物言うことは難しい。世の中が賃上げや労働環境の改善に最も注目する春闘のタイミングで、版元の皆さんにはともにコンテンツを作るパートナーとして、フリーランススタッフのことも考えてほしい。そういったムードを醸成したいと願って声明を発表しました」と語った。

出版ネッツは3月下旬にも日本書籍出版協会、日本雑誌協会を訪問し要望書を提出する見通し。また今後は、日本編集制作協会(編集プロダクションの業界団体)、日本インターネットメディア協会などにも要請したいとする一方、政府や行政には法整備などを通じて法的な保護を求めていく考えだ。

なお出版ネッツでは、取引先とのトラブルに関する相談もホームページや電話から無料で受け付けている。詳しくはこちら

石川真之介弁護士「報酬未払いや減額は法的に請求できる」

出版ネッツ・樋口さんの言うように、版元とフリーランスが対等な立場であれば「報酬の未払い」「過度なやり直し」「ミスや不備などを理由とした減額」といったトラブルも防ぐことができるだろう。しかし、万が一そういったケースに巻き込まれてしまったとしたら、どのような対応を取ることができるのだろうか。石川真之介弁護士に聞いた。

フリーランスと版元のトラブルの代表例として「報酬未払い」「過度なやり直し」「ミスや不備などを理由とした減額」が挙げられます。それぞれの場合について、フリーランス側はどのような法的措置を取ることができるのでしょうか?

石川弁護士:「報酬未払い」「過度なやり直し」「ミスや不備などを理由とした減額」については、フリーランスが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり、優越的地位の濫用として問題となります(独占禁止法第2条第9項第5号ハ)。

不当な理由による報酬未払いや減額は、それが正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることになる場合には、法律上認められるものではないので、もともと契約で定められていた金額の請求ができることになります。そのため、不当な理由で支払いを拒まれたりした際には、弁護士に相談し、弁護士から会社に対して法律的には会社の主張は認められないものであるということを伝えていくのがよいかと思います。

仮に優越的地位の濫用があった場合には、公正取引委員会による摘発の対象になりえます。

また、違反行為によって損害が生じた場合には、民法の規定に基づき損害賠償を求めることができるほか、独占禁止法第25条による損害賠償責任も追及することができるようです。

一般的にフリーランスは歩合制であることから、裁判に時間をかけることは現実的ではないと考えられます。何かいい方法はありますか。

石川弁護士:比較的短期間で解決できる「少額訴訟」で話をつけるというのが現実的かと思います。

少額訴訟では、訴訟の中で、相手方の行為が優越的地位の濫用に当たることを主張し、もともとの契約内容で定まっていた報酬を請求したり、損害賠償を請求したりしていくということになるかと思います。

フリーランスには、いわゆる最低賃金はないのでしょうか? 例えば報酬が1円であった場合にも違法性はないのでしょうか?

石川弁護士:フリーランスの方に、明確な最低報酬はありませんが、発注事業者がフリーランスに対し、一方的に著しく低い報酬での取引を要請する場合であって、当該フリーランスが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり、優越的地位の濫用となります。

また、下請法の規制の対象となる場合で、発注事業者がフリーランスに対して、役務等の提供の内容と同種又は類似の内容の役務等の提供に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定める場合には、下請法第4条第1項第5号で禁止されている買いたたきとしても問題となりえます。

そのため、例えば報酬が1円というような場合には、独占禁止法や下請法に違反するということになるかと思います。

報酬や条件が口約束だったり、事前に知らされなかったりするなど、あいまいな契約に違法性はないのでしょうか?

石川弁護士:どのような形で契約をするかというのは基本的には自由であるため、報酬や条件について、明確に書面で定めておかなかったとしても、それ自体で違法というのは難しいです。将来における優越的地位の濫用行為を誘発しうるため、独占禁止法上不適切な行為であるということはできると思います。

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