ネッツトヨタ50代次長「月184時間残業」自死 労基が認めなかった「労災」を裁判所は認定…その“判断基準”とは

林 孝匡

林 孝匡

ネッツトヨタ50代次長「月184時間残業」自死 労基が認めなかった「労災」を裁判所は認定…その“判断基準”とは
亡くなった次長は「非常に真面目で丁寧な仕事ぶり」との評価を受けていたが…(yamahide / PIXTA)

「1か月の残業:184時間18分」

この痛ましい長時間労働を強いられた50代の男性社員は、翌月、自死しました。妻は労災を申請しましたが、労働基準監督署は認定せず。提訴した結果、裁判所が労災を認めました。(国・秋田労基署長〈ネッツトヨタ秋田〉事件:秋田地裁 H27.3.6)

最近では、長時間労働が原因で男性研修医が自殺した事件もありました。報道によると、労働基準監督署は「死亡する直前の1か月間で約80時間の時間外労働があった」ことなども踏まえ労災認定をしました。さらにご遺族は約1億3000万円の損害賠償を求めて提訴しています。

本記事では、裁判例をもとに労災認定の判断手法などを解説します(弁護士・林 孝匡)。

当事者

以下は、冒頭で紹介した「ネッツトヨタ秋田事件」の裁判例です。

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▼ 会社
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・ネッツトヨタ秋田株式会社
・新車や中古車の販売など

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▼ Xさん
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・51歳くらい
・入社19年目
・次長(業務内容:総務、経理、人事)

どんな事件か

Xさんは、会社から非常に真面目で丁寧な仕事ぶりとの評価を受けていました。Xさんの業務内容は総務、経理、人事と多岐にわたっていた上、税務調査の対応も余儀なくされ、長時間残業が続いていました。Xさんは、仕事を部下に回すことができず自ら抱えてしまっていたようです。

その結果、冒頭のような長時間の残業を強いられ、Xさんは平成22年8月、社長がいつも車を停める地下駐車場で自死しました。

Xさんの妻は、遺族補償年金と葬祭料の支給を求めて労災を申請しましたが、労働基準監督署は不支給の処分を出しました。Xさんの妻は不服申し立てとして審査請求をしましたが棄却され、さらに再審査請求も棄却されました。

そこでXさんの妻は、不支給処分の取り消しを求めて提訴しました。

裁判所の判断

弁護士JP編集部

Xさんの妻の願いはかない、裁判所は労災を認めました。

裁判所が認定した事実は以下のとおりです。

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▼ 残業時間
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●平成21年
4月  127時間30分
5月  103時間05分
6月  125時間21分
7月  143時間20分
8月  97時間
9月  127時間
10月 113時間10分
11月 139時間25分
12月 107時間20分

●平成22年
1月  133時間30分
2月  130時間35分
3月  154時間05分
4月  115時間
5月  141時間40分
6月  144時間40分
7月  184時間18分

税務調査のため残業が続いていました。ある社員が「Xさんが非常に疲れており自殺するのではないか」と心配していたほどの労働時間でした。

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▼ Xさんの体調の変化
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平成21年6月
・次長に昇格
・Xさんが妻に「仕事を休めなくなった、何時に帰れるか分からない、子どものことを頼む」と不満を言うことが多くなった

平成21年秋以降
・不眠に陥る。市販の睡眠導入剤を服用

平成22年1月
・妻に「仕事がたまる一方」だと言う
・徐々に独り言が増え始めた

同年6月
・独り言がかなり強くなってきた

同年7月
・残業時間が184時間18分に。職場の人もXさんの精神的な変調に気づくほどだった

同年8月
・自死

裁判所は、以上の事実や医師の意見書などを根拠に、平成22年1月頃に精神障害である【中等症うつ病エピソード】を発病していたと認定しました。

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▼ 労災認定の判断手法
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認定基準の対象となる精神障害を発症していた場合、労災認定するかどうか判断する際は、以下三つの判断基準を用います。

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・業務による心理的負荷は「強」か
・業務以外の心理的負荷はどれくらいか
・個体側要因の有無
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判断のフローは下図のとおりです。

厚生労働省「精神障害の労災認定」より

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▼ 裁判所の判断
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■ 業務による心理的負荷
裁判所は、発症前6か月の残業時間数が97時間〜139時間もあったこと、経理、総務、人事の全般的な業務を担当しており労働密度も高いこと、Xさんが仕事を部下に回すことができず自ら抱えてしまっていたことなどを認定して、心理的負荷の総合評価は「強」と判断しました。

■ 業務「以外」の要因
会社側の証人は「Xさんがお子さんの進学について悩んでいた。奥さまが会社に電話をしてきて『子どもに暴力を振るわれた』と伝え、Xさんが帰宅した」と供述して、会社は業務以外の要因もあったと主張しました。しかし裁判所は「子の進学や親子の不和があったとしても、(中略)発病の要因となるものではない」と判断しました。

■ Xさんの脆弱(ぜいじゃく)性
会社は「Xさんがメランコリー新和型の特徴を有していることや、手帳に自殺願望を示す記載があったため、精神障害の発病がXさんの個体側要因による脆弱性にある」と主張しました。しかし、裁判所は「Xさんの個体側要因により精神障害が発症したとは認められない」と判断しました。

以上により、裁判所は「Xさんは業務により精神障害を発病したことで、正常な認識、行動選択能力が著しく阻害され、あるいは、自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態で自殺したものと推定できる」と判断しました。

最後に

上記の基準は平成23年12月に厚生労働省から出されました。この裁判例での労働基準監督署の判断は、上記基準が出される前のものだったので不支給となりましたが、裁判所が労災を認めました。現在は上記基準にしたがって労災認定を出すかが判断されます。

注意が必要な点として、労災認定が出たとしても慰謝料は支払われません。慰謝料を請求するためには別途、民事訴訟を提起しなければならないのです。最近報道のあった男性研修医が自殺した事件では、ご遺族は裁判の中で慰謝料も請求していると考えられます。

今回は以上です。これからも労働関係の知識をお届けします。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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