【全文公開】高橋まつりさん母の手記。電通過労自殺から6年「娘のようにぎりぎりまで頑張らないで」

弁護士JP編集部

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【全文公開】高橋まつりさん母の手記。電通過労自殺から6年「娘のようにぎりぎりまで頑張らないで」
2012年4月1日撮影。まつりさんが大学3年生に進級する前の春休みに旧東海道・甘酒茶屋あたりで(写真:遺族提供)

「数日前から静岡の実家に帰省していて、その日はまつりと私のふたりで、箱根旧東海道へハイキングへ行きました。箱根神社(元箱根)から旧東海道を歩き、甘酒茶屋、畑宿、飛龍の滝を経て、箱根神社へ戻る7時間かかる長い行程を歩きました。娘と歩くハイキングは私の一番の幸せな時間でした」

2015年12月25日、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が自ら命を絶った。

この事件は、過労自殺として2016年に労災認定。電通はまつりさんらに違法残業をさせたとして労働基準法違反の判決を受けた。2018年には、残業の上限規制を盛り込んだ働き方改革関連法が成立。長時間労働などがまん延する日本の働き方が見直される一つのきっかけとなった。

冒頭のコメントは、まつりさんの母・幸美さんが、親子で行ったハイキング(写真)の思い出を語ったもの。

事件から6年。命日に寄せて、幸美さんが手記を公開した。以下に掲載する全文を通して、今なお根深く残る長時間労働やパワハラといった労働問題について改めて考える機会となることを願う。

まつりの6年目の命日(七回忌)によせて

高橋 幸美
2021年12月25日

まつりへ、 あなたはいま、どこかでこの世界を見ていますか?

まつりの30歳のお祝いを一緒にできなくてごめんね。

6年前のクリスマス、あなたを助けてあげられなくて、本当にごめんね。

幸せになるためにあんなに頑張っていたまつりを思うと、母さんは涙がとまりません。 まつりに会いたいよ。

幸せになるためにがんばってきたのに。仕事するために生まれてきたわけじゃないのに。生きていたら絶対に幸せになれたはずなのに。

子どものころから、どんなに辛いことがあっても、あきらめないで、どうしたらいいか自分で何でも考えて、努力してきたまつりは、電通に入ってからも本当に頑張ってたよね。部屋に帰って、企画書や広告業界の論文を徹夜で書いたり、どんどん振られてくる仕事を全部こなしてたよね。

新入社員が仕事を選ぶことはできないし、「できません」なんて言えない。

1日20時間も会社で仕事して、徹夜で仕事して、3日も家に帰れないで仕事して、1日2時間しか眠れなくて、辛くてたまらなかったよね。

どうしたら部署異動できるのか退職できるのか労働組合の先輩に相談したり、人事と面談してたのに、誰も助けてくれなかったよね。

母さんを心配させたくなくて、会社を辞められなかったんだよね。

「休職か退職か自分で決めるから、お母さんは口出ししないでね」と、言ったあなたの言葉を信じなければよかった。

まつりが生きているうちに社長に抗議すればよかった。

母さんはあなたのことを毎日思って、必死に頑張っているよ。

まつりがこの世に生きたことをなかったことには絶対にしないために…

まつり、見ててね。

でも「まつりが日本の働き方を変えたよ」と、あなたに報告できません。

なぜなら、私のもとには「まつりさんのお母さんに聞いて欲しい」とSNSのメッセージが来るからです。

「仕事が辛くて、死にたいけど、まつりさんのお母さんが悲しむ姿を見て、自分の家族も悲しませてはいけないと思い、仕事を辞めることにしました」「会社でパワハラやサービス残業があって辛い、死にたい」「コロナワクチンを接種できないなら、やらせる仕事はない、会社に来るなと言われました」悲痛な内容です。

電通グループの方からの相談もあります。

電通グループの社長の交代が発表されましたが、トップが変わっても労働環境の改善に取り組み、長時間労働やハラスメントの社風を改善して、社員の命と健康を最優先にした経営をすることを強く望みます。

今年は厚生労働省の過労死等防止対策推進協議会の遺族委員として、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の見直しに関わりました。その中で強く感じたのは、過労死防止法ができても、「働き方改革関連法」が施行されても、現行法の中では仕事が原因で健康や命を失う人を根絶できていない、というもどかしさです。過労死ラインの残業が認められ、時間外労働の罰則さえない職種があるからです。労基署はサービス残業の取り締まりさえできません。

トヨタ自動車、三菱電機、パナソニック、富士通、東芝などの大企業で過労死等の再発が相次いでいることに、憤りを感じています。

飲酒運転やあおり運転に対して、交通違反の罰則を強化したように、職場の中で行なわれる労基法違反やパワハラなどの犯罪行為に対して法整備の強化を望みます。

佐川急便でのパワハラも、近畿財務局の赤木俊夫さんに違法行為を強要したことも、絶対に許されることではありません。パワハラ防止が企業に義務付けられましたが、パワハラを法的に禁止して、社会全体でハラスメントを許さない体制を作って欲しいと思います。

この2年のコロナ禍でテレワークが進み、残業時間が減った職場がありますが、コロナが収束したとしても、これを機にワークライフバランスを重視した、働き方に改善して欲しいと思います。残業代がなければ生活がなりたたない賃金制度は長時間労働の原因になっていましたが、コロナ禍で残業代が減って生活が苦しくなっているという声があります。賃金制度や非正規問題に対して国家レベルでの大きな改革がされることを望んでいます。

若者や働く女性の自殺が増加していること、精神障害を発病して労災請求をする人が増え続けていることに胸を痛めています。国は自殺防止、過労死等の撲滅に取り組んで欲しいと思います。

長時間労働やパワハラで悩んでいる人は、どうかSOSをだしてください。娘のようにぎりぎりまで頑張らないで欲しいです。

誰もが希望をもって暮らせる国になることを強く願っています。

今年も高校・大学の過労死防止啓発授業や各地の過労死防止シンポジウムで娘のワンピースを着てお話しました。

これからも、仕事が原因で苦しむ人を無くすために、過労死等を根絶するために、まつりと共に力を尽くしてまいります。

※原文ママ

高橋まつりさんの母・幸美さんの手記(写真:弁護士JP編集部)
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