福島原発「ALPS処理水」の海洋放出開始 漁業関係者と地元住民“憤り”の提訴へ

榎園 哲哉

榎園 哲哉

福島原発「ALPS処理水」の海洋放出開始 漁業関係者と地元住民“憤り”の提訴へ
放出前に処理水のサンプリングを行う東電職員(東京電力HPより)

東北地方を中心に襲った東日本大震災(2011年3月)から12年後、未曽有の大災害で損壊した東京電力・福島第一原子力発電所(福島県大熊町)の原子炉建屋で汚染した水の「ALPS処理水」の海洋放出が8月24日、同原発で始まった。

30年かかる処理水の放出完了

太平洋への放出開始の様子を、テレビが静かに淡々と伝えた。

首相官邸と経済産業省のホームページによると、福島第一原発の原子炉建屋で冷却水や地下水などが溶け落ちた核燃料に触れて発生した汚染水は、今も1日に約90トンが発生し、今年4月現在で貯蔵タンク数・容量(約1000基、137万トン)の97%(133万トン)に達しているという。

タンク増設の余地はなく、政府は約2年前の2021年4月、汚染水を徹底して処理した上で海洋に放出する方針を決めていた。

ALPS処理水は多核種除去設備「ALPS(アルプス、Advanced Liquid Processing System)」により浄化された水。トリチウム以外の核種を浄化。除去することが非常に難しいトリチウムについても、海水で希釈(100倍以上)することで濃度を規制基準(6万ベクレル/リットル)の40分の1の値(1500ベクレル/リットル)にまで下げる。この処理水を貯蔵タンクから福島第一原発の沖合の太平洋へ、およそ30年をかけて放出する。

国際原子力機関(IAEA)は、7月に公表した報告書でALPS処理水について「人及び環境に対し、無視できるほどの放射線影響になる」と伝えた。

ちなみに、ごく弱い放射線を発するトリチウムについては、近隣諸国・地域も各国・地域の法令を順守した上で国内外の原発や再処理施設において、海洋や河川、または大気中へ放出している。

風評対策、生業継続対策しっかり講じる

岸田文雄首相は8月21日、東京・永田町の首相官邸で全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長ら漁業関係者と会談を行い、「(福島第一原発・事故炉の)廃炉プロセスの前提となる不可欠のステップがALPS処理水の海洋放出です」と理解を求めた。「風評対策、そして生業(なりわい)継続対策について、しっかりと講じてまいります」と決意も伝えた。

会談で全漁連関係者に説明する岸田首相(首相官邸HPから)

東京電力(本社・東京都千代田区、小早川智明社長)もまた、「地元をはじめとした皆さまからのご懸念やご関心に真摯に向き合い、ご要請をしっかりと受け止め、応えていく取組を一つひとつ重ねてまいります」との声明を発表している。

しかし、地元福島県の住民らを中心に環境へ与える影響への不安は根強い。

海洋放出に先立つ8月4日には、四国・関西エリアで食品・宅配事業を展開する生活協同組合連合会「コープ自然派事業連合」(本部所在地・兵庫県神戸市)が東京・永田町の参議院議員会館で関連3省庁と東京電力の代表に対し、意見書を提出。「私たちは、次世代に引き継ぐ環境を守り、海の恵みを安心していただくことのできる未来を望みます」と求めた。

放出に反対する「コープ自然派事業連合」役員ら(8月4日 都内/撮影:榎園哲哉)

漁業関係者・住民ら、提訴も予定

放出に反対する漁業関係者を中心とした一部住民は、司法の場での解決を求め提訴も予定している。

8月23日には、地元住民を代表する「ALPS処理汚染水差止弁護団」(共同代表・広田次男弁護士、河合弘之弁護士、海渡雄一弁護士)が福島県いわき市内で報告会(会見)を開いた。

漁業関係者を含む福島県内の地元住民らが原告となり、国と東京電力を訴える。弁護団によれば、国に対しては「海洋放出の認可取り消し」を東京電力に対しては「放出の差し止め」を求めるといい、福島地方裁判所への第一次提訴は9月8日を予定している。

会見では共同代表の弁護士から「過去に放射性物質を故意に海に放出した例はありません。仮に薄めても放射性物質の総量は変わりません」、「海洋放出以外にも、大型タンクを増設するとか、汚染水をモルタル固化するなどの有効な代替案が提案されていますが、きちんと検討されていません」など、反対理由が語られた。「放射性廃棄物の海洋への投棄は、ロンドン条約96年議定書によって全面的に禁止されています」とし、同議定書に違反する可能性も挙げた。

また、会見に参加した地元住民の一人は「海の幸に恵まれたここ(福島)での暮らしに誇りを持っていました。海を汚さないでほしい」と語った。また他の一人は、「東北の漁業の未来に関わること。福島県だけの問題ではない」と切々と訴えた。

海は人類共有の財産

一方、全漁連会長らとの会談で岸田首相は、「『福島の復興なくして日本の再生なし』を旗印に掲げ、被災地の復興を最優先課題として取り組んでまいりました」と語っている。

「海は人類共有の財産です」―。会見ではそうした声も聞かれたが、原発事故の二次災害にどう立ち向かっていくか。日本人の、人類の英知が試されているのかもしれない。

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