VTuber「にじさんじ」運営“権利侵害”に本気措置 「示談金300万」は妥当なのか?

Nana Numoto

Nana Numoto

VTuber「にじさんじ」運営“権利侵害”に本気措置 「示談金300万」は妥当なのか?
弁護士JPの取材に答えるVTuberながのりょう弁護士

5月25日、ANYCOLOR株式会社は所属ライバーへの権利侵害行為(プライバシー権侵害行為)を行った人物と300万円以上の損害賠償金を支払う形で示談が成立したことを発表した。ANYCOLOR株式会社は、壱百満天原サロメなど有名VTuberが所属するバーチャルライバーグループ「にじさんじ」を運営する会社である。

VTuber・ライバーとは2D、3Dのキャラクターの姿を使って、動画投稿やライブ配信をしている動画配信者のことを指す。主にYouTubeで活動している人が多いが、ニコニコ動画や他配信プラットホームにも存在する。コンテンツ内容はゲーム配信から歌唱までさまざま。昨今は英語など日本語以外の言語で発信するVTuber・ライバーも登場し、世界的な人気になっている。

VTuber界の大手事務所 VS 権利侵害者

今回権利侵害者への賠償請求が話題となった「ANYCOLOR株式会社」は、VTuber・ライバーをマネジメントするプロダクションとしてもかなりの大手だ。前述の「にじさんじ」はテレビCMにも起用され、チャンネル登録者数170万人を超えるVTuber・壱百満天原サロメなど、多くの人気VTuber・ライバーを抱えている。

ANYCOLOR株式会社の発表および報道によれば、インターネット掲示板において所属ライバーの氏名、容貌等の個人情報を掲載するなど、プライバシー権を侵害する行為を行った人物に対し、発信者情報開示請求訴訟を提起した。その後、請求は裁判所に認められ、対象者に対する損害賠償請求を行った結果、対象者が300万円以上の損害賠償金を支払うかたちで示談が成立したという。

本件については、SNS上を中心に権利侵害をした人物への憤りや運営会社の毅然(きぜん)とした態度に称賛が集まる一方で、少数ではあるが300万円以上という金額を高いと疑問視する声もあった。

今回は自身もVTuberとして活動する、ながのりょう弁護士に、300万円という金額が妥当なものなのか、顔や氏名などを隠して活動することの多いVTuber・ライバーへの誹謗中傷はどれほどのリスクがあるものなのか話を聞いた。

ANYCOLOR株式会社公式サイト(https://www.anycolor.co.jp/)では、「誹謗中傷対策検討会」に参画していることを知らせている。

賠償額はどのように決まるのか

一般的に、プライバシー侵害や誹謗中傷の損害額はどのように定められるのでしょうか。

ながの弁護士:本件のようなプライバシー侵害の事例の場合は、民法上の不法行為(民法709条、710条)が問題となりますので、損害として認定されるのは原則問題になった投稿と因果関係のある損害に限られます。

次に、損害賠償の費目は「財産上の損害(民法709条)」と「財産以外の損害(民法710条)」に分かれますが、近年問題となっている「インターネット上の投稿による損害賠償」は、主として「財産以外の損害」として慰謝料を請求することが多いです。

ただ今回は、ANYCOLOR株式会社に所属されているライバーさんが被害者のため、企業側(ANYCOLOR)が被った営業上の損害、信用の低下、その他企業側に生じた損害なども加害者に請求していた可能性もあると思います。

今回のケースでは財産以外の損害の慰謝料と、企業が被った損害などを合わせて賠償額が決まっている可能性があるということですね。

ながの弁護士:あくまでも可能性がある、という程度です。ところで、ライバーさんを被害者とする請求で企業側に生じた損害を請求できるのかという問題もありますが、今回のケースは、示談(和解)によって終結している点にも注目です。

和解によって終結するということは、裁判所が判決で損害額を認定したわけではなく、双方(被害にあったライバー側(あるいは企業も含めて)と侵害行為を行った側)の同意で損害賠償の額が定められたと考えられます。 示談、合意、和解等、細かな違いはありますが、それらは損害賠償額の総額だけでなく、支払いの方法を分割にするか一括にするか、いつ支払うのか、謝罪条項の有無、口外禁止条項など、当事者間で金額以外にもさまざまな条件を定めることも多いですから、今回も色々な条件がその他に定められたうえで、「300万円以上」という金額が定められたのではないでしょうか。

賠償額“300万円以上”は高額?

ANYCOLOR株式会社が権利侵害者に対して求めた300万円以上という金額は、他の権利侵害に対する賠償額などと比べて高額なのでしょうか? それとも妥当と言えるのでしょうか。

ながの弁護士:まず、今回の額が妥当であるのか、異例かを外部から評価することは難しいため、お答えしかねます。被害を受けたライバーさん側がどのような請求をして、相手とどのような話し合いがなされて、どのような条件で合意した結果「300万円以上」という額になったのかは外部からは分からないためです。

ただ、本件は被害を受けた人物がANYCOLOR株式会社に所属している著名なライバーさんなので、侵害行為によって予定していたイベントに出ることができなくなるなどの損害が発生していた可能性もあります。もしその辺りの損害も併せて請求しているのであれば、損害の額も大きくなると思います。 一方で、10年ほど前には、プライバシー侵害に対する慰謝料の平均相場は100万円前後とも言われていました。ただ現在は、もちろん事案ごとの個別事情によって変わりますが、30万〜70万円程度の判決も出ていますし、裁判官も、裁判上の和解においてそれらの判断を念頭に置いた和解額の提案をすることもあります。そうした視点から見ると、今回の「300万円以」上という額は、いわゆる誹謗中傷の開示請求事件の和解額から考えると高額と言えるでしょうね。

VTuberでも「画面の向こうには“人間がいる”」

安易な気持ちで権利侵害を行う危険性や、逮捕・送検のリスクについて、特にプライベートを明かさずに活動することの多いVTuberに対して気をつけるべきことがあれば教えてください。

ながの弁護士:私自身もVTuberをやっているので折に触れて配信でお話ししていますが、まず気をつけるべきことは、現在は誰でも簡単に情報発信ができる時代なので、誰しもが被害者にも加害者にもなり得る危険性があるということです。

ただ、ここで難しいがあります。誰もが聞いたことがあると思いますが、「誹謗中傷をしないように」と一口に言っても、その内容はさまざまです。名誉毀損(きそん)罪、侮辱罪、脅迫罪など、刑法犯に該当するものや、今回のケースのように、民事上の不法行為に該当するプライバシー侵害など多岐にわたりますし、それぞれ要件も異なるので、そもそも「何にどの程度、気をつけたらいいのか分からない」という方も多いのではないでしょうか。

他方で、開示請求の方法も簡易化・迅速化してきているので、匿名の投稿でも後から開示請求や損害賠償請求を受ける可能性が十分にあります。また、場合によっては逮捕されるケースもありえることを考えると、分からないままにしておく訳にもいきません。

そこで、今回私がお勧めする気をつけるべきポイントは、たとえ相手が顔の見えないライバーさんであっても、画面の向こうに“人間がいる”ということを投稿前に一度よく考えるということです。受け手がどのように感じるのかを配慮した上で投稿等をすることで、トラブルを減らして楽しく「推し活」してほしいと思っています。

取材協力弁護士

永野 亮 弁護士

永野 亮 弁護士

所属: BACeLL法律会計事務所

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