話題の本『これで死ぬ』著者に聞く アウトドアブームの影で見落とされがちな“命”にかかわるリスク

すずき たけし

すずき たけし

話題の本『これで死ぬ』著者に聞く アウトドアブームの影で見落とされがちな“命”にかかわるリスク
アウトドアは“あっという間に”命を落とすリスクと隣り合わせだ(写真提供:羽根田治さん)

今年8月に発売になった『これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』(山と溪谷社)が話題だ。

「ころんで死ぬ」、「カタツムリに触って死ぬ」など、え?こんなことで死んじゃうの?という身近なリスクを実例とともに紹介している本書は、アウトドアを始めて間もない方やこれから始めようという方、そして小さな子どもがいる親などにぜひ知ってほしい安全知識が詰まっている一冊。

今回は山登りやアウトドアのリスクについて多くの著作がある本書の著者・羽根田治さんに、アウトドアのリスクとその魅力について話を聞いた。

『これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』書影

アウトドア初心者にどんなリスクがあるのか?

書籍『これで死ぬ』は、これまでの羽根田さんの本「ドキュメント遭難シリーズ」(実際の遭難事故を取材し、原因を究明、検証する人気シリーズ)などとは打って変わってキャッチーで驚きました。このようなスタイルで本を書かれた理由、きっかけを聞かせてください。

羽根田治さん(以下、羽根田):アウトドアで出会う危険についてライトなイメージで発信したいというお話を編集者からいただいたのがきっかけです。私が今まで書いていた本はどちらかというと登山をしている人たち向けで、ひとつの事故をなるべく掘り下げて、そこから得られる教訓を提供するという形が多かったんですが、編集者が考えていたのはコロナ禍のアウトドアブームでキャンプやアウトドア、山登りなどを初めて楽しむ人たちが、それらにどんなリスクがあるのかを学べる本にしたいということでした。

本書にはタイトル通り「こんなことで死ぬの?」という事例がたくさん出てきます。これから冬になり雪山でスキーやスノーボードを楽しむ方も増えてきますが、第一章にはスノーボードで「雪に埋まって窒息する」というケースがあります。この事例は多いのでしょうか?

羽根田:多くはありませんが、散見はされます。スキーだとストックを持っているので、ストックをついて立てるんですけども、スノーボードの場合はストックを持たないので、本のイラストにある通り逆さまに埋まっちゃうと抜け出せなくなって窒息してしまうわけです。

『これで死ぬ』より「雪に埋まって窒息する」

ゲレンデではなくバックカントリー(スキー場など管理された場所以外でスキー・スノーボードをすること)ですか。

羽根田:はい、ゲレンデは圧雪されているので埋まりませんから。ただゲレンデでは追突して死ぬっていうのがたまにあります。スピードがつきすぎてゲレンデコースから外れて木に激突しちゃうとか、人と衝突して大けがを負う(負わせる)とか、そういう事故はゲレンデでもあります。

海外から日本に来るスキーヤーやスノーボーダーも多くなっていますが、マナーや習慣などの違いなどはありますか?

羽根田:リスクを回避するためのルールはほとんど同じだと思います。それをどれだけ理解しているかは、外国人か日本人かに関係なく、個々によりますが。ただ、気象や雪質は日本と海外では違うはずです。昨シーズンはバックカントリーでの外国人の遭難事故が何件もありました。

SNSで登山仲間募集の“怖さ”

最近では富士山の登山者マナーの問題がテレビで取り上げられています。コンビニの袋片手に登る人や、普段着で気軽に富士山に登ろうとする人がいるそうですね。

羽根田:富士山に限らず、山に登るつもりがなくても「近くまで来たから1時間くらい登ってみよう」とか、そういう感じで登ってしまう人もいるようです。先日は那須岳で半纏(はんてん)を着て登っている人を見ました。

低山でも“道迷い”遭難が多いですし、東京近郊の山でも行方不明になったまま戻ってこない人が何人もいますので、「低いから安全」という考えはまったく当てはまりません。あと所要時間が短ければ安全というものでもないので、やはり登る前には下調べをしっかりしてほしいです。

YouTuberが山を歩いている動画を見て参考にしている人もいるようですが、できれば山のガイドブックや登山用の地図も見たり、初心者の方はガイドをつけたり、登山関連団体が講習会などを開いていますのでそういう機会も利用してほしいです。

また近年は、SNSを通じて「登山仲間」を募集して、知らない人同士で登山する人も多いようです。お互いに体力や技術、経験がどのくらいあるかもわからないし、人間性もわからない。そういう相手と山に行くのは、私は怖いと感じます。そう感じない人も少なくないのでしょうね。

「初対面の人と登山するのはリスキー」と話す羽根田さん(撮影:すずきたけし)

山に入れば“毒”キノコあり

本書では「毒キノコを食べて死ぬ」という事例もあります。毎年ニュースにもなりますが、これも多いのですか?

羽根田:死ぬ例はそれほど多くはないと思いますが、ひどい目に遭うという事例は毎年必ず起きています。

キノコ狩りで毎年同じキノコを採っている人はいいですが、食べられるキノコの見極めはとても難しいと聞きます。

羽根田:慣れた人でも間違えることがあるくらいで、見極めは難しいと思います。

キャンプで山に行って、「シイタケっぽい」などと食べてみようとする人もいると思います。目を離した隙に子どもが口に入れることも考えられますね。

羽根田:キャンプに行って「キノコが生えてたから食べてみる」なんて一番危ないパターンですね。子どもも危険です。先日、電車に乗っていたら、「うちの子は何でも口に入れちゃう」と話してるお母さんたちの会話が聞こえてきましたが、特にキャンプやアウトドアに行くときは親が目を離さないようにしていないととても危険だと思います。ちょっと山に入ればキノコなんてどこにでもありますからね。

クマは本当に“かわいい”?

