「神田沙也加さん急死」に関する報道に法的な問題はないか

中原 慶一

中原 慶一

「神田沙也加さん急死」に関する報道に法的な問題はないか
神田沙也加さんの公式インスタグラム最後の投稿(https://www.instagram.com/sayakakanda/ ※画像一部加工)

厚生労働省も異例の注意喚起

公演先の札幌市内のホテルで女優の神田沙也加さん(享年35)が急死したのは先月18日。北海道警は、司法解剖の結果、死因は転落による外傷性ショックと発表した。

沙也加さんの公式HPでは同月21日、「ファンの皆様、関係者の皆様」と題した文面を掲載。「転落の原因につきましては、神田本人の名誉と周囲の方々への影響を踏まえて公表を控えたく、お含みいただけましたら幸いです」とあった。

事件発覚後の19日には、厚生労働省が、メディア関係者宛てに、著名人の自殺報道のあり方に関する文書をいち早く発表した。

それによれば、〈昨日12月18日、女優の神田沙也加さんが逝去され、死因が自殺である可能性があるとの報道がなされています。著名人の自殺に関する報道は、その報じ方によっては、著名人をロールモデルと考えている人(とりわけ子どもや若者、自殺念慮を抱えている人)に強い影響を与え、「模倣自殺」や「後追い自殺」を誘発しかねません〉と注意喚起。「自殺報道ガイドライン」を踏まえた報道を呼びかけた。

神田沙也加公式サイトより(https://www.sayaka-kanda.net/)

さまざまな悩みを抱えていたと報じられたが…

一方、その後、〝動機〟を巡る報道が相次ぎ、12月23日発売の「週刊文春」では、沙也加さんが今年10月から交際を始めた5歳年下の舞台俳優との関係について悩んでいたと報じた。

記事では、沙也加さんは、その俳優の元カノであるアイドルA子と三角関係にあったとして、沙也加さんの部屋には、事務所宛とその俳優宛の二通の手紙が残されていたという。さらに、母・松田聖子との7年に及ぶ断絶や、札幌行き直前、手術が必要なほど喉の病気が悪化していたことが判明したことなどにも触れていた。そして1月6日発売の同誌では、その舞台俳優とされる男性が「死ねよ」と沙也加さんを罵倒する音声データの存在と詳細までもが報じられた。

記事の内容が事実だとすれば、沙也加さんはさまざまな悩みを抱えていたことになる。一方、沙也加さんが飼っていた愛犬が最近死去したことや、沙也加さんが心療内科に通院し、処方薬を服用していたことを報じるメディアもあった。精神科のクリニックに勤務するある臨床心理士はこう話す。

「仮に自殺であったとしても、理由を一つに特定するのは正しいとは言えないでしょう。複数の要因が絡み合っていることもありますし、衝動にかられて行われる場合もあるからです。真の理由は本人にしか分かりません」

死者に名誉権やプライバシー権は与えられていない?

しかし、こうした報道は、プライバシー侵害や名誉毀損など法的な観点から見て問題はないのだろうか。危機管理や不祥事対応なども手掛ける杉山大介弁護士に聞いた。

「あくまで一般論ですが、死者の名誉毀損やプライバシー権の侵害を主張するのはかなりハードルが高い。究極的には法律の問題ではなかろうとも思っています」

杉山弁護士は続ける。

「そもそも保護される権利があるのか。法的な訴えをするには、何らかの法的権利が侵害されている必要があります。しかし死者に名誉権やプライバシー権を与えるか、与えるとしてどの程度とすべきかという点は、生者と同列にはとらえられていません」

刑法の名誉毀損に関する箇所を見ると以下のようにある。

【第二百三十条】
1 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

杉山弁護士は解説する。名誉毀損は、「事実」であってもなくても、それを公開したことで本人の名誉を毀損したら罪になるが、死者の場合は〝虚偽の事実を公開した場合〟以外は罪にならない。つまり「事実」なら問題ないとされている。プライバシーについても、死者には刑法上の保護はなく、個人情報保護法でも、死者の個人情報は保護対象になっていないという。

「それもあってか、損害賠償請求などをする際にも、遺族の敬愛追慕の情といった生者の権利侵害を根拠にすることが多いようです」(杉山弁護士)

過熱報道がなくならない本質的な理由とは

しかし実質的には、こうした報道は後を断たず、仮に違法性があったとしても、それが何かの抑止力になるかというと、決してそうではないと杉山弁護士は話す。

「私個人の感想で言えば、こうした事案が起きた直後に、不確かな事実の中からあれこれ報道がなされることは適切ではないと感じます。事案発生直後、世間の関心が高い時に報道が集中し、情報が確かになってくる後の段階には報道すらされなくなっていくのは、バランスに欠くと感じます。これは普段の刑事事件に関する報道でも同じことです」

「しかしながら……」と杉山弁護士は続ける。

「そのように情報を消費することを望んでいるのは読者・視聴者自身であり、社会の構成員の多数であるわけです。有名人が死に至れば、その要因を何かに求めて、ストーリーを語りたがるのが我々人間です。

そのニーズに応えて、その時点で分かっていることを伝えることを、『悪だ』『排除すべき』だと一概に断じられるでしょうか。こうした報道の問題は、社会の構成員が人の死に土足で踏み込むことを恥ずかしいと感じるようにならない限り、決してなくならないでしょう」

一方で、前述の通り、報道の過熱によるマイナス面である〝後追い自殺〟の懸念もある。
自殺に関する報道の難しさは、情報の発信者側、受け手側双方にとって、今後も避けて通れない問題といえそうだ。ともあれ今は、神田沙也加さんのご冥福を祈るばかりである。

【相談窓口】
〈日本いのちの電話連盟〉
ナビダイヤル
0570-783-556
(午前10時~午後10:00)

フリーダイヤル
0120-783-556
(毎日:午後4時~午後9時、毎月10日:午前8時~翌午前8時)
※インターネットによる相談も行っています。

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