アニサキス“殺虫”装置で「安全な刺身」提供へ…消費者の期待「企業に示したい」大学研究室がクラファンを始めたワケ

弁護士JP編集部

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アニサキス“殺虫”装置で「安全な刺身」提供へ…消費者の期待「企業に示したい」大学研究室がクラファンを始めたワケ
アニサキスの被害が増えれば「生」のお刺身は規制される可能性が…(Ayleeds / PIXTA)

生魚に潜み、刺し身などを食べた人の胃に生きたまま入ることで食中毒を発生させる「アニサキス」。

食中毒には夏などの暖かい季節に発生するイメージがある。しかし、アニサキス食中毒は季節に関係なく年中発生するのが特徴だ。これまでアニサキスが潜みにくいとされていた日本海側の魚類からも、地球温暖化などの要因で検出されるようになり、被害件数は年々増加。厚生労働省によれば、昨年1年間で578人が被害に遭ったという統計も出ている。

このまま被害拡大が続けば、欧米各国のように刺し身の冷凍規制などがなされる可能性もあり、日本を代表する生食文化が危機にさらされている状況と言えるだろう。

「加熱」「冷凍」といったアニサキスを致死させる対処法も広く知られるようになってきたが、それらを用いずともアニサキスを殺虫する装置が実はすでに開発されている。

技術あっても「サプライヤー」不在

その装置は電気エネルギー「パルスパワー」を用い、魚のフィレに電流を流すことでそこに潜むアニサキスを致死させるというもの。熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授の研究室と、アジの加工などを手掛ける株式会社ジャパンシーフーズが共同開発。ジャパンシーフーズの加工工場では2021年より実際に稼働している。

装置について浪平准教授は「『パルスパワー』は短時間に大きな電力を出力できるため、目視できない潜ったアニサキスも、魚の鮮度を保ったまま殺虫することができます」とその技術を説明する。ただし、「瞬間的ではありますが高電圧・大電力を発生する装置であり、現状、製造コストがかかるため、サプライヤーとなる企業がなかなか出てきていません。技術があっても、供給する企業がない状態」(浪平准教授)と社会実装に向けてはまだ課題があるという。

パルスパワーの処理槽に向かう三枚おろしの「アジ」(写真提供:浪平・王研究室)

そのような事情から、まずは技術について認知を拡大させ、企業へのアピールにつなげようと、浪平准教授らは11月8日から「クラウドファンディング」をスタートさせた。

「企業にとって今は、生の魚を食べたい人がどれぐらいいるのか、この装置を作ったとして本当に売れるのかわからない状態です。クラウドファンディングを行えば、『資金』が集まるだけではなく支援している『人数』も可視化できます。人の数が期待度の“指標”として企業、社会に示せるのではないかと考えました」(浪平准教授)

“クラファン”3段階の目標

クラウドファンディングの第1目標金額は400万円。開始から1週間で達成率はすでに130%を超えた(11月15現在)。想定よりも明らかに早い達成に浪平准教授は「驚きを隠せません。こんなにも多くの方々が開発した技術へ期待をしてくれている、研究者として本当に幸せです」 と話し、今後は、さらに第2目標の1000万円、第3目標の1600万円を目指すという。

これら目標への“段階”が踏まれているのには理由がある。

「これまではアジの中にいるアニサキスだけを対象として研究を進めてきました。ただ、もっと技術力を上げて『アジだけではなく、いろんなことに使える』ということを証明したい。そうすることで、装置の付加価値が上がり市場も大きくなりますから、企業も手を挙げやすくなるのではと考えています」(浪平准教授)

第1目標の達成により、アジ以外の魚種に潜むアニサキスへの研究・実験を進めることとなる。具体的には、アジより身の柔らかいサバや、小骨の多いサンマ、白身魚であるサーモンなどそれぞれに適した“鮮度を落とさない”パルスパワーの処理条件を探索するという。

このまま第2目標の達成がかなえば、淡水魚に寄生する「顎(がく)口虫」、ヒラメに寄生する「クドア」、ホタルイカに寄生する「旋尾線虫」などアニサキス以外の魚介類寄生虫の殺虫に向けた研究を行うことができるとする。さらに第3目標まで進めば、「馬刺し」「ジビエ」などの“魚介類以外”でも寄生虫の殺虫効果を確かめる実験を行う予定だ。

パルスパワーの実験を行う浪平准教授(写真提供:浪平・王研究室)

畜肉の寄生虫も殺傷可能?

「目標金額を達成しても、本当にアニサキス以外の寄生虫が殺虫できるのか?」と疑問がわいた人もいるだろう。第2段階、第3段階の「アニサキス以外の寄生虫」に対する殺虫について、どれほど期待してよいのか。

浪平准教授は、いずれも「殺虫できる可能性が高い」として、次のように根拠を説明した。

「アニサキスは、パルスパワーによって神経系にダメージを受け、生命活動が維持できなくなっていると考えております。自発的に動くような虫は、アニサキス同様に必ず“神経”を持っていますので、種類が変わっても虫である限りはパルスパワーが効くだろうと考えています。

また、『畜肉』に関しても、牛肉にアニサキスを埋め込み、実験したことがあるのですが、魚の時と同じように死滅しました。もちろん肉が焼けるということもありませんでした。アジ以外の『魚肉』でも『畜肉』でも、しっかりと電流が流れて寄生虫に影響を及ぼしそうだというのは確認ができています」

「冷凍規制」への“分岐点”

社会実装に向けては、装置の小型化や低価格化、誰でも安全に利用できる仕組み作りなど、やることは山積している。しかし、浪平准教授は“今”が動くべき大事な時期だとして次のように語った。

「世界では魚を生で食べず『冷凍しましょう』という流れになっています。このままアニサキスの被害が増えていけば、やはり日本としても冷凍規制をかけなければいけない。今その“分岐点”にあると感じています。冷凍規制に進む前にこの装置を社会実装させ、日本の豊かな食文化を維持していきたいと思っています」(浪平准教授)

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