「逆パワハラ」で職場を“支配”し上司はノイローゼに… “問題児”介護職員の解雇を裁判所が「無効」としたワケ

林 孝匡

林 孝匡

「逆パワハラ」で職場を“支配”し上司はノイローゼに… “問題児”介護職員の解雇を裁判所が「無効」としたワケ
上司をどう喝、業務命令を聞かないなど問題行動を繰り返していたというが…(Ushico / PIXTA)

上司に反抗しまくる逆パワハラちっくな事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)

こんな部下(以下、Xさん)でした。

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・会議に遅刻してきたあげく「1日仕事で疲れている」とテーブルをたたく
・上司が指示を出しても不機嫌に怒鳴り散らして文句を言う
・上司がお願いしても「お願いする言い方ではない」と断る
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他の職員も「Xさんが辞めて職場に平穏が訪れました」と言うほどの問題児でした。会社はXさんを解雇。しかし、Xさんが提訴しました。

地裁
「解雇OK!」

高裁
「解雇ダメ!」

(社会福祉法人蓬莱の会事件:東京高裁 H30.1.25)

解雇ってホントむずかしいですね...。逆パワハラについても解説しています。どうぞ。

※ 判決を簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

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▼ 会社
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・特別養護老人ホームの経営などをしている

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▼ Xさん
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・介護職(ホームへルパー2級)

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▼ A主任(女性)
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・Xさんの上司

どんな事件か

入社して約1年後。Xさんは異動し、A主任の部下として働き始めましたが、すぐに問題行動があらわになります。ほかの職員がXさんの仕事ぶりに不満を抱き、A主任に報告しました。報告事項は以下のとおり。

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・Xさんがすぐに否定的な意見を言って相手の話を聞かない
・会議で決定した業務内容を伝えても断ってくる
・すぐに怒り出し威圧的な言動や態度に出る
・介助をおろそかにして食堂のテレビでサッカー観戦
…etc
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A主任はXさんを指導しましたが、改善しませんでした。だけでなく、若い職員の中にはXさんの悪影響を受けてラクな方に流れる人もいて、業務に支障が生じていました。

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▼ A主任への当たりの強さ
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Xさんは、上司であるA主任へのあたりが強く、以下のような行動(ほんの一部です)をとっていました。

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■ 会議に遅刻
遅刻してきたのにXさんは「疲れているんだから急に言われてもできない。〜1日仕事で疲れている〜」と言ってテーブルをたたく。A主任は怖くてXさんに何も言えなくなった。

■ 業務命令を聞かない
A主任が業務命令をしても不機嫌に怒鳴り散らして文句を言うことが多かった。

■ 親睦会の出席を断る
A主任がお願いしても「お願いする言い方ではない」と断る。

A主任はXさんへの対応に困り、施設長に相談しました。すると施設長は「Xさんを呼んでほしい」と言いました。A主任はXさんに対して施設長のところに行くよう伝えると、「なぜ行く必要がある。意味がわからない」と拒否。さらに大声で怒鳴りました。
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結局Xさんは施設長のところへ行きました。そこで話し合いがなされ、施設長が「もう少し協調性を持って仕事をするように」と伝えたのですが、改善しませんでした。

Xさんの問題行動が続いたため、A主任はノイローゼ気味になってしまいました。副主任も「Xさんと同じ職場で働くことはできない」と訴えました。

そこで施設長は任意退職を促しました。しかしXさんは「それなら解雇すればいい」の一点張りです。2か月の間、何度か話し合いがもたれ、施設長は50万円の再就職支援金を提示しましたが、Xさんは退職には応じませんでした。

そして会社は、ついに解雇に踏み切りました。解雇理由は「上司からの指示に従わない」「女性職員を大声でどう喝する」などです。

ーーー ほかの職員さんにも聞いてみましょう。Xさんはどんな方だったんですか?

Bさん
「A主任が何か指示を出すと反発したりキツイ言葉で返したりしていました。Xさんが断った仕事が他の職員に回ってきていたので職員の間に重苦しい空気が流れていました。Xさんが辞めてからはその重い空気がなくなりました」

Cさん
「A主任の悪口を言ってました。Xさんが辞めてからは悪口を言って職場の雰囲気を悪くする人はいなくなりました」

Dさん
「気に入らないと突然怒り、怒鳴り、どう喝したり、机をたたくなどを繰り返していました。職員の7割が女性だったので恐怖を感じていました。Xさんが辞めてからは職場に平和が戻りました」

ゴッツきらわれてるやん!

しかし、Xさんは解雇無効を求めて提訴。

ジャッジ

弁護士JP編集部

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▼ 地裁
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「解雇OK」

しかし!

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▼ 高裁
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「解雇ダメです。無効」

ーーー Why!? このXさんの行動ヤバイでしょ!

裁判所
「解雇回避努力(解雇回避措置)を尽くさなければ、解雇は無効となります。本件では、解雇回避努力(解雇回避措置)を尽くされていないと認定しました。なぜなら、Xさんが本件部署に異動するまでの1年はさしたる問題行動は見られなかった、問題行動が出たあとに他の部署に配置転換してほかの上司の下で稼働させることを検討すべきだったからです」

こんなやつどこに行っても同じだって! と私は思いますが、解雇OKになるのってホント難しいですね。

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▼ 逆パワハラ?
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ーーー 部下のXさんが上司のA主任へとった行動って逆パワハラなのでは?

A.
1 vs 1なので逆パワハラとは言いにくいですね。上司の命令を聞かないというケースなので、業務命令違反・ただウザイヤツがいるという認定になります。

ただし、以下の場合は逆パワハラになります。

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・同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの

・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの(参考:厚生労働省指針2(4)
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上記のような場合は【優越的な関係】が認められるからです。たとえば、部下が上司より豊富な知識を持っているのに上司に協力しない、部下たちが上司をイジメる、無視するなどの行為が逆パワハラに当たり得ると思います。

気の弱い上司を集団でイジメたり、女性社員が結託してお局をイジメたりするケースがありますね。一般的なパワハラだけでなく、こうした逆パワハラ(上司や先輩へのパワハラ)も存在するということを知っておいてください。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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