望まない妊娠は「無責任な射精」でのみ起きる… コンドーム普及国の日本で中絶手術「年間12万件超」のワケ

桃沢 もちこ

桃沢 もちこ

望まない妊娠は「無責任な射精」でのみ起きる… コンドーム普及国の日本で中絶手術「年間12万件超」のワケ
日本版の編集を担当した藤澤千春さん(弁護士JP編集部)

厚生労働省によれば、国内における2021年度の人工妊娠中絶件数は年間12万6174件にのぼり、1日に300件以上の中絶が日本で行われたことになる(参考:厚生労働省「人工妊娠中絶件数及び実施率の年次推移」)。

今年4月、国内で初めて経口中絶薬(メフィーゴパック)が承認されたことは記憶に新しいが、そんな中絶問題に一石を投じた書籍『射精責任』(原著:ガブリエル・ブレア、翻訳:村井 理子)が、今話題になっている。

世界9カ国で翻訳され、アメリカではニューヨークタイムズ・ベストセラーに選ばれたこの書籍は、日本でも今年7月に刊行される前からSNSを中心に注目されていた。

本書が日本で発行に至った経緯や、SNSでの反響、翻訳出版を通して感じた日本とアメリカの違いなどを、編集者の藤澤千春さん(太田出版)に聞いた。

中絶問題の前に考えるべき、「望まない妊娠」

『射精責任』を知ったきっかけを教えてください。

藤澤さん:昨年の10月ぐらいにスウェーデンのブックツアーというイベントがありました。「文化事業で宿泊費と航空券代を出すから、版権を見てくれ」と、スウェーデン大使館の方から言われて出張に行ったんです。

スウェーデンの本で、『21世紀の恋愛』というフェミニズムコミックがすごく好きで、同席していた他の版元の方や国内のエージェントの方にその話をしました。すると後日、同席してたエージェントの方からメールが来て、「こういう本があるんですけど」と、『射精責任』の売り込みのメールをもらったんです。

そこで『射精責任』の存在を知ったんですね。実際に読んで内容を知って、どう思いました?

藤澤さん:アメリカでは、プロライフ派(胎児の生命を尊重する派)とプロチョイス派(女性の自己決定を尊重する派)が中絶を巡って長い歴史のなかで対立しています。

しかし、この本は中絶に賛成か反対かをいったん置いて、そもそもなんで望まない妊娠が起きてしまうのか、というところに着目しているんですね。私自身、もともと中絶問題に関心があったのですが、なんでそこに今まで気づかなかったんだろうと、衝撃を受けました。

左が米国版、右が日本版の書籍『射精責任』(弁護士JP編集部)

SNSでの反響も非常に大きかったと思うんですけど、主にどういった反応が多かったのでしょうか。

藤澤さん:まずは「興味がある」という肯定的な反応が多かったです。批判で多かったのが、「射精責任があるなら受精責任だってあるだろう」という意見。

あとは、「女性だってセックスに合意した上で妊娠してるんだから、女性にも責任があるだろう」という意見も多数ありました。

受精に責任を問われるっていうのは、ちょっとびっくりです。

藤澤さん:射精をしないと受精しないので、せめて排卵責任にしてほしいとも思ったんですけど。本書のなかでも言われている通り、排卵は射精と違いコントロールできません。

さまざまな意見をいただいたことで、これまで生殖の当事者性というテーマにおいて、男性の責任が不可視化されていたんだなと改めて感じました。

セックスすること自体に同意することと、避妊をする、しないの同意って、別の段階の話なので。そこが抜け落ちてる人が結構多いのかなという気はしましたね。

「日本の性教育」は遅れている?

日本は各国に比べて性教育が遅れていると感じますか? 本書のなかで、アメリカ国内50州では、コンドームが無料で手に入るという話が書いてあって驚きました。

藤澤さん:アメリカに留学していたことがあるんですけど、大学の医務室や公民館みたいなところでコンドームを配っていました。とはいえ、本書で指摘されている通り、アメリカの性教育が特別進んでいるわけではありません。

各州でそれぞれ異なったアプローチの性教育を行っているそうですが、主に焦点が当てられているのは禁欲について。それに、「性教育を一切必要としない」とする州が11州も存在しているといいます。

アメリカの性教育が進んでるわけではないと。

藤澤さん:それに比べてオランダでは、アメリカ国内の10代の女性に比べ、妊娠率が4分の1だとか。圧倒的に避妊率の実績をあげています。その背景には、コンドームの無料配布に加えて、国が全生徒を対象とした包括的な性教育を行っていることがあるのだそうです。

本書のなかで、理想の性教育というのは、子どもが自由に質問できて、それに対してちゃんと回答があることだと著者のブレアさんは指摘しています。

でも日本の場合、義務教育での性教育って、学年によって教える範囲がいわゆる「はどめ規定」(※)によって厳しく決まってるんですよ。そう思うと、日本の性教育は遅れてると言わざるを得ないんじゃないかなと。

※ 小中学校の学習指導要領には、小学5年理科で「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学1年保健体育で「妊娠の経過は取り扱わないものとする」という一文が記載されており、通称「はどめ規定」と呼ばれている。文科省は一律で指導を禁止するものではないとしているが、教育現場では一般的に指導が避けられているのが現状。

反響の一方で「届ける難しさ」も感じたという(弁護士JP編集部)

そうですよね。

藤澤さん:精子と卵子が出会って、受精して着床したら妊娠する、ってことは、みんな知識として知っていると思います。

だけどほとんどのセックスは生殖のためでなく、コミュニケーションのためとか、恋愛の過程でしていますよね。

学校教育での性教育って、家族を作るということだけにフォーカスされている気がして。それこそ性的同意の取り方とか、自分の気持ちの伝え方とかまで含めて、学校で教えてくれたらいいのにと感じました。

翻訳出版を通して、アメリカと日本の文化的背景の違いを感じましたか。

藤澤さん:本書のなかで主に登場する避妊方法が、コンドーム、ピル、IUD(子宮内避妊器具)、卵管結紮(けっさつ)術、精管結紮術(パイプカット)、コンドームなんですが、日本だと女性の身体的負担や費用面などからほとんど普及していないIUDが、アメリカでは比較的メジャーな避妊法として選ばれてるということに驚きました。

他の先進国と比べて日本ではコンドームの使用率が圧倒的に多いと言われています。しかし、国内では年間12万件以上もの中絶手術が行われていて。

国内では最近ようやく低用量ピルが認知され始めてきましたが、主な避妊法が「コンドーム」であり、女性が主体的に選択できる避妊手段が、まだまだ少ないという点も考えていくべき課題だと思います。

社会を変えるには「避妊=当たり前」という空気をみんなで作る必要がある

読んでいて、本書ではいい意味で“当たり前”のことを指摘されてるなと感じました。どうしたらより多くの人の手に届くと思いますか?

藤澤さん:そこに関しては一番難しいなと感じていて……。 たとえば最近でいうと、セクハラとか、 自重する人が増えてきてるじゃないですか。きっと「そういうのってダメだよね」って空気をみんなが作ってるからだと思うんです。

それと同じ原理でみんなが「避妊はして当たり前」って、ちゃんと言っていくことが重要なのかなと。時間はかかるだろうけど、「(納得はしてなくとも)ダメだということは理解してる」って人を増やせると思うんですよね。

タイトルのインパクトもあってか「電子書籍の売れ行きがいいんです」と藤澤さん(弁護士JP編集部)

たしかに、センシティブな会話で「今ってこういうこと言っちゃダメなんだよね」と確認してくる人は明らかに増えたと思います。

藤澤さん:個人個人の考えまでは変えられなかったとしても、行動は変えられると思っています。みんなができる範囲のことをやっていくことで、社会が前進していくのかなって。

あとは意識的に避妊の話をするとか。男性同士でもっとコンドームの話をするのもいいと思います。

『射精責任』を発行したことで、今後期待していることがあれば教えてください。

藤澤さん:赤ちゃんの産み落としの事件って、時々ニュースで報道されますよね。産み落とした女性は逮捕されて、実刑になることもあります。

ただ、もしきちんと避妊できていれば、そんな事態にはそもそもならなかった。女性だけが、産む痛みも耐えて罪を負うっていう現状は変わっていってほしいなと。

次の生理が来るまでに「もしかしたら妊娠してるかも」と不安を抱えて過ごす女性は少なくないと思います。男女問わず幅広い年代の方に届けたい本だと思うのですが、特にどんな人に読んでもらいたいですか?

藤澤さん:特に、次世代に向けてという意味でも10代、20代の子たちに読んでもらいたいです。

この本を読んだ感想として「避妊についてもっと真面目に考えてこなかったことを後悔してる」という声を届けてくれる方が意外と多くて。若い頃の恋愛を振り返った時に相手の女性の身体についてもっと考えるべきだったと感じている男性や、なんであのとき一言勇気を出せなかったんだろうと振り返っている女性がたくさんいるように感じます。

なので、若い世代の人たちには、これを読んでから、恋愛や性生活に突入してほしいなと思います。何年か後には、今の「避妊」を巡る状況について「昔ってさ、こんなんだったらしいよ」「信じられなーい!」みたいに言っていてほしいですね。

書籍画像

射精責任

ガブリエル・ブレア(原著)、村井 理子(翻訳)、齋藤 圭介(解説)
太田出版

全米騒然 ニューヨークタイムズ・ベストセラー 世界9カ国で翻訳 刊行前からSNSで話題沸騰! 望まない妊娠は、セックスをするから起きるのではない。 女性が世界一ふしだらなビッチだったとしても、何の問題もない。 女性の50倍の生殖能力を持ち、 コンドームを着用したセックスは気持ち良くないという偏見に囚われ、 あらゆる避妊の責任を女性に押し付ける男性が、 無責任な射精をしたときのみ起きる。 望まない妊娠による中絶と避妊を根本から問い直す28個の提言。 「セックスをする人、セックスをしたい人、あるいは将来セックスをするかもしれない人を育てている人にとって、必読の書」(ワシントン・ポスト紙)

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