災害発生時に「まず取るべき行動」は? “防災弁護士”が体感した被災地のリアル

榎園 哲哉

榎園 哲哉

災害発生時に「まず取るべき行動」は? “防災弁護士”が体感した被災地のリアル
防災の啓発に積極的に取り組む永野弁護士(撮影:榎園哲哉)

海に浮かぶつり橋にもたとえられる島国日本。地震・津波をはじめとし、毎年のように災害に襲われる。

「防災の日」の9月1日(1923年に関東大震災が発生した日)と、「防災週間」の8月30日~9月5日には、政府主導により、全国で対処訓練などが行われた。

被災したとき、被災に備えて、「法的」に対処・準備することはあるのか。東日本大震災(2011年)を契機に防災にも積極的に取り組み、「防災弁護士」とも呼ばれる永野海(かい)弁護士(中央法律事務所=静岡県静岡市)に、心得などを聞いた。

被災者が「法律相談」に来ない理由

防災に力を入れるようになったのは何がきっかけですか。

永野弁護士:東日本大震災の後、福島県南相馬市の避難所を回り、法律相談の支援を行いました。関東弁護士会連合会が仲介し、静岡の弁護士が被災地に入りましたが、支援以上に学ばせてもらった意義の方が大きかったと思います。東海地震や南海トラフ地震への備えの必要が言われていましたが、リアリティーがなかった。津波の被害や避難生活などを目の当たりにして、全員がとてつもない衝撃を受けました。

法律相談では、被災者からはどのような相談を受けましたか。

永野弁護士:当初は体育館などの避難所にブースを設け、受け付けたのですが、相談に来る人はいませんでした。これは現地で得た大きな学びでもあるのですが、被災した直後、被災者は、法律相談と言われても弁護士に何を相談すればよいか分からないのだと思います。

現在は対応の方法が変わってきていて、法律相談という名称は使わず、何でもいいから話に来てほしい、と呼び掛けています。

相談を受けるだけではなく、支援制度にはどんなものがあるのかや生活再建はどのようにすればスムーズにいくのかなど、場合によっては建築士など他の専門家とも連携しながら被災者に「情報提供」するようになりました。むしろ情報提供したいこと、伝えたいことがあるから来てください、行かせてくださいと。会話をする中で「家が壊れた」、「水浸しになった」、などの「法律が解決を後押しできる」相談は必ず出てきます。

弁護士に聞く“防災ノウハウ”

被災者が気づいていないだけで「法律が解決を後押しできる」こともあるということですね。

永野弁護士:たとえば、生活再建のための支援や補助金申請の制度は複雑で、使いこなせる人は一部です。国や自治体による制度と被災者の間に入り、「これはこういう制度で、こういう人が対象です」と“翻訳”する人が絶対必要です。

その“翻訳”の仕事には弁護士が特に向いていると思います。制度イコール法律で、弁護士は法律を読み解くプロだからです。被災に遭った人には気軽に弁護士に相談してほしいですし、弁護士の側も、「弁護士がやらなければ誰がやる」という自負を感じてほしいです。

被災者となった場合、優先的に行うべき法的な手続きなどがあれば教えてください。

永野弁護士:これは法的なことに限りませんが、被災者にとって一番重要なことは人に頼ることです。まじめな人ほど一人で抱え込んで動けなくなります。たとえば、水害に遭った場合、最初に土砂を取り除いたり、床を開けて乾燥させたり、ということをやらなくてはいけませんが、個人ではなかなかできません。ボランティアを派遣してもらう、といったことが大事な一歩になります。非常時は「人に頼めない」という先入観は捨て、SOSを出してください。遠慮せず、ずうずうしいくらいに相談してほしいです。

そして法的に言えば、被災の「証拠」を残すことも大事になります。被災者支援を利用するのに必要な「罹災(りさい)証明書」を申請するために、写真や動画で被害の状況を記録してください。片付けはその後。後々の税金の還付や損害賠償請求、保険請求などに備えて被災後に買った物のレシートも捨てずに、袋などに放り込んでおく程度のことでも後日役に立つこともあります。

被災に備えて事前に知っておくべき法的知識などはありますか。

永野弁護士:南相馬市で支援していたとき、警戒区域で美容室を経営している女性から「避難中の賃料は払わないといけないのですか」という相談を受けたことがありました。結論は払わなくていいのですが、賠償に関わるよく起きる問題はインターネットなどで知っておいてもいいでしょう。各地の弁護士会が運営する「災害ADR(紛争解決センター)」の存在なども被災後の法的問題を話し合いで解決する1つの方法ですから知識として持っておくとよいと思います。

支援のためのサイトや制度があることを知っておくだけでもいい。被災した時に、寄り添ってくれる人や制度が何もないと感じるとと心が折れてしまいますから。

弁護士が一緒に生活を再建していく

今後「防災弁護士」として取り組みたいことはありますか?

永野弁護士:たとえば南海トラフ地震が起きた場合、どれだけ弁護士が頑張っても被災者全員の相談を受けることはできません。今後、AIやITを活用し、被災者が支援制度など生活再建や復興に必要な“情報”にたどり着けるアプリケーションやシステムを開発して、自分で復興していける人を増やしていくことも大切だと思っています。

被災者にも情報収集力の強い人、弱い人がいます。アプリなどを用いて情報を集められる人には自分の力でどんどん生活を再建してもらい、一方で置いていかれてしまう情報取集力の弱い人、高齢者や障害のある人たちのところには弁護士が訪問して一緒に生活を再建していくというようになるといいと思います。

取材協力弁護士

永野 海 弁護士

永野 海 弁護士

所属: 中央法律事務所

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