社長ラブコールで転職も“成績不振”理由に「試用期間中」解雇は妥当? 裁判所の判断は…

林 孝匡

林 孝匡

社長ラブコールで転職も“成績不振”理由に「試用期間中」解雇は妥当? 裁判所の判断は…
試用期間でも「解約権留保付労働契約」が結ばれ雇用主は簡単に解雇ができない(polkadot / PIXTA)

転職活動をしていたXさん。
ある会社の社長からラブコールを受けます。

社長
「なんだ、ウチに来ないのか?」

Xさん
「来るも来ないも、まだお会いしたばかりで」
「私がどれくらいの者かも分からないでしょうし…」

社長
「オレは君と話して分かるよ」
「それに職務経歴書やメールの文章も見た」
「すぐウチに入社しなさい」

Xさんは入社。しかし、3か月後。寝耳に熱湯!…解雇されます。試用期間中の解雇。Xさんが訴訟を提起。

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「この解雇はダメだわ〜」
「突然すぎるし、合理的理由がないし」
「慰謝料150万円を払いなさい」

以下、分かりやすくお届けします。
(ニュース証券事件:東京地裁 H21.1.30)(弁護士・林 孝匡)。

※ 裁判を一部抜粋、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

事件の当事者

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▼ Y社
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・証券会社

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▼ Xさん
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・転職でY社に入社
・営業などで採用される
・前職も証券会社で営業(7年間)

どんな事件か

社長のラブコールから、3か月後の解雇までを見ていきます。

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▼ ステップアップしようかな
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Xさんは前の証券会社で7年ほど勤めたころ、ステップアップするために転職活動を始めます。転職サイトに登録しました。

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▼ 良い人、み〜っけ!
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その後、Y社の担当者がXさんを見つけます。担当者はXさんに「面接したい」と伝えます。Xさんは面接のためにY社へ赴きました。

面接スタート。

担当者はXさんに「前の証券会社での経験を生かして営業基盤の底上げ、顧客の拡大をしてほしい」と伝えました(営業ノルマの話は一切、出ず)。

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▼ 社長のラブコール
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面接のあと、社長が登場します。

Xさん
「ほかの証券会社への採用面接も進んでいるです…」

社長
「なんだ、ウチに来ないのか?」

Xさん
「来るも来ないも、まだお会いしたばかりで、私がどれくらいの者かも分からないでしょうし…」

社長
「オレは君と話して分かるよ、それに職務経歴書やメールの文章も見た。すぐウチに入社しなさい」

Xさんは社長の言葉を光栄に感じます。そりゃ、社長からこんなこと言われたら嬉しいですよね。「自分のことメッチャ買ってくれてるやん!」って。

社長はその場で判断をXさんに迫ったので、Xさんは入社の決意を述べました。

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▼ 入社
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H19/5/21 入社

試用期間は6か月です。就業規則には、

====
試用期間終了までに不適と認められたときは、解雇することができる
====

との記載がありました。

■ 補足
ほとんどの会社にこういう条項はあります。これを翻訳すると「試用期間でアナタの仕事ぶりを観察します。ポンコツすぎたら解雇するからね」ってヤツです。そんなカンタンに解雇は認められませんが!今回も裁判所は「この解雇ダメ〜」って言ってます。

話を戻します。

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▼ 社長の不満
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7月上旬。上司はXさんに忠告します。

上司
「社長から(営業の)『ペースが遅い』との指摘が出ている」
「このままでは給料の見直しも検討せざるを得ない」
(ここでもノルマの話は一切、出ず

Xさんの営業がうまくいかなかった原因の1つに、以下の事情がありました。

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▼ 前の証券会社からの警告!
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Xさんが前に勤めていた証券会社がXさんに警告書を送ったんです。ザックリいうと「ウチの顧客を盗るな(勧誘するな)」というもの。「今後、勧誘を繰り返したら損害賠償請求すっぞ」とも警告されました。

この警告によって、Xさんは営業を縮小せざるを得なかったんです。

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▼ ちょっと来たまえ
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8/27 Xさんは役員2名から呼び出されます。

役員
「キミの成績が振るわないので解雇の方向で話が進んでいる」

Xさんは寝耳に熱湯です。

Xさん
「営業を始めてからまだ3か月ですよ」
「解雇の話が出るなんてあまりにも急すぎます」
「せめて6か月の実績を見てもらえませんか」

就業規則では6か月ですもんね。

Xさん
「私の採用を決めた社長と直接、話をさせてください」

たしかに…。あんたじゃ話にならねぇ!私は社長から1本釣りされて入社したんだ!社長と話をさせろ!って感じですよね。

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▼ 最後通告
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翌日…。役員は2択を迫ります。

役員
「給料を65万円から25万円に減額した上であと1か月だけ猶予するか、それがイヤなら解雇を受け入れてください」

ーーー あの〜。Xさんは「社長と話がしたい」って言ってんですけど。

役員
「社長は面談しません」

ーーー 社長、逃げたな!一本釣りしといてドロンですか!説明責任、果たせや!

Xさん
「これまでの実績は他の従業員と比べて遜色がないと思います。なのに、なぜ私だけ解雇なのですか?」

役員
「キミは期待度が高すぎた。だから給料も高い」

ーーー なんか私…無視されてますね

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▼ これにサインしたまえ
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翌日。役員はXさんに合意書を見せ、サインを求めました。その合意書には「月給を65万円から25万円に変更する」と書かれていました。

Xさんはサインを拒否。試用期間の残り3か月についてこれまでと同じ給料の支払いを求めました。

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▼ 解雇
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9/3 会社はXさんを解雇します。理由は、就業規則の【試用期間終了までに不適と認められたとき】にあたるというもの。

Xさん
「顧客に連絡して説明したいので、夕方まで時間を頂けませんか」

上司
「顧客への説明は会社で考えます。荷物を整理してスグに出ていくように」

ーーー 言い方、キツッ!

ジャッジ

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「この解雇は無効だね」
「バックぺイ約58万円を払え」
「慰謝料も150万円を払いなさい」

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▼ 試用期間中に解雇できるケースは?
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Q.
試用期間って、お試し期間なので「コイツ、ダメだな」って思ったら結構カンタンに解雇できるんですよね?

A.
無理です。試用期間とはいえ、会社と従業員は強い契り(契約)で結ばれているからです。(正式には解約権留保付労働契約)

Q.
じゃー、どんなケースだったら解雇できるんですか?

裁判所 「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合だけです」

Q.
は?

A.
まぁザックリ言えば「さすがにこの人は解雇されても仕方ないよね」って時だけです。

ーーー 会社さん、言い分をどうぞ

会社
「Xさんの3か月間の手数料収入が低すぎです。ご自身の給料分も売り上げていないんですよ。Xさんの給料は65万円なのに売り上げは【6月:63万8000円、7月:41万2000円、8月:11万4000円】。右肩下りですし。Xさんの成績が今後改善される見込みがあるとは判断できませんでした」

裁判所
「たしかに、Xさんの手数料収入は高いものとはいえないけど、わずか3か月強の期間の手数料収入だけを見て、Xさんの資質、性格、能力などが従業員としての適格性を有しないとは到底認めることはできません。なので、本件解雇は、客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当として是認することができません」

〈ほかの理由〉
 ・当時、日経平均株価は大幅に続落し続けていた
 ・当時の相場状況はサブプライムローン問題によって世界的な株安の状態
 ・個人投資家へ投資を呼びかけることはゲキムズだった
 ・営業日誌を見れば地道に営業活動をしていた
 ・成約できそうな取引もあった

というわけで、解雇は無効となりました。

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▼ 解雇OKとなった裁判例
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今回はXさんが勝ちましたが、社員が負けたケースもあります。

転職組の場合、仕事ができなければ、試用期間中に解雇される可能性はチョットだけ上がります。

「専門知識・経験を見込んで採用したのに、え? ぜんぜん仕事できないじゃん」ってケースは解雇OKになることがあるんです。

・空調服事件:東京高裁 H28.8.3
・キングスオート事件:東京地裁 H27.10.9

事件名でググって見てくださいね。

裁判官が「この解雇には客観的に合理的な理由があるだろうか?」「社会通念上相当といえるだろうか?」を考えて決断します。

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▼ 慰謝料 150万円
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今回、珍しいです。会社に慰謝料の支払いも命じています。

ーーー 裁判所さん、慰謝料を認めたポイントは?

裁判所
「社長からの勧誘で前の会社を辞めて入社している」
「わずか3か月で解雇されており、会社の対応は急すぎる」
「突然の解雇でXさんは顧客の信頼を少なからず失った」

ーーー すなわち!小田和正の「ラブストーリーは突然に」くらいの【突然さ】だったことが決め手ですね?

裁判所
「…」

(非論理的な「すなわち」を使うと裁判官に無視されます)。

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▼ バックペイ(過去の給料)
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バックペイは約58万円(2か月分だけ)認められました。Xさんは解雇されて2か月後には別の証券会社に就職していたし、裁判所でも金銭解決を求めていたからです。裁判所は「Y社で就労する意思を失った」と認定しました。

■ 補足
「自分、まだ前の会社で働きたいっす!」というアピールをして、裁判所も「就労する意思まだあるよね」と認定してくれたらバックペイがガッツリ認められることも多いです。数年分、数百万とかザラです。働いていないのに、もらえます。

Q.
転職してしまった場合は、就労の意思は消えせてしまうのでしょうか?

A.
転職=就労の意思は消えせる【ではありません】。生きていくためにやむなく転職せざるを得ない場合がほとんどですから。で、転職したとしても、解雇裁判に勝てば、基本、前の会社の6割の給料をもらえます。働いていないのにもらえる、ビッグボーナスです。

さいごに

試用期間はオタメシだからいつでも解雇できる【わけではありません】。解雇がOKになるケースは少ないです。

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▼ 相談するところ
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もし会社から「お試し期間だから当然解雇はOKだ!」オラつかれてる方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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