60代教授から嫌がらせ、医学部講師が山口大を提訴… 裁判の行方を左右する「アカハラ認定」の基準とは

林 孝匡

林 孝匡

60代教授から嫌がらせ、医学部講師が山口大を提訴… 裁判の行方を左右する「アカハラ認定」の基準とは
“権力”を手にすると気が大きくなってしまうのだろうか…(mits / PIXTA)

アカデミックハラスメント事件を解説します。

先日、アカハラのニュースがありました。9月28日、山口大学医学部の女性講師が上司の教授(60代男性)を提訴しました。理由は「教授からアカハラを受けた」というもの。330万円の損害賠償を求めています。

この事件、すでに労基署ではパワハラ認定されています。労基署での女性の主張は「教授から『講師のレベルでない』『英語が貧弱』と叱責されたり、無断で私物を廊下に出された」というものです。音声データがあるようなので裁判でもパワハラ認定される可能性が高いでしょう。

令和2年にも「アカハラ認定」された裁判例があります(高松高裁R2.11.25)。慰謝料は10万円。その事件とともにアカハラを解説します。(弁護士・林 孝匡)

※ 判決を簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

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▼ 大学
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・国立大学法人

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▼ Y教授
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・薬学部長

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▼ X准教授
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・Y教授と同じ研究室に所属

どんな事件か

X准教授はさまざまなパワハラを主張していますが、裁判所が認めたパワハラをひとつご紹介します。

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▼ 新しい学生を奪い合うケンカ
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要約すると【2人が新しい学生を奪い合うケンカ】です。詳しくは以下のとおりです。ある日、X准教授はY教授の部屋に行き、研究室の募集人員について以下のような提案をしました。

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X准教授の研究グループ:3名
Y教授のグループ:2名
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この提案の人数をY教授は勘違いしてしまったんです。Y教授は【自分のグループが3名】と勘違いしてしまいました。それに気づかないままX准教授の上記提案にOKを出しました。

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▼ Y教授、動きます
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その後、勘違いに気づいたY教授はX准教授の部屋に行きます。入り口のドアを開けたままドア付近に立って「うちは教員が2人いるんだよ。アンタが3、うちが2って何だい」とX准教授の提案を非難しました。

X准教授は弁解します。自分の研究グループに配属される学生が減っていることや、昨年度は希望者が1名いたがその人も「1名では寂しい...」と言って結局0名になってしまったことを説明しました。そして、あなたに頼みに行ったところ了承していただいたじゃないですか、という旨の至極まっとうなことを言いました。

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▼ Y教授、ブチギレる
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するとY教授は、「アンタは非常識だ」「あなたの考えが理解できない」と言いました。そして・・・沈黙したあと・・・ブチギレます。

通常よりも大きな声で、厳しい語調で以下の発言をしました。

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こんなことだから他大学に転出できないんですよ
早くどこかの職を探してここを出て行けばいいじゃないですか
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X准教授は納得できなかったので自分の提案を変えませんでした。これらのやりとりは長くとも20分程度でした。

X准教授は大学を提訴して損害賠償300万円を請求しました(国家賠償法1条1項)。

ジャッジ

弁護士JP編集部

高松高裁は大学に対して10万円の支払いを命じました。

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▼どんな場合にアカハラになるのか?
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裁判所の考えは、部下的な立場の方に対する言動が、業務の適正な範囲を超えて、人格と尊厳を侵害するものであればアカハラとして違法になる、というものです。

教授と准教授とは、一般的には直接の指揮命令に服するいわゆる上司・部下という関係ではないのですが、それに近い関係なのでパワハラの概念が当てはまります。

なぜなら、教授は准教授に対して相対的に優位な立場にあることが通常ですし、教授が准教授に対して事実上一定の影響力を持っているからです(学内や学外への教授職への就任、研究活動に直接影響する研究室の予算配分など)。

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▼本件
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以上を前提に、高松高裁は「Y教授の言動はX准教授の人格と尊厳を侵害する言動であり違法な行為だ」と認定しました。

理由の概要は、X准教授の研究グループが0名だったことからすれば、Y教授はX准教授の意見を聴取してさらに話し合うことが適切だったにもかかわらず、X准教授の意見を非常識であると非難した上で、以下の発言もしている、というものです。

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「こんなことだから他大学に転出できないんですよ」
「早くどこかの職を探してここを出て行けばいいじゃないですか」
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裁判所はこれらの発言を「不穏当」「自らが上位職であることを背景にX准教授を非難する感情に任せて行われたものだ」と判断しました。

今回のニュース

ニュースになった山口大学医学部での【講師 vs 教授】の訴訟でも、教授の言動が女性講師の人格と尊厳を侵害するかどうかが審理されることになるでしょう。

発言が「業務の適正な範囲を超えているかどうか」は、裁判官でも判断が異なる微妙な争点です。したがって、「講師のレベルでない」「英語が貧弱」との発言がパワハラになるかどうかは、発言がされた状況などを勘案して判断されるため何とも言えません。しかし【無断で私物を廊下に出された】ことを立証できれば、これは違法行為と認定されると思います。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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