「機密情報」持ち出し起業“不義理”社員に会社ブチギレ…「退職金」“支払い拒否”裁判所はどう判断した?

林 孝匡

林 孝匡

「機密情報」持ち出し起業“不義理”社員に会社ブチギレ…「退職金」“支払い拒否”裁判所はどう判断した?
従業員は「機密保持契約書」にサインをしていたが…(ICHIMA / PIXTA)

会社の人
「社長! このホームページ(HP)を見てください」

社長
「こ…これは!」

会社の人
「ウチを辞めた人が、弊社と似たような会社を立ち上げてます」

社長
「この眉毛テクニックはウチの専売特許じゃないか!」
「会社の人、教えてくれてありがとう」

判決文からの妄想ですが、こんな感じで事件が発覚したんだと思います。

会社はブチギレて辞めた2名に退職金を払いませんでした。すると2名は「規定どおりの退職金を払ってください」と訴訟を提起。

ーーー 裁判所さん、どうですか?

裁判所
「払わなくていいよ。不義理すぎるから」

以下、分かりやすくお届けします(ピアス事件:大阪地裁 H21.3.30)(弁護士・林 孝匡)。

※ 事案を簡略化、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

事件の当事者

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▼ 会社
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・美容サービスや化粧品販売などを行う会社

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▼ 辞めた人
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眉のトリートメントなどをしていた方

・X1さん
 当時44歳(おそらく女性)
 勤続13年

・X2さん
 当時42歳(おそらく女性)
 勤続10年

どんな事件か

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▼ 眉トリートメント事業が始まる
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X1さん、X2さんは、けっこうエライさんです。辞める1年くらい前には「事業ディレクター」に就任していました。

さかのぼること1年前、会社は眉のトリートメントをする事業をスタートさせます。これはX1さんが提案していました。以下のような提案を。

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・眉に特化したサロンは日本にない
・弊社のアイブロウトリートメント技術は従来の「眉メーク」「眉カット」と差別化することができる
====

ーーー 差別化とは、どんな点ですか?

X1さん・X2さん
「顔立ちに合った眉の形を提案する点、余分な毛をワックス処理する点です」

男の私にはよく分からんですが、なんかスゴそうですな!

眉トリートメント事業が動き出し、2人とも「事業ディレクター」に就任します。

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▼ パクっちゃダメよ
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X1さん・X2さんは機密保持契約書にサインします。会社からしたらパクられたら一巻の終わりなので。契約書には以下の記載が。

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私は、従業員として以下に示される情報について、会社の許可なく、いかなる方法をもってしても開示、漏洩または使用しないことを約束します。

会社が機密情報として管理し、又機密として指定した情報(以下、略)
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▼ ライバル会社を設立
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X1さん・X2さんは、退職前に会社を立ち上げます(R社)。会社からすればライバル会社です。R社のHPには以下の記載が。

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1万人を超える日本女性の眉を見てきた当社は、LAスタイルのアイブロウトリートメントをベースに日本女性のためのトリートメントを提供します
====

X1さん・X2さんはR社の取締役に就任します(その後、会社の退職が完了しました)。

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▼ 4名も入社
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なんと。あと4名も退職し、R社に入社しています。その4名は眉技術の研修を受けあと、眉のトリートメントサービスを行っていた方です。

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▼ 会社がブチギレる
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HPを見たのでしょう。会社がブチギレます。「辞めているが賞罰委員会に来たまえ」というお達しを出します。が、Xさんたちは参加せず。

会社は懲戒解雇処分とし、退職金を払いませんでした。

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▼ 退職金はらって下さいよ
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そこで、X1さん・X2さんが「退職金を払ってくださいよ」と訴訟を提起。
 X1さん 700万円
 X2さん 124万円

ジャッジ

裁判所
「え、無理やで。退職金ナシはOK。不義理すぎることしてるから」

以下、くわしく見ていきます。

これは違法だ

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▼ R社の設立、取締役への就任
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裁判所
「これはアウトですね」

〈理由〉
 ・会社に在籍中にやってる
 ・就業規則違反
  会社在籍のまま、他の会社又は外部団体に勤務すること
  その他前各号に準ずる程度の行為をすること

裁判所
「職務専念義務違反、誠実義務違反です」

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▼ R社の開業準備行為
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裁判所
「R社の店舗の準備、従業員の雇用、販売商品の準備、HPの掲載も会社の在籍中にやってるので誠実義務に違反します」

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▼ 秘密保持義務違反
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「秘伝のタレのレシピを基にして作り直してるよね」みたいな判断です。

裁判所
「XさんたちがR社で提供している眉のトリートメント技術のカナリの部分は会社の研修で習得した技術が基になっている」
「その技術を基にしたものを提供することは秘密保持義務に違反する」

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▼ 引き抜き
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裁判所
「これはセーフです。積極的に勧誘したことによって退職したとは認められないからです」

退職金はどうなる?

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★ ポイント
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違法行為があった=退職金なし【とはなりません】

退職金がもらえないのは「それは不義理すぎるでしょ!」という行為があったときだけなんです(正確にいえば「労働者の勤続の功(こう)を抹消し減殺してしまうほどの著しく正義に反する行為があった場合」)。

ーーー 裁判所さん、今回はどうですか?

裁判所
「不義理すぎますね」
「理由は上にあげたとおりですし、以下の事情も見てね」

・会社はアジア地域で眉事業を展開するためにA社に500万ドルを払っていた
 (ライセンスを受けたようです)
・そういう事情をXさんたちは理解できる立場にあった
・Xさんたちは眉事業の展開や技術指導の中心メンバーだった

…などの理由を挙げて裁判所は「不義理すぎるから退職金ナシ!」と判断しました。裁判所は【不義理レベル】を緻密に精査して判断します。

ほかの裁判例

2つ裁判例を挙げます。詳しく知りたい方は事件名でググってみて下さいね。

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▼ 従業員40人を引き抜いた!
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と会社がブチギレた事件です。「首謀者7人に退職金は払わん」とブチギレました。しかし裁判所は「払え」と判断(日本コンベンションサービス事件事件:大阪高裁 H10.5.29) 。

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▼ クーデターか!?
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社員500名以上が大量に退職。 会社はブチギレて9名に退職金を払わず。裁判所 「6人には払わなくてOK」 「でも3人には払いなさい」と判断。 不義理レベルで結論が変わりました(日音退職金事件:東京地裁 H18.1.25)。

さいごに

無形のノウハウを学んで独立するってのはフツーだし、「ユー!辞めて一緒に会社やらない?」くらいの誘いもOKなので、そこまでビビることはないんですが、機密情報レベルの【ザ・秘伝】を頂戴したり、会社を機能不全に陥らせるくらいの大量退職を企てるとリスクがありますね。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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