「クマに襲われて死ぬ」は、いまアウトドアのレジャーでもっとも関心が高い事例だと思います。今年は特に頻繁にクマが人里や街まで降りてくることが増えており、実際に遭遇して被害に遭われている方もいます。

羽根田:ドングリの豊作・凶作によってクマの被害件数に違いがあることはよく指摘されています。今年はドングリが不作でしたし、里と山との境界が希薄になってきて、クマや自然界と人間との距離が近くなってきているというのも本当でしょう。「人を恐れない新世代のクマ」が現れているという報告もよく聞きます。

愛くるしい子熊を連れた親子の写真や動画を見るとついついカワイイと思ってしまいますが、クマは決して愛玩動物ではありません。クマが人間を襲うときは顔面を攻撃してくるそうで、顔を襲われた人の3分の1が失明しているとも言われています。ただ、クマは自ら積極的に人間を攻撃してくるわけではありません。自分や我が子を守るための防御手段として攻撃するわけです。だからいちばん大事なのは、野外ではできるだけクマと遭遇しないように行動することではないでしょうか。

クマのほかにも本書では「イノシシに襲われて死ぬ」もありますね。

羽根田:子どもは「ウリ坊」といわれカワイイイメージがありますが、成獣のイノシシは想像より大きく見え、突進されると牙が太ももに、動脈が通っているところに刺さることもあるので、本当に危ないです。

「『クマさん』や『ウリ坊』など“かわいい”キャラクターと同一視するのは危険」(撮影:すずきたけし)

羽根田さんのリアル「これで死ぬ」体験

羽根田さんご自身は、「これで死ぬ」と思ったことはありますか?

羽根田:20歳の頃に6月の谷川岳の山頂付近で滑落しました。まだ残雪があったのですが、アイゼンもピッケルも持ってなかったのでなかなか止まらなくて、だんだんスピードがついてきて「やべえ、これ死んじゃうかも」と思いながら一生懸命に雪に足を蹴り込んでようやく止まりました。あれはもうダメかと思いましたね。

原因はなんだったと思いますか?

羽根田:気の緩みだと思います。あとは装備不足。6月だしアイゼンはいらないだろうと思ってしまったことですね。

クライミングをしていて、上まで登って命綱のロープを外したときにバランスを崩して落ちそうになったこともあります。とっさに木の枝をつかんで大丈夫だったんですけど、あの木の枝をつかめてなかったら、そのまま何十メートルも落ちて即死だったかもしれません。自己確保をとっていなかった単純ミスです。

登山でも、険しい山道を登るときについ木の枝を手がかりにすることがありますが、その木の枝がポッキリ折れちゃって滑落しちゃうこともあります。そういうのって一瞬なんですよ。「あっ」と思った次の瞬間には死んでいる…そうやって死んだ人がたくさんいるんだろうと身に染みて思いました。

それほど怖い思いをされていても登山を続けられているのは、大自然に惹きつけられるからだと思いますが、羽根田さんにとってのアウトドアの魅力はどんなところでしょうか?

羽根田:自分はこういう仕事をしているせいか、結構ビビりなんです。山に行く時って怖くて、行く前には「なんかあったらどうしよう」とか考えてしまうんです。だからこそ山から下りてきてからは、無事であったことを噛みしめながら山行を振り返り、「ああ、楽しかったなあ」「あそこは厳しかったなあ」などとしみじみ思うんですね。そこに充足を感じます。それが自分にとってはアウトドアの一番楽しみなのかなと思います。

最後にこの記事を読まれて本書に興味を持たれた方にひと言お願いします。

羽根田:アウトドアでは本当にささいなことで人が死んでしまいます。そこにどういうリスクがあるのか、それに対してどういったリスクマネジメントをとればいいのか…それも大事なんですが、そこまで突き詰めなくても、「こんな危険があるんだ」ということだけでも知ってほしいです。この本に書いてあるのはひとごとではなく、いつ自分に降りかかってきてもおかしくない、そう思って読んでほしいと思います。

羽根田治さん(撮影:すずきたけし)

羽根田 治(はねだ おさむ)
フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表している。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『人を襲うクマ遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』 などがある。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。 日本山岳会会員。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集

羽根田治
山と渓谷社

まさか、こんなことで死ぬなんて。
アウトドアでの死の事例53から学ぶ、最低限知らなければならない安全の話。
ころんで死ぬ、ダニに噛まれて死ぬ、助けようとして死ぬ、キャンプの炊事中に死ぬ、風に飛ばされて死ぬ——など、アウトドアには「まさか、こんなことで……」と思うような、死の危険がたくさんあります。
本書では、アウトドアで実際に起こった死亡事例を紹介し、どうしたらそのような目にあわないか、安全に身を守るための解説をしています。
死の危険は、知っていれば避けられる可能性が高くなる。
アウトドアで自分や大切な人が危険な目にあわないために、最低限の安全の知識が書かれた本です。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア