内定取り消され会社に「230万円」請求… 土木施工管理技士の訴えを裁判所が認めなかった“納得の理由”

林 孝匡

林 孝匡

内定取り消され会社に「230万円」請求… 土木施工管理技士の訴えを裁判所が認めなかった“納得の理由”
豪雨災害の復旧工事のため福岡で勤務する予定だったが…(MediaFOTO / PIXTA)

内定を出したの? 出してないの?

これが争われた最近の事件を解説します。(日本振興事件:大阪地裁 R4.6.17)

要約すると以下のとおりです。

Xさん
「口頭で採用内定が成立しています」
「内定を違法に取り消されたので230万円を請求します」

Y社
「いやいや、あなた」
「のらりくらりしてて結局、辞退したじゃないですか」

内定を出したかどうかは【Dead or Alive】レベルの分かれ目です。成立していれば【内定者がチョー強ぇぇ】ので。

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「内定は成立、、、してないですね!」

以下、内定まわりの法的知識も含め、事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)

※ 判決を簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

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▼ Y社
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・土木建設コンサルタント業などを行っている

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▼E課長
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・Y社の支店の業務課長

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▼ Xさん
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・2級土木施工管理技士の資格あり
・兵庫県姫路市在住

本件のキモは、E課長とXさんのやりとりです。

どんな事件か

平成29年夏以降、XさんはY社から就労先の紹介を受けていました。そして、9月下旬〜10月上旬、Y社はXさんに九州豪雨の災害復旧工事の仕事を紹介しました。

Xさんの主張は「10月6日に以下の条件で採用内定が成立した」というものです。「E課長が条件を提示してきて私が承諾した」と主張しています。

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契約期間 11月1日〜翌年3月31日
勤務地 福岡県朝倉市役所内
月給 55万円程度
(以下、略)
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Xさんは「この内定を違法に取り消された」として約230万円の損害賠償を求めて提訴。

ジャッジ

弁護士JP編集部

裁判所
「Xさんの負けです。内定は成立してないです」

裁判所がこう判断した理由を経緯とともに見ていきます。以下は裁判所の認定です。Xさんはいろいろと反論してましたが以下のとおり認定されました。

■ 10月24日
・Xさんが、自宅から遠い福岡県朝倉市まで出向くことに疑問を感じて、近隣の求人情報についてE課長に質問した。

・XさんがE課長にメール
「ちなみに朝倉市は何か決まりましたか?」

・XさんがE課長に「今のところ」行くつもりであると述べていた

・XさんがE課長にメール
「今の所は言うのは雇用条件や詳細睨まんと分からんって意味ですよ(← こちら原文ママです。詳細をにらむ…?)」

・さらに趣旨不明のメール
「取っ掛かりを何回か言うてましたが近いってだけで交通費や、寮費だけでも差が出るから本来は近場しか狙ってなかった活動上の作戦ですね」

裁判所
「これらのやりとりをする中で、E課長は、Xさんが本当に朝倉市まで行くのか分からず、Xさんの真意を測りかねる状況に陥っていましたね」

■ 10月26日
E課長がXさんにTELします。工事開始の11月1日が迫っており、本当に朝倉市まで来る気があるのかを確認するためです。Xさんは10月31日に朝倉市入りすることを拒否しました。

■ 10月30日
XさんがE課長に、福岡で働くことはできないと伝える。

Xさんが送ったメッセージ
「大阪と違って姫路は止まる新幹線が少ないです。自分には敷居が高いというか無理ゲーでした。色々工面してもらってすいません」

このメッセージの意味:通院するために定期的に自宅のある姫路に帰省する必要があった。姫路に止まる新幹線が少ないため福岡からの往復負担が大きかった。

■ 10月31日
XさんがE課長にメール送信(一部抜粋)
・この度は、お力になれず申し訳ありませんでした。
・体調不良などのリスクを考えて今回は辞退させていただく事にいたしました

以上の事実等を認定して、裁判所は「内定は成立していない。朝倉市の業務についての労働契約を締結する旨の確定的な意思表示の合致はなかった」と認定しました。

Xさんはいろいろな反論をしましたが、裁判所はメッセージを軸に事実認定していました。やはり証拠が命ですね。大事な局面では口頭での約束を避けましょう。

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▼ こんな一幕も
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Xさん
「10月25日に採用内定通知が送られてきました」

E課長
「違います。送ったのは健康診断の案内などです」

裁判所
「Xさんは書類をすべて破棄していますよね。採用内定通知であれば、それを破棄することは考え難いです。健康診断の案内であれば破棄したとしても不自然ではない」

Xさん無念でしたね。採用内定通知が届いたのであればゼッタイに保管しておきましょう。内定通知っぽいメールも保管しておきましょう。口頭だと裁判で「言った言わない」の水掛け論になるので、内定通知っぽい返信を引き出せるような質問(労働条件はコレでいいですか?)をするなど工夫してみてください。

内定はチョー強ぇぇ

ここからは内定まわりの法律知識を。内定はチョー強ぇぇので、会社が内定を取り消しても裁判所で違法になるケースがほとんどです。

なぜなら、内定の取り消しは解雇とほぼ同じだからです。日本の法律では解雇するのはメチャクチャ難しいのですが(労働契約法第16条)、それに匹敵するくらい内定の取り消しも難しいんです。

Q.
なぜ、内定の取り消しと解雇はほぼ同じなんですか?

林.
内定=契約だからです。正式名称は「始期付解約権留保付労働契約」と言います。かまずに言えたことがありません。今後もないでしょう。で、【内定を取り消す=契約を一方的に破棄する】なので、そんなカンタンには認められないのです。

Q.
どんな場合に内定の取り消しがOKになるんですか?

林.
「こいつ、こんなヤベーやつだったんだ! 知らなかったわ...」ってときです。最高裁は以下のケースだったら内定取り消しはOKになると言ってます。

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採用内定当時、知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的に認められ社会通念上相当して是認することができる場合
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この裁判では、会社が内定者のことを「グルーミーだから」と取り消しました。グルーミーとは「暗い」という意味だそうです。聞いたことがありません。死ぬまで聞かないでしょう。最高裁は「この内定取り消しは違法」と判断しました。(大日本印刷事件:最高裁 S54.7.20)

内定者からの辞退は基本OK

会社が内定を取り消すことはゲキムズなんですが、内定者からの辞退は基本OKです。

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民法627条第1項
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
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Q.
え? 会社の承諾はいらないんですか?

林.
はい。「辞退します」と一方的に告げるだけでOKです。恋人と別れるときと同じです。

Q.
「内定を辞退したら違約金を支払う」という書面にサインしたのですが...

A.
安心してください、クソ紙です。そんな書面は労働基準法16条違反なので無効death。

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使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
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詳しくはコチラをご覧ください
入社前日の「内定辞退」はアウトorセーフ? 不義理と“見なされない”基準とは

相談するところ

内定関係でトラブった方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんなときは社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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