現役自衛官セクハラ裁判 「防衛省から誰一人来ていない」原告“孤立無援”状態訴え

榎園 哲哉

榎園 哲哉

現役自衛官セクハラ裁判 「防衛省から誰一人来ていない」原告“孤立無援”状態訴え
報告集会で争点などを語る弁護団の弁護士(10月2日都内/榎園哲哉)

現役女性自衛官が先輩隊員から受けた言葉による性的暴力、セクシュアルハラスメントに対して国(防衛省・自衛隊)を提訴した国家賠償訴訟の第3回期日の口頭弁論(裁判)が10月2日、東京地方裁判所(東京・霞ヶ関)で行われた。会場を都内の大学に移して行われた報告集会では、弁護団の6人の弁護士が国の対応や今後の裁判の争点などを語った。

「逃げの一手、守りの一手になっている」

現役女性自衛官の原告Aさんによる今年2月27日の提訴、6月8日の第1回口頭弁論期日を受け、防衛省・自衛隊は9月25日、約60ページにもおよぶ準備書面を提出し、反論した。

これに対し、弁護団の田渕大輔弁護士は、準備書面の内容の大半は、防衛省・自衛隊内の規則類など形式的なことで占められており、実質的反論は半分以下であると紹介。

「(国は)全面的に争ってきている。しかし、(反論は)原告からの被害申告はなかった、または不十分であった、被害申告があったところについては対応していた、という内容で、逃げの一手、守りの一手になっている」(田渕弁護士)

沖縄県那覇市内の部隊に勤務していたAさんは、先輩である男性隊員から「Tシャツを着ているとちゃんとオッパイがついているが、上着を着るとリバーシブルだよ」などという性的暴言を2年半近く受け続け、2016年1月、那覇地裁に提訴。地裁は加害者の行為を「セクハラ発言に当たると判断される」と認めたが、「公務員個人である被告が不法行為責任を負うことはない」と請求を棄却。これを受けAさんは国家賠償請求を行うことを決めた。

「加害者と被害者が完全に逆転していた」

田渕弁護士は、那覇地裁がセクハラ行為を認めたことに反し、「一貫して国は加害者のセクハラはなかったと言い続け、その前提で対応している」とAさんの怒りを代弁した。

一方で、準備書面において国は、原告の被害申告についてはしっかりと対応し、原告への安全配慮義務にも違反しないと反論しているとし、セクハラを認めていることの矛盾も指摘。「いつセクハラを認めたのか、それは(反論の)出発点、大前提として抑えていかなければならない」と力を込めた。

弁護団は安全配慮義務違反に対する九つの主張を行っているという。

その一つとして「加害者と被害者を隔離しなかった」ことを挙げ、田渕弁護士は次のように説明した。

「加害者と同じ場にいて同じ空気を吸っていた原告は心理的・精神的にとても辛い状況にあった。原告の心情に配慮した組織的なしっかりとした隔離が行われていなかった」。

また、加害者含め関係者が匿名であったのに対し、原告だけが実名だった基地内でのセクハラ教育も不適切だったと主張。「騒ぐ人がいるから気を付けましょう、という内容で、加害者と被害者が完全に逆転していた」とも述べた。

「建前と実態がかけ離れている」

2日の弁論で弁護団を代表して意見陳述した金正徳弁護士は、「自衛隊でのセクハラの実態、それに対し防止策としてさまざまな訓令などを定めているが、建前と実態がかけ離れている」と述べた。

「訓令や通達には二次被害防止のため申告した人が不利益を受けないよう明確に書かれ、また、セクハラ防止のチラシには、聞くに堪えない性的な話などをしないよう求めているが、原告が受けたのは、まさにそういう被害であり、発言であった」とし、「(セクハラ防止を)建前として定めているが、実際にはなされていない」と主張した。

さらに佐藤博文弁護士は、「自衛隊には一般の公務員と同じ規範が基本的にあるが実態は全く違う。(裁判官は)自衛隊のリアルな実態を経験していない。セクハラは深刻、し烈、悪質であり、犯罪性のあるものがまかり通っている。そのことを裁判官にいかに分かってもらうかが、この裁判の帰すうを決する」と厳しい口調で語った。

「なぜ裁判に当事者はだれも来ないのか」

筆者はかつて、1枚の写真を見て目を疑ったことがあった。それは自衛隊内の冬季体育の一環の「雪中ラグビー」を写したもの。1人の男性隊員がボールを持つ1人の女性隊員に後ろから、それは確かに胸元に抱きつくようにタックルしていた。

Aさんの件、セクハラを訴えた五ノ井里奈さん(元1等陸士)の件は、氷山の一角かもしれない。

五ノ井さんの件なども受け、防衛省はハラスメントに関して特別防衛監察を行い8月、その結果を公表した。それによると、陸・海・空自衛隊、機関等の隊員からの被害の申出件数は1325件。内訳はパワハラ1115件(76.7%)、セクハラ179件(12.3%)など。処分した8例も報告され、そのうち1例には「女性部下隊員に対して不適切な発言をした」という事案もある。

報告集会の最後にAさんは、「自衛隊を辞めてこのセクハラを訴えると辞めた人間として相手にされず、塀の外に出た人間が今さら自衛隊のことを何叩くのと言われ、何もできなくなる」と“孤立無援”の状態で戦っている理由を語った。

さらに、「私の感覚と組織の感覚にずれがある。私の事案は私と加害者の問題ではない」とし、「なぜ裁判に当事者が誰も出てこないのでしょうか。防衛省の人は誰一人来ていない。法廷に来ないのは、対処していない、関心がないということ。直視してほしい」と求めた。

木原稔防衛大臣は9月14日、着任式での訓示で浜田靖一前大臣の方針も受け、防衛省・自衛隊内のハラスメントの根絶に力を尽くしていく意向も語った。真に国民の負託を受け、信頼される組織になりうるか。その方針が、その言葉が形骸化されないことを祈る。

